メルカバー
「なんじゃこりゃあ………」
山間から覗く巨大な何かを見て、俺は息を呑んだ。
それはあまりに大きく、目を凝らすほど遠近感が狂い、霞がかって歪む。
「いわゆる巨大ロボやないですか? アレ」
隣にいた見ず知らずの小柄な男が話しかけてくる。誰だおっさん。俺もおっさんだが………。
「あの骸骨みたいなフレーム?…の光り方、何の金属やろね。上のイガイガしたのが頭でっしゃろか?」
聞かれたところで俺が知る由もない。
確かに骨ばった不気味なシルエットは、異形であるものの、人型を模した機械に思える。
だが違和感もある。
彼の指摘する青銅色の骨格の周囲には、半透明の筋肉組織が絡み付き、深海生物にも似た生々しさが漂っている。
体のあちこちから四方に伸びるアンテナ? も有機的で、血管、もしくは葉脈にしか見えない模様が描かれている。それらの一部は頭と思しきウニのような塊と繋がり、また一部は肩や腰周りから背面へとカーブして、まるで巨大な翼を閉じた未知の生物の様相だ。
本当にロボットか?
「………いったい何なんでしょうかね」
色々考えたにしては、ピンとこない相づちを打つ。マジで謎だ。
「顔どないなってんやろ? ちとズームしてみますわ」
しゃがんだ男がスマホで撮りながら呟く。ネットが荒れそうだな。
気付けば大勢の人だかりができ始めていた。
ここは田舎の有料道路の小さなパーキングエリアだ。
トイレと自販機くらいしかない不人気な場所にも関わらず、かなりの車が入って来ている。遠くからでもアレが見えて、皆気になったのだろう。
車から降りた人々は用も足さず、一様に巨大ロボットを眺めたり、あれやこれやと話し合ったりしている。
慌てふためく者こそいないが、誰もが浮足立っていた。
ロボットは動かない。じっとしている。ただ特大の異物としてそこに在る。
皆が皆、在ってはならぬものがそこに在る事実を受け入れられない。
やがて空には鈍色の暗雲が垂れこめ、その所々が琥珀色に明滅し始める。週末の天気予報はオール晴れだが………、春雷か?
そう思った瞬間、激しい軋みを伴った低い汽笛のような轟音が鳴り響く。それに驚いた鳥たちの群れが、山から一斉に羽ばたいて逃げてゆく。言い表せない不安が、唐突に恐怖へと塗り替えられてゆく。
「あ…、動く!」
誰かが叫んだ。
怒れる獅子の髪の如く頭部から過剰に生えたトゲが震え、仮面に見えたプレートが、いくつかの方向に別れてスライドしてゆく。内側から彫刻然とした無機質な人の顔が現れ、ゴンゴンゴン……と重い金属のぶつかるような音、そして『キーン』と何かが高速回転するような音が轟いた。
鳥肌が立つ。動くとこんなに怖いのか。
まずいぞこれ………。
反射的にそう感じた。まったくもって何ひとつ状況は理解できていないのだが、家庭を持つ男の危機察知能力が働いた。家に帰れば、愛する妻と犬が待っている。訳の分からない事態に巻き込まれたくない。
「失礼! 逃げますね!」
「あ、ちょー待って…」
待たぬ。特に見ず知らずのおっさんは超待たぬ。早々にその場を離れて車に駆け込む。キーを挿し込み、エンジンをかけようとしてビクッと震える。文字通り金属を切断できそうな金切り声が耳を劈く!
人間のものではない。ロボットが発している声だ。怖え! 脳天まで怖気が走り抜ける。
やばいやばいやばい!
ここで逆に冷静さを少し取り戻す。逃げ出そうとしているのは俺だけではない。すでに動いている他の車や人々が邪魔すぎる。出口で足止めを食らいフン詰まりになるだろう。
とにかくここから離れたい。確かトイレの裏がゆるい崖になっていて、危ないが降りれないほどではなかったはず。金網があったかもしれないがそれも低い。車を置いて走ろう。
助手席に放り投げていた肩掛けのサコッシュを掴む。あらかたの貴重品はこれに詰め込んである。そして後部席の二十リットルのボストンバッグが目に入る。これもしょってく。
ああ、而して俺はどこへ逃げようというのか。
俺の足ってそんなに速かったか? こんな荷物を担いで崖を降りれるのか?
崖を降りたとしてどこへ………、ああ、どこでもいい。俺はただ逃げる。
ここから一歩でも遠くへ。アレがやばいから。そして妻に電話を………。
つい、ふと。トイレの手前で振り返る。
そう、ちょっと振り返ってみた。
そして見た。
見ちゃったのよ…。
ぱっくりと開いたロボットの大口から、光が迸る瞬間を。
初めまして。貞与です。今回初投稿となります。
実は小説を書くのも初めてで緊張しております。
稚拙ですが頑張って書いていきたいと思っておりますので、温かい目で見守っていただけると幸いです。
これからどうぞよろしくお願いいたします。