書籍、コミカライズ三巻発売記念ss
イルヴィスと結婚して数ヶ月。
少しずつ公爵夫人としての生活にも慣れてきた私は、毎日を忙しくも穏やかに過ごしていた。
生家の事情で早い段階から公爵家で過ごしたおかげか、普通の結婚よりも馴染むのが早かった気がする。
正式に公爵夫人となったことで、私もランベルト公爵家のためにできることが増えた。使用人への仕事の振り分け、給金の確認……特に後ろ盾がない私にとって、社交活動は何よりも大事な仕事だった。
それもあって最近は慌ただしかったのだが、見かねたイルヴィスが私の手を引いて休憩に誘ってくれた。
「いい天気ですね……こうして太陽の光を浴びたのも久しぶりな気がします」
「暖かくなってきましたし、一緒にピクニックしてみますか?」
「はい! ルイさえよければぜひ!」
優しい風が頬を撫でるのを感じながら、小さく息をついた。
イルヴィスと並んでガゼボに腰をかければ、待機していたエマたちがささっとティータイムの準備を整えてくれた。
(いい香り……)
花が咲き始めた綺麗な庭で、花より綺麗な顔をしているイルヴィスを眺めながらおいしいお茶を飲む。
贅沢なことをしている気分になるが、私はこの時間が好きだ。
伯爵家に居た頃は毎日何かしらに追われていて、ゆっくり休む暇なんてなかった。いつも目の前のことに必死で、こんなふうに誰かと一緒に未来のために頑張ろうと考えたこともない。
……早くイルヴィスの隣に相応しい人になりたいと思っているが、たまにはこうして一息つくのも悪くないかもしれない。
温かい紅茶を一口飲んで、私はほっと肩の力を抜いた。
「美味しいですね」
思わずそう零せば、イルヴィスがじっと私の顔を見つめた。
「私が入れる紅茶よりもですか?」
「いや、何と張り合っているんですか」
真剣な顔をしていたからなんだと身構えていれば、とんだ拍子抜けである。
一度私に忘れられてしまったのがよほどショックだったらしく、結婚した今でもイルヴィスはことあるごとに自分を印象付けようとする。
(そんなことをしなくても、二度と忘れるものですか)
まるで私の気持ちが伝わっていないようで少し悔しい。
だから甘えてみようと、コップを置いて彼の肩にもたれてみる。
驚いたようにこちらを見たイルヴィスだったが、すぐに優しく微笑んでくれた。
「珍しいですね、アメリーの方からこんなことをするなんて」
「……愛しい夫が、不安がっているように見えたので」
意趣返しにそう言えば、イルヴィスは微笑んだ表情のままピシッと固まってしまった。色素の薄い頬が瞬く間に赤く染まり、私の視線から逃げるように不自然に咳ばらいを何度も繰り返す。
いや、これは本当にちょっとむせている……!?
「だ、大丈夫ですか?」
「ゴホッ……すみません、恥ずかしいところを見せてしまいました」
大丈夫だと笑ってみせるイルヴィスだが、その頬はまだ赤い。
「……そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
くすりと笑いながらイルヴィスの顔を覗き込めば、顔ごと視線を逸らされてしまう。
普段、どんな言葉でも涼しい顔で受け止める彼がこうしてあからさまに動揺しているのは、なんだか新鮮だった。
そんな私の視線に耐え切れなくなったのか、イルヴィスは咳ばらいをもう一度した。やっと落ち着いたのか、いつも通りの様子に戻っている。
もう照れ顔は見れないのかとこっそり残念がっていれば、イルヴィスは悪戯っぽく笑って見せた。
「では今後驚かなくて済むよう、もっと言ってもらえるように努力しますね」
「え?」
「アメリーが、自然に私を『愛しい夫』と呼んでくれるくらいには」
さらりと返されて、今度は私の頬が熱くなる番だった。
こちらの反応を楽しむかのようにイルヴィスは優しく私の手を取ると、ゆっくりと口づけを落とす。
「……うん、やはりいいですね」
「な、何がですか?」
「照れたアメリーを視る方が、ずっと気分がいいです」
満足げに微笑む彼を前に、私は悔しさと恥ずかしさでいっぱいになりながら、心が温かくなるのを感じていた。
見知らぬ公爵様、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!
タイトル通り、
〇『見知らぬ公爵様』のコミカライズ三巻(完結巻)がついに発売されました!!
https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322409000418/
〇『見知らぬ公爵様』の小説三巻(完結巻)も発売されます!!!!!
https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322411000131/
デビュー作でもある、見知らぬ公爵様シリーズ……まさかこんな遠いところまで来るとは思いませんでした。十万字ぎりぎりの作品が、書籍三巻分に大変身ですよ!?
本当に、気長に応援してくださる皆様のおかげでございます……!
幸せになるアマリアとイルヴィスをぜひ最後まで見守ってください!