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 蜘蛛の記憶………、走馬灯か。やばいな、クッソ。……なんか泣きそう。

 ………偉そうに毒亀を「食えるのだ」とか言ってた自分が恥ずかしい。


 パスによる断片的な記憶の共有が終わると、蜘蛛は見事な変身を遂げていた。

 名前を得て、世界と接続された結果だ。祝福を得たとも言うべきか。あやふやな(あやかし)の魔物ではなく、揺るぎない一生命体へと進化したアラクネの完成形がここにある。


「見てください。このおしり。毛がふわぁ」


 純白一色に近かった蜘蛛の体毛は、今や色彩鮮やかな神秘の(まだら)を浮かべ、頭胸部から腹部にかけてはより大胆で、虹色の曼荼羅(マンダラ)が大輪の華を咲かせていた。捕食者としてこんなに派手でいいのだろうか? でもまあカッコイイからアリとしよう。孔雀蜘蛛の名に恥じない美しさだ。

 人の部分は、……さほど変わってないかな。相変わらず小ぶりな胸だ。…残念。うそです。彼女はこのくらいが似合ってる。

 この世には二種類の女性がいる。ブラを付けている女性と、付けていない女性だ。彼女にはこれから是非とも前者を目指してもらいたい。丸出しは良くない。髪とか光で誤魔化すのも限界があるんだ。


 血のように赤く染まっていた目の色が、ラピスの深く(あお)い色に浄化されていた。美人を上げたな。

 憎しみの穢れが消えたんだろう。

 見とれていると、ゆっくりなのに素早い、猫にも似た不思議な仕草で身を寄せて来た。


「蜘蛛めは」


 顔が近い。


「いえ私は」


 蜘蛛は自分の唇に人差し指をあてて囁く。


「コト」


 そしてその指先を今度は俺の唇あて、目を細めて笑った。


「サンカ」


 …恥ずいって。


 あわやこの美しい蜘蛛の魔物に篭絡されそうになる間際、祠が割れて飛びそうな勢いの怒号が響いた。



「うぉおおおおお! 蜘蛛ぉおおおおお!」


「ひぃ…」


 度肝を抜かれて思わず情けない声が出る。


「…お、おおお、鬼ぃいいい♪」


 コトが喜びの声を上げて祠から飛び出した。庭を見れば、コトの眷属であろう、二十センチから三十センチくらいの蠅虎(ハエトリグモ)の魔物たちに群がられた塊がいた。 

 なんじゃこりゃ……人…なのか?

 二メートルは優に超える巨人。彼は蠅虎にびっしりと全身を覆われ、目だけを覗かせて激怒している。

 その前で怒りを煽るかのように、コトが歩脚を上げたり下げたりしながら、妙にコミカルなダンスを踊っている。やめてあげて。


「蜘蛛! こいつらをどけろ! 殿の御前であるというのに我は恥ずかしいっ! 思わず踏み潰してしまいそうだっ……早く!!」


「あ、はい、なので…」


 蠅虎が取り払われると、油絵風レタッチを施したような、濃すぎる顔をした鬼が現れた。額からイノシシの牙の如き二本の角が天を刺している。赤黒い鋼の肉体はボディービルダーも()くや、ミスターでオリンピアな賞を獲得しそうなムキムキっぷりだ。

 ………そして全裸だ。何故全裸だ。もう無理だ。光なんかでどうにかなるレベルじゃない。


 パンパンに荷の詰まった木で編んだ鵜篭(うかご)を置くと、鬼は礼儀正しく膝を折った。

 真面目な顔つきで、しばらく俺をじっと見つめていた鬼のおっさんのくどい目元から、突然蛇口を全開に捻ったようにブシャッと涙が溢れ出た。


「おおおーーーぃいい、おいおいおおおーーーぃいい!」


 文字通りおいおい泣くやつを見たのは人生初だった。凄まじい衝撃だ。


「おおおーーーぃいい! がびざぶぁじまだあえだぁあ!」


 え、なんだって? なんて言った? 力こそパワー?


「鬼………生きてて良かったので」


 思い出したぞ。多分このおっさんは蜘蛛の記憶にあった鬼だ。おいおい泣く鬼。生きてたのね。



 ひとしきり号泣すると鬼は落ち着いた。

 陽も暮れ始めていたので、()き火に枝を()べ、明るく燃やす。


「我が一番乗りなのかっ! 嬉しいいいっ! しかし殿の復活に顔を出さぬとは、どいつもこいつも薄情なあ!」


 喜ぶか怒るかどちらかにしてくれ。


「皆は来たくてもそうそう来れないでしょう。簡単に結界を破られても困るので。鬼も……よくもまあ、あの罠を抜けて来れましたね」


「なめるな小童(こわっぱ)が! 小賢しい仕掛けごときに食い止められる我と思うてかあ!」


 蠅虎まみれになってたけどね。しかし声がでかい。ボリュ-ム下げらんないかな。


「サンカさまは転生なされたばかりで体調が万全ではないので。今はまだ刺激されたくありません」


「サンカとは誰だ!」


「はぁ…、ここにいるかみさまです。受肉の際、名を得られたので」


なぁああにぃい(ここ裏声)? 名をお持ちになられたとは………、それは誠ですか? 殿」


「本当だよ…」


 か、からみづれえ……。ここまでのくだりでこの「本当だよ…」しか俺のセリフがないぞ。よし、頑張ろう。


「本当だ。君もおそらく知っての通り、俺は一度滅んだ。けれどある稀人が現れてね、彼の身体を借りて甦る事ができたんだ。名前は稀人に決めてもらった。それでこの蜘蛛も、もう蜘蛛じゃない。コトという名前を俺があげたから………」


 驚いて静止していた鬼の顔が、スローモーションでぐしゃぐしゃになってゆく。やばい、泣くぞ。こいつ絶対泣く………………。


「ぐすん…そうでしたか。……ぐすん、良かった。本当に良かった」


 静かな(サイレント)ヴァージョン! あと「ぐすん」ってまんま言うやつも初めて!



「………もはや飲むしかあるまい!」


 赤鬼が鵜篭から土器の瓶を取り出して、地面にデデン! と置く。

 ぐい吞みサイズの椀形土器も出てきて、俺とコトにも手渡された。ほほう、酒だね。嫌いじゃないよ君。

 酒精の香りを放つ液体をゴイゴイと注がれ、鬼が立ち上がりお碗を掲げる。


「僭越ながら祝杯の音頭を! 我らが偉大なるダッタンの柱! サンカ殿の復活を祝して! そしてコト! 聖域の堅牢なる盾! 美しき蜘蛛に幸あれ! 乾杯!」


「乾杯」


「乾杯なので」

 

一寸(ちょっと)待ってんかあああ!」


 またうるさいのが来たぞ………。


 地球の孔雀蜘蛛は、オスがメスに気に入られるため派手な色をしています。求愛ダンスもあったりするのですが、一説によるとダンスよりカラフルな見た目の方が重要視される様ですね。

 コトはサンカに恋心を抱いている様子なので、彼の気を引きたくて見た目重視のポ〇モン進化が起こったのではないか。と解釈していただければ幸いです。

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