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05

 それからの母の動きは早かった。混乱しながらも指示を出し、間もなくこちらに来る公爵への対応を進めた。


 その一方で、私は熟練のメイドたちによって身支度を整えさせられていた。鏡に映っている私の顔は、二日酔いとここ最近のストレスで酷い有様だった。手入れを怠ってしまったせいで茶髪は牧草のように傷み、エメラルドグリーンの瞳の下には隈が浮かんでいる。


 昨日まではどう見られたって構わないと気にならなかったのに、今日は鏡に映るみすぼらしい女がやけに惨めで恥ずかしく思えた。希望が見えたことで心に余裕ができたのだろう。


 だからメイドたちには化粧を念入りにするように命じ、ドレスもお気に入りのものにした。決して公爵に気に入られたいとか、虚勢を張りたいわけじゃない。ただ、少しでも自分を好きになりたかった。

 この顔色が化粧したくらいで誤魔化しきれるとは思っていないけど、何もしないよりはマシだろう。


 何とか身支度を整えて一息ついた頃、門の方から黄色い悲鳴が聞こえてきた。そして間を置かずに執事が私のもとにやってきた。



「お嬢様、ランベルト公爵様が到着なさいました。準備が整いましたら、お出迎えをお願いいたします」

「今行くわ」



 もう公爵は到着していたのかと思っていたが、どうやら気が動転したメイドが間違えたようだ。先触れの使いを侍従と間違えたのだろう。


 どうせ長いこと待たせているからと、のんびりしていた私は慌てて出迎えをするためにホールに向かった。速足で階段を降り、淑女の礼を取る。妹の姿が見えないが、ヤツの朝帰りは珍しいことじゃない。



「昨晩ぶりですね、ローズベリー伯爵夫人。こんな時間に訪れてしまい、申し訳ありません」

「い、いえ!わたくしとしてはむしろ光栄ですわ!」



 現れた公爵は、大変麗しい人だった。

 青と白の礼服は彼の銀髪によく似合い、空のようなアイスブルーの瞳は甘やかに細められている。


……こんな、まるでおとぎ話から飛び出してきたような青年が女嫌いなんて、過去に何かあったとしか思えない。


 目の保養とじっと公爵を見つめていると、ばちりと目が合ってしまった。慌てて目を逸らしたものの、なんだか違和感を感じる。



(こんな間近で公爵様を見るのは初めてなのに、なんだかやけに既視感がある……?)



 違和感をはっきりさせたくて、再び公爵を見つめる。



「今日は、アマリア嬢と話したいことがあって来ました。決して彼女を傷つけませんので、どうか二人っきりにさせていただけませんか?」



 いつも冷静な母はすっかり公爵の顔に骨抜きにされていまい、二つ返事で許可を出した。そして反応が遅れてしまった私を応接室に押し込むと、そそくさとどこかへ行ってしまった。



 私が正気に返ったころには、すでに公爵は胡散臭い笑みを浮かべてくつろいでいた。



「随分と熱い視線ですね。溶けてしまいそうです」

「あ、いや、これはですね」

「ふふ、私に見惚れてしまいましたか?」

「公爵様の見目が良いのは認めますが……私たち、どこかで会いましたか?」



 その一言で公爵様が凍り付いた。そして失礼なことを言ってしまったのかと困惑する私を前に、たっぷりと沈黙した後、とてもいい笑顔で語り出した。



「今日のことを利用するんです」

「え」

「貴方は結婚から逃れられる。私は彼女と親しくなれる。伯爵家を継げる貴女が結婚できないことは無いでしょうし」

「それ、まさか」

「先程も言いましたが、私が信用ならないなら断っても構いませんよ。まあ、わざわざ自分を苦しめるなんて変わった趣味だと思いますが。私にはとても真似できません」

「ちょっ、嘘でしょう……?」

「明日、さっそく会いに行きますね」



 私とイルヴィスの間で交わした約束。それを一字一句違わず言い切った公爵は、言われてみれば彼とよく似ている……気がする。



「あの、公爵様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか……?」

「はははっ。まさか伯爵家のご令嬢が貴族、それも公爵の顔と名前を知らないとは思いませんでしたね」

「お恥ずかしい限りです……」

「私はイルヴィスと申します。イルヴィス・ランベルトですよ、アマリア・ローズベリー嬢」



 覚えてない私を責めるように、これ見よがしにフルネームを呼ばれる。驚きや喜びよりも、イルヴィスの神々しい笑顔から出ているすごみが気まずい。


 そんな所在なさげにしている私に、イルヴィスはさらに畳み掛ける。

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