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怒りの金翅鳥


「見つけたで! 鬼! じい様の御神酒(おみき)返せ!」


 飛ぶように、走るように、そいつは滑り込んで来た。

 鳥とも人間ともつかない小柄な猛禽の魔物、金翅鳥(ハーピー)だ。


 薄いピンクの雨覆に、黒い風切羽。トキイロコンドルを思わせる巨大な翼が腕の代わりだ。

 胴体は幼い少女を模し、膨らみかけの胸が惜しげもなく晒されている。そのやや上、鎖骨の辺りからは極彩色(ごくさいしき)の羽毛が広がり、それらは幼気な顔に添って囲眼羽へと至り、そして燃えるように逆立っていた。怒ってるのね。

 瞳の虹彩はターコイズブルーの妖しい輝きを帯び、魔物らしい威圧感がある。

 足は脛から下の皮膚が鱗状になっていて、四本の(あしゆび)と鉤爪がある。

 その鋭い趾を器用に扱い、人の手でするように鬼を指差して一気に捲し立てた。


「今日という今日は許さへんからな! ふらっと来ては酒、酒、酒! 毎度毎度大した仕事もせんくせに食うだけ食うて飲むだけ飲んで! おまけに秘蔵の御神酒を盗んで消えよってからに! きっちゃないモンぶらぶら晒しよってほんまソレ引き千切ってもたろか!」


 君も全裸なんだけどね。実年齢は知らないが、見た目が完全にアウトですよ。


「君………盗んだの? このお酒」


 鬼に問う。鬼は気まずそうに顔を背けた。それが答えだ。

 コトに聞く。


「じい様って誰のこと?」


「狒々ではないでしょうか、西の森の訛りなので…」


「せや。狒々のじい様の酒や! 分かったら返して! かみさんが生き返った言うて、耄碌(もうろく)しかけとったんがやっと元気になったんや! それはかみさんにあげたい言うてたとっておきの酒なんやで!」


 コトが(おもむろ)に立ち上がった。銀色の髪が夜風に(なび)く。

 すんと背筋が伸び、歩脚の先端がスパイクとなって地に食い込む。

 一見優雅な姿勢ではあるのだが、左手が虎拉(とらひし)ぎの形になっていて、穏やかならぬ気を放っている。


「御神酒とおっしゃいましたね。然らばこれはサンカさまのお酒です。いえこの森の全て、ダッタンの全てはサンカさまのものなので。貴女は戻って狒々にそう伝えなさい」


「な、なんや。ウチを脅すんか? 盗人猛々しいとはこのこっちゃで! サンカってその人狼か! それに、あっ、あんたやろ蜘蛛! そこらじゅう物騒な罠まみれにすな! かみさんに会いに来とる魔物が東の森で大渋滞してるやん!」


「待て待て待て! 我が悪かった! 金翅鳥よ、謝罪する。我が浮かれていらぬ事をしてしまった。爺様にも謝る。だから今は堪えてくれんか………」


 そうだな。話を聞く限り鬼が悪いね。

 しかし注がれた酒を戻すのもなぁ………、えい、飲んじゃえ。


「………うっま」


「飲んだなワレこら! いてもたる!」


 瞬時に鳥が羽撃(はばた)いて間合いを詰めた。蜘蛛の糸が四方からそれを阻害する。鬼がダッシュしてアレがブラっと揺れる。

 蜘蛛が仰け反って、糸を引くと同時に刃物と化した風切羽の斬撃を避ける。空を切った斬撃を鬼がまともに食らい、鼻血が出てアレがブラっと揺れる。


 はぁ………、喧嘩だよ。俺今日誕生日なんだけどな。

 ゆっくり酒が飲みたかった俺は、強制的に全裸三人組の魔力をオフにした。壁のスイッチを押して部屋の電気を消すような気軽さで。


「ピイッ」


「あっ」


「ぬおっ!」


 三人共電池が切れたオモチャのように地に転がる。邪神ナメんな。

 しかしうまい酒だな。アルコール度数15%はある気がする。醸造酒かな?

 テキーラを薄めた感じだ。そこに仄かな甘みと苦みがある。さらりとして大人の味わいだ。空きっ腹に染み渡る。


「カヒュ……ヒュ…」


「はぁ…あんっ………」


「ふぬうぅ………」


 心肺にきてるな。いきなり魔力ゼロは堪えるだろ。仲間同士で喧嘩はご法度だ。君たちの場合大惨事になるからね。


「反省した?」


 コトが辛うじて立ち上がろうとしている。さすがネームドモンスター。


「お、お許しを………サンカ……さま……」


 まずコトの魔力を戻す。いじめる気はない。彼女は殺傷力が高すぎるから止めたんだ。風切羽を避けたとき、カウンターで歩脚を突き刺そうとしてただろ。

 コトに一瞥を投げると、ハーピーにゆっくりと近づき、優しく彼女を抱き起こす。


「君は幼そうだから、知らなくてもしょうがないんだけど。俺がかみさまのサンカだよ」

 

「ヒュー………、ヒュー………」


 真面目にじっと目を見つめて諭す。


「元気なのは良い事だ。でも俺たちは仲間なんだから、喧嘩は良くない」


「ピィィ………」


 ハーピーをそっと降ろして魔力を戻す。ちょっと翼が出血してるな。可哀そうに。

 最後に鬼だ。


「鬼。盗みはダメだ。絶対だ。ちゃんと狒々に謝っておくんだよ」


「ふっぐうぅ!………」


 必死で首を縦に振っているのを見届け、鬼の魔力を戻す。



 はぁ………、とっとと寝ちゃうか。

 マジで疲れたよ。濃厚な一日だったわ。


「今日は疲れたからもう寝るよ。コト、悪いけど後頼む。朝になったら起こして。朝ご飯もできれば……。あ、そうだ。森の罠とかも解いてあげて。…皆おやすみ」


 ぼうっとしつつ淡々と告げる。空きっ腹で飲んだからか少しフラフラする。

 とはいえ邪神になったせいか、酔いの回復は早い。毒素としてアルコールを分解しちゃってるのかもしれない。でもおいしかったなあ。

 ともあれ酒造技術があるなら一安心だ。今後の『衣食住』のうち、残るは課題は衣だけだな。

 ホッとして、ふと星を仰ぐ。


 北斗七星が見当たらない。

 スピカがない。デネボラもない。アルクトゥルスも何もない。

 夜空が巨大な三角形のアステリズムを描く事は、もう永遠にないのだと知った。


「やっぱり地球じゃないか………」


 言葉にすると切なくなるなぁ………。

 舌を出して笑う犬の顔が脳裏を過ぎる。妻が犬を後ろから抱いて笑っていた。

 思い出して俺も笑った。

 石台にレジャーシートとバスタオルを敷き、枕に空気を入れ直す。

 寝転ぶと、できるだけ小さく丸まって俺は眠った。


 金翅鳥は正式にはガルーダを指すと思いますが、本作ではハーピーとさせて頂きました。

 次回から第二章に入ります。二章では蛇と狒々、それから人間が登場します。

 頑張って書いていこうと思っていますので宜しくお願い致します。


次回より木曜日更新です。

励みになりますので、是非ブックマークと下の評価よろしくお願いします。

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