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08

 イルヴィスを見送るために立ち上がろうとした私は、軽い目まいに襲われた。



「これは失礼しました。レディ、お手をどうぞ」



 足に力が入らず、こめかみを押さえて座り込んだ私の前に手が差し出された。これは手を取れということだろうか。



「ありがたいですけど、何です?そのセリフ」

「おや、気に入りませんでしたか?女性はこういうのを好むと思っていたんですが」

「時と場合と相手によるかと思います」

「貴方は好きですか?」

「時と場合と相手によりますね。ちなみに今のはナシです」

「これは手厳しい」



 肩をすくめたイルヴィスは、やはりちっとも残念そうじゃなかった。断る理由もないので、素直に厚意に甘えることにした。


 思い返せばパーティーのエスコート以外で婚約者と手を繋いだことはなかった。

気の弱い婚約者を困らせたくなくて、こんな年になってもおままごとの延長戦のようなお付き合いをしていたのだ。


 異性とこんな風に気の置けないやり取りをするのは子供の頃以来だが、その相手が婚約者ではなく昨日初めて会った人だなんて、二日前の私には想像もつかなかったことだろう。


 

「まさか自分の屋敷でお客様にエスコートされる日が来るとは思いませんでした」

「それはアマリアが良い人に恵まれなかったということですよ。貴女ほど魅力的な女性が相手なら、まともな男性であれば誰だって放っては置けませんから」

「……もしかして、私の婚約者はまともじゃないって言ってます?」

「失礼、そう聞こえてしまいましたか?」

「白々しいですね」



 二人で穏やかに会話しながらエントランスへ向かっていると、待機していたらしい母の姿が見えた。会話を聞かれていないかヒヤリとしたが、その場合はさすがの母といえどこんな穏やかではいられないだろう。

 だから私もイルヴィスにならって、やましいことなど何一つないという顔を作った。



「お母様、こうしゃ……イルヴィス様がお帰りになるそうです」

「アマリアの気分が優れないようで……こんな時にお騒がせして申し訳ありません」



 私がわざと言い直したおかげもあって、すぐに私たちの呼び方が変わっていることに気づいてくれた。分かりやすく眉をひそめた母はまだ冷静ではないようで、あろうことかイルヴィス相手に嫌みを言った。



「……まあ、お気遣いありがとうございます。でもアマリアは元気が取り柄のようなものですので、ご遠慮なんて結構でしたのよ?」



 イルヴィスの手に力が入るのが、引かれた手から私に伝わってきた。



「伯爵家の大事なご令嬢にそんな無体はできませんよ。そうおっしゃる夫人だって、いざ私が何かしてしまったらアマリアを遠ざけるおつもりでしょう」



 もし私たちが何か失敗すると、母は即座にそれを口実に私を遠ざけるつもりだろう。それも表向きでは私に責任を押し付けて。


 イルヴィスにもそれが分かっているみたいで、アルカイックスマイルを浮かべているが肝心の目が笑っていない。

 その笑顔の圧力に我に返った母は、慌てて取り繕った。



「こ、公爵様にそんなに心を砕いていただけるなんて、アマリアも喜ばしいでしょう」

「ははは。つまりそういう訳ですので、明日また伺います。構いませんね?」

「え、ええ!もちろんですわ!」



 念を押すように言われてしまえば、口を滑らせた母に否定はできない。

 二つ返事に満足したイルヴィスはあっさり母を解放すると、先ほどとは打って変わって優しい笑顔を浮かべた。



「明日はもう少し遅い時間にしますので、しっかり休んでくださいね」

「分かりました。お気遣いありがとうございます」



 イルヴィスはまた硬い態度に戻った私に何か言いたげにしていたが、残念ながら私は折れる訳にはいかない。


 ここで失態を見せてしまったら母に突っ込まれるのはもちろんだが、これ以上不機嫌にさせると後が怖い。

 恋人らしい態度は明日から頑張るので今日は勘弁して欲しい。



「まったく、私をこんなに振り回すのは貴女くらいですよ。まあ初日ですし、結果は上々といえるでしょう」



 しばらくじっと私を見つめていたイルヴィスだが、私に折れるつもりがないと察するとしぶしぶではあるが、諦めてくれた。



「お見送りありがとうございます。私はこれにて失礼させていただきますね」



 タイミングが良いのか悪いのか。

 イルヴィスがまさに帰ろうとしたその時。道をふさぐように、玄関からひどい猫なで声が聞こえた。



「うちの前にずいぶんと立派な馬車が止まってるから、いったいどなたかと思えば……ランベルト公爵様じゃありませんの!」



 妹が、帰ってきた。



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