捕虜
※ベムラー視点
「落ち着いて聞け、ベムラー。信じ難いがアラクネは言葉を喋っている。おそらく太古の魔法言語だ。魔法の呪文の礎ともなった神代の古語を………」
はあ? 魔法言語だって? 神話の怪物が神話の言葉を話すだと?
ありえない。………ありえない事だが確かにオレも聞いた。……聞いたが。
「ベムラー。私たちは今極めて危険な状況下にある。その上で、それを踏まえた上で、慎重に答えてくれ。不完全だが………今から彼女の言葉を推測を交えて訳す。まず彼女は数を数えた。私たちの人数だ。そして多すぎると言った。殺すのを躊躇っている印象だ。もしくは単に面倒に思っているのか……。そして彼女は今君に、どうするべきかを訊ねている」
意味が分からない………。人数が多すぎてどうするかだと?
それをオレにどうするかだと? どうにもできるか! 何が言いたいんだ!
「答えてくれベムラー。君の言葉でいい。魔法言語は文字通り言語の魔法だ。他のあらゆる言葉を、隠された意思ですら汲みとって翻訳する。伝わるどころか、嘘も筒抜けになるんだ。慎重に……」
万能言語かよクソったれ。取り繕ってもバレるならそのまま言ってやる。
「オレたちは処女峰森林調査隊だ。この森を調べにやって来たんだ。大所帯の理由はお前のような魔物に襲われるのを想定してだ。だが参った。降参する。このまま撤収するから見逃してくれ………」
「メフェ・ロロ・イ・オールタ・ノロ・キメゥ(命乞いを許します。けれど三人には残ってもらうので)」
「………………………」
「何と言ってほるのでしゅか? マルヒョ導士………」
「バルテル導士、子蜘蛛に絡み付かれてうまく喋れていないぞ。今口を挟まないでくれ。……ベムラー。降服を受け入れてくれるそうだ、しかし三人残れと………」
「三人……。人選は?」
「アロッテ(お前たち)。ベムラー、マルコ、バルテル」
「………聞いた通りだ」
だんだんむかっ腹が立ってきた。
極度の緊張の次に訪れるのはたいてい怒りだ。だが、どうしようもない。
オレたちはその後、亡骸を持ち帰るよう命令され、隊に死亡者の遺体を担がせて帰す事になった。
見せしめのつもりか、森で埋葬する事は許されなかった。魔物の死体どころか、魔物に殺された仲間の遺体が本国への手土産となる。
巨大な絡新婦の魔物が二体現れ、うち一体が血や脳漿の飛び散った大地を丁寧に焼いていた。もう一体は隊の後方に付き、森の入り口まで随伴するそうだ。
あんなのに追われて歩かされたら、生きた心地もしないだろうな………。
さて。元凶のアラクネの方だが、今はなんと言うか、戯れている。
バルテルが無数の蠅虎に集られているのを見て、朗らかに笑っていた。
敵ながらこういう言い方をするのもなんだが、上半身の少女は実に美しい。
もしあれが人間の少女で、街で微笑んで居ようものなら、日々求婚の参列が絶えない事だろう。だが非常に残念ながら彼女は魔物で、下半身が恐怖そのものだ。
「ベムラー隊長! 出発の準備が整いました!」
「よし。ゆっくりでいいから足を止めずに真っ直ぐ帰還しろ。休まず歩けば夜半には戻れるだろう。魔物が付いてくるのは嬉しくないだろうが、素で帰るよりは安全だ。そして知っての通り、オレとマルコとバルテルは一緒に戻れない………」
「捕虜として……、残るんですか?」
「そうだ。前代未聞だよな。まあ、まともに会話できるだけまだマシだと思うしかない。とにかく戻ったら辺境伯にはありのままを報告しろ。ここで起こった事全てだ」
「ハッ。了解しました! ………ご武運を!」
ご武運をって何だよ。ご武運がねえからこうなってんだろうが。
あー畜生、イライラしてもしょうがねえ。マルコはどこ行った?
探すまでもなく、誉れ高い魔導士隊の隊長は、すぐ近くの大樹に凭れてしゃがみ込んでいた。手遊びに小枝を弄んでいる。何やってんだ。
「なあベムラー、あのアラクネの腕見たか?」
「ん? いや、あれの腕がどうかしたのか?」
「時計をしていた………。時計を腕輪にしていたんだ。薄くて、緻密な腕輪だよ。時計も金貨より小さくて薄っぺらなんだ。私が無知なら教えてくれ。あんな小型の時計を作る技術があることを、お前は知っているか?」
「すまん………。オレはお前の言っている意味が掴めん。時計が小さいからって何なんだ?」
「脳筋に聞いたのが間違いだったよ。私が言いたいのは………、この森は私たちが考えるよりずっと怖ろしい森だという事だ」
だから死の森って呼ぶんだろうが。元気ねえなこいつ。まあこの状況じゃ無理もないが……。
「……で。どうすんだこれから? アラクネと少し喋ったんだろ?」
「まもなく合流地点へ案内される……」
「合流? 他の魔物と合流するのか?」
「死の森の邪神だよ」
「は?」
「アラクネが言うには、現実に生きて存在する、この森の神が来るそうだ」
そこで会話は終わった。『神』というあまりにも馬鹿げた言葉を残して。
何も言い返せなかったのは、畏怖にも似た、未知への好奇心が胸の奥底で疼いているからだ。
おはようございます。本日2話ゲリラ更新します。
励みになりますので、面白い、続きが読みたいと思ってくださった方々、
是非、いいね。それからブックマークと下の評価をよろしくお願いします。




