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 イルヴィスの甘い言葉には、慣れてきたつもりだった。でも、それはただの"つもり"だと思い知らされた。



 夕日が窓から部屋に差し込み、氷のようなイルヴィスを溶かす黄金色の光が眩しい。


 イルヴィスから教えてもらった昔話は、どれもあの夢と関係していた。不思議なことに、イルヴィスが一つ話すたびにぼんやりとしていた出来事が、今さっきそこにあったかのようにはっきりと浮かび上がるのだ。

 おかげで、昔の記憶はまるで最初から忘れられていなかったように、私の頭の中で存在をアピールしている。きっと、これはイルヴィスが事細かく覚えていたおかげだと思う。


 何年も前の出来事を、まるで目の前で起きているように詳細に話す。

 そのせいでたまに口説き未遂が何度も発生して、その度に気恥ずかしい思いをさせられてしまったが。



 夕日に照らされたイルヴィスは絵になるな、と半分現実逃避していた私に。



「私と、結婚してください」



 はちみつに砂糖を混ぜ込んだような甘やかな声が落とした爆弾に、思考力を完全に奪われた。今までのアレは、私に気遣って手加減していたのではないかとすら思う。


 私を見つめる瞳は真剣で、その涼し気なアイスブルーから考えられない程の熱を感じる。お互いの呼吸音すら聞こえてしまいそうなほど静まり返った部屋の中で、自分の異常に早い心臓の音が嫌でも耳に入った。



 おそらく最初に会ったときから、私は少なからずイルヴィスに惹かれていたと思う。

 ずっと目を逸らし続けていたのは、とても自分が彼に相応しいとは思えなかったから。


 でも一緒に過ごすうちに、イルヴィスが本当に私のことを好きだと理解した。妹による寝取りを過ぎたことだと割り切ったのは本当だ。でも。

 それでも、一度結婚間近の婚約者に裏切られた私は、簡単にそれに頷くことができなかった。



「もう、裏切られるのは嫌なのに」

「アメリー、」

「でも、ルイを好きになってしまいました」



 息を呑む音が聞こえた。


 言ってしまった。でも、後悔はない。

 だって、だって。イルヴィスが私との思い出を語る顔が、あんまりにも幸せそうだったから。この人と、未来を一緒に進んでみたいと、そう思ってしまった。


 いつか年を重ねたその時は、今度こそ、二人で昔の話をしてみたい。



「好きです。私は、ルイのことが、」



 ふいに引っ張られる。

 引き寄せられて、気づけばイルヴィスの胸が目の前にあった。しっかりとした腕が背中に回り、強く抱きしめられる。ぎゅうと締め付けてくる腕のせいで、言葉が途切れてしまった。


 しばらくそうした後、イルヴィスは深く息を吐いて離れた。ついぬくもりが消えるのが寂しいなんて、思ってしまう。



「私も好きです。愛しています、アメリー」



 わざわざ目線を合わせて告げられた言葉。

 それだけで胸がいっぱいになって、涙が溢れそうになってくる。



「本当ですか?」

「今さらまだ私の気持ちを疑うのですか?」

「いいえ。ただ、なんだか夢を見ているようで、現実味がないというか……」

「夢などにさせませんよ。やっと、貴女を手に入れたのに。もう二度とあんな思いをしたくありません」



 まるで宝物でも扱うかのように、優しく頬を包み込まれる。いつの間にかこぼれていた涙を優しく拭われ、そのあまりもの慎重さになんだか笑ってしまった。


 すると、こつんと額を合わせて、吐息がかかる距離でささやかれる。



「本当に、私の妻になっていただけるのですね?もう離してあげられませんよ?」

「はい。望むところです」



 間を置かずに答えた私に、イルヴィスは一瞬目を丸くする。そして、花が咲くように頬をゆるませた。

 っていうか、あれ?

 なんだかイルヴィスの顔がだんだんと近づいてきたようなーーーー






「お嬢様、セバスから手紙が届いております。至急対応して欲しいとのことですが」



 コンコンと控えめなノックに、私たちは大げさなほどに肩を震わせた。

 顔はお互いに夕日でも誤魔化しきれないほどに赤くなっており、気まずい空気が部屋を包み込んだ。


 それを誤魔化すようにイルヴィスは咳払いを一つすると、入室の許可を出した。



「失礼します。領主代行の書類についてのーーーーこれは、すみません。お邪魔してしまったようですね」

「み、ミラ!?こ、これは違うの!」

「ええ、ええ。みなまで言われずともミラには分かっております」

「本当に違うのよ!」



 珍しく顔を緩ませたミラは、こくりと何度もうなずいて見せた。いつもなら嬉しい変化なのに、今は無性に腹が立つ。イルヴィスも気まずそうに顔を逸らしているので、助けを求めようにもできない。


 こんなときに、こちらに向かってくる軽やかな足音が聞こえた。



「お嬢様、お茶をお持ちしました!」

「エマ!いいタイミングね!私、ちょうど喉が渇いてお茶が飲みたかったところなのよ」



 とにかくこの居たたまれない空気を変えたくて、エマから引ったくるようにティーカップを奪う。

 そんな主の突然の奇行に呆気にとられたエマだが、すぐに笑顔を浮かべた。



「公爵様とたくさんお話できたのですね!結婚式の日程は決まりましたか?」



 私に味方などいなかった。

 しかし、エマの毒気のない笑顔を見てしまえば、怒るに怒れなくなってしまう。


 ちらりとイルヴィスの様子を窺うと、彼も私のことを見ていたようでばっちりと目が合った。エマとミラの誤解を解いてくれという気持ちを込めてイルヴィスを見つめていると、やがて彼は真剣な顔で大きくうなずいてくれた。



「なるほど、アメリーの気持ちはよく分かりました。気づくのが遅くなって申し訳ありません」

「ううん、分かっていただけて嬉しいです」

「結婚式は盛大に行いましょうね!」

「やっぱり意思疎通って大事だと思うんですよね私」



 これからはちゃんと思ったことは言葉にしよう。イルヴィスの満面の笑顔を前に、私は強く誓った。



「ふふ、照れないでください。先ほどはあんなに熱く私を見つめていたではありませんか」

「誤解を悪化させないでください!」

「分かっていますよ。意思疎通ということは、これからも二人でお話する時間を取りたいということですよね?」

「そうなんですけど、そうじゃないんですよ!」



 本気で不思議そうに首を傾げたイルヴィスに、私はこれ以上の抵抗を諦めた。ミラとエマの生暖かい視線がつらい。



 ああ、夕日とイルヴィスの組み合わせって、綺麗だな。



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