祠だョ!全員集合
賑やかな声で目が覚めた。
祠の外からざわめきが聞こえる。声だけでなく、色んな物音がしている。
さっきまで見ていた夢をもう忘れてしまう。地球の夢だった気がするが………。
どうにも思い出せず、もどかしい思いで寝返りを打てば、こちらを覗き込むコトの顔があった。
近っ。……顔ちっちゃいなあ。白い肌、柔らかな稜線を描く愛らしい目鼻立ち。朝の光を帯びて碧い虹彩が揺れている。人間にはないもう二つの蜘蛛の目も、絶妙なバランスで少女の美に貢献していた。まるで生きた芸術作品だ。
「綺麗だな………」
半ば寝ぼけた状態で、思わず指先でコトの顔に触れる。彼女は仔猫みたいに目を細め、幸せそうに手のひらに頬を寄せた。
なんだろう。この可愛い女子と可愛いペットが一体化したような不思議な感覚。
「サンカ…」
すうっとコトの唇が少しだけ開く。目の周りがほんのり赤く染まっている。
互いの距離がなくなる。そして………………。
「いちゃいちゃすんなアホーッ!」
鳥が叫びながら乱入してきた。昨夜のハーピーだ。寝起きに大声はやめて。
「やめてんか! 蜘蛛のくせに! や、やーらしーっ! もう、やーらしーっ!」
顔を真っ赤にして地団駄を踏むハーピーを見向きもせず、コトが俺の手をそっと握って言う。
「お料理を。たくさん作ったので…。サンカさま」
「ぅわきっしょ! どっから声出してんねん、きしょいねん! サムイボ出るわ! あとウチかて作ったわ!」
やれやれ、と石台から立ち上がる。昨日より身体が軽い。少しづつだが、確実に魔力と肉体が馴染んできているのが分かる。
軽くストレッチをするとボキボキと節々が鳴る。この固い寝床といい、ちょっと本気で生活環境を改善したいと思った。森の資材で色んなモノが作れるだろうし、その際は地球の知識も生きてくるだろう。………時間も腐るほどあるしね。
祠の外が騒がしいな。たくさん客が来てそうだ。
イイ匂いが漂っている。何にせよ空腹だ。昨日食べてないからな。
通りすがりにハーピーのささやかな胸を見る。いや見ちゃうよねマジで。丸出しなんだもん。魔物本来の文化に手を加えるのは良くないのかもしれないが、せめて服くらいは普及させても良いのではなかろうか………。
「な、なんや! そんな……、じっと、見んなゃ…」
笑ってはいけないが、こいつ妙に一生懸命で可愛いな。チビでちっぱいのくせにイキってて面白い。
「可愛いねー」
ヨシヨシヨシヨシヨシ。
「なっ! なっ…あ!」
思わず頭を撫でてしまった。………犬にするみたいに。いかんな、この子たちはペットじゃない。気を付けよう。
祠から出ると、あれほど騒々しかったのが水を打ったように静まり返る。
見れば庭を埋め尽くす様に、森のありとあらゆる魔物たちが所狭しと犇めき合っていた。
彼らは皆、その容姿も大きさも不揃いで、色彩豊かで派手な者から、モノトーンでシックな者まで、個々がキャラ立ちバリエーション豊かだ。
凄まじいビジュアル。まさに圧巻、百鬼夜行かワルプルギスの夜か。
朝だけどね。
そんな魔物さん御一行は、当然ながらこの庭だけに収まり切らず、崖の下まで列は続き、最後尾は樹海に消えて目視できなかった。
俺は猛反省した。
コトは正しかった。結界は正しく働き、この事態を食い止めていたのだ。
あの忠実な蜘蛛は何ひとつ間違えてはいなかったのだ………。
そして目の前の僅かなスペースには、大樹をカチ割ったと思われる、大きすぎるテーブルがいっぱいいっぱいに置かれ、その上には原始的ではあるものの、豪華で立派な数々の料理が敷き詰められていた。
だがこの衆人環視の中で食えと言うのか………………。
俺は諦観した。
もはやこれまで。
この混乱を収めるには、新たな混乱を与えるしかない。
目には目を、カオスにはカオスを。
魔力を練り、魔法言語の効果範囲を青天井に高め、限界を越えた出力で叫ぶ!
「聞け! 森の同胞よ! 遍く眷愛隷属よ! 暗澹たる無明の長夜は明けた! 俺はここに新たな命を以って甦った! 全てのダッタンの魔の者共よ! この燦々と輝く朝を祝え! 肩を叩き酒を飲め! 腹いっぱい飯を食え! 泣くな! 笑え! 今日を森の祝祭日とする!」
ダメ押しとばかりに、あらん限りの魔力の津波を森全体に放つ。樹海が波打ち、黄金の光の奔流が駆け巡ってゆく。生命の力を底上げし、森が本来持つ再生能力の活性化を促す。これで多少森が荒れたとしても大丈夫だ。
鼓膜が破れてもおかしくない程の、怒涛の歓声が鳴り響く。
大地が割れ、あるいは崖が崩落しかねない盛り上がりだ。
だがこれでいい。叫べ。歌え。これで何もかもが有耶無耶でどうでも良くなり、やがてめでたく収まるところに収まるはずだ。これぞ夫婦円満の秘訣。違うか。
さあ、メシを食おう! まずはそれからだ。
※ハーピー視点
なにっ? なにっ? なんなん? なんなんやこれえ!
生まれてこの方、こないなえぐい雷みたいな魔力は初めてや!
かみさんめっちゃカッコええやん! あああ、頭がおかしなりそうや!
お腹の奥の方まで……卵巣がじんじんしてまう! アカン、ほんまアカン! ぴ、ぴよってまう………。
「ピ…ピョ…ピョョ。もう……しゅ、しゅき♡」
「気持ち悪いので…」
ぐっはあああ! 蜘蛛に見られたあああ! ぴよってんの見られたあああ!
クソ蜘蛛ほんまいてもたろか! 斜に構えよってからにええかっこしいがあ!
あ、魚食べてはる。あのヤマメ、ウチが獲ってって焼いたやつや! 嬉しい! 頭も! シッポまで食べてはる! そんな食べてくれたらもう、もうウチ!
「いっぱい食べてくれはんの……しゅ、しゅき♡ ピ…ピョョ♡」
「死ねばいいので…」
ぐっはあああ! まだ蜘蛛おったんかい! しばいてもた…あ、ヤマメおかわりしはった♡
おはようございます。
本日4話UPします。
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