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03

 翌朝、身体を起こそうとすると頭に鋭い痛みが走った。これが噂に聞く二日酔いかと納得すると同時に、昨日の出来事が夢じゃないと痛感する。



 昨日はそのまま男――イルヴィスというらしい――に送ってもらった。気がする。飲みすぎていた私はいつの間にか気を失っていたようで、あの後の記憶が全くない。


 しかしイルヴィスの提案はしっかり覚えているので、都合のいい頭だと自分でも感心する。





。。。




『今日のことを利用するんです』



 うん、彼は確かにそう切り出したはずだ。



『まず、このまま私は酔った貴女を伯爵家に送ります。すると、ご両親はきっと貴女を心配して様子を見に来るでしょう』

『私の心配というより、婚前の娘に間違いが起きてないかの方が気掛かりかと思いますが』



 この国では基本的に長子しか家を継げない。だから両親は妹が何をしようが気にしないが、私には万が一にでも間違いがないように注意している。

 もし結婚間際の私が男と帰ってきたら、間違いなく血眼になって関係を(あらた)めるだろう。



『だからこそ、ですよ。ご両親に尋ねられた際、私は貴女に気があるように振る舞います。もちろん明言はしませんよ。貴女には婚約者がいますので』

『は、はあ』

『そうすればご両親はきっと貴女に確認するでしょうから、その時は満更でもなさそうにしてください。式まではまだ余裕はありますか?』

『はい。今回の騒動もありますので、あと三月ほどは』



 貴族の結婚は時間がかかるので、実際にはもっと余裕があるだろう。



『良かった。なら一月目は頻繁に私と外出しましょう』

『えっ』

『二月目は頃合いを見て、ご両親に私と結婚を考えていると伝えてください。あ、その際に婚約者は妹と愛し合っているので、二人を結婚させてくださいと言うこともお忘れなく』

『いやあのですね』

『貴族同士の結婚は契約。招待状も出している時期でしょうから、突然白紙になったらきっとお困りでしょう。だが妹さんが代わりに結婚すれば問題はありません』

『問題しかないですよ。私の声聞こえてます?』

『はて、何がいけないのでしょうか』



 立て板に水のごとく話していたイルヴィスは、私の言葉に不思議そうに問いかけてきた。




『貴方は簡単そうに言っていますが、あんなんでも侯爵家の三男坊です。身分があります』

『ええ知ってますよ。その程度は私がなんとかできます』



 まるでダイヤモンドは硬いとでも言うように、常識を語るようにイルヴィスは淡々としていた。あまりにも泰然としていたので、言い出した私の方が戸惑ってしまったくらいだ。



『そ、そうですか。でも妹が同意するとは思えません。あいつは何よりも自分を優先しますし、そもそも両親が認めませんよ』

『貴女の話から判断するに、ご両親は愛より名誉を選ぶ典型的な貴族です。この話を無下にしませんよ。であれば、ただの貴族令嬢である妹さんは逆らえない。違いますか?』

『違いません、けど』



 事態はそんなに単純じゃないし、なぜ両親が同意する前提で話をしているのだ。

 この案は、両親がイルヴィスを尊重している前提に成り立っている。私の両親が彼を敬う理由はないと指摘したいのに、イルヴィスから深堀りするなという圧を感じる。つい口をつぐんでしまったが、確かに彼ならなんとかしそうだ。



『まあ、どうせ私には貴方を信じることしかできませんしね。でも、貴方はそれでいいんですか?』

『……良い、とはどういうことでしょう』



 こてりと首をかしげるのが、無性に腹立つ。



『好きな方がいるのでしょう?例え公言していないとしても、噂にはなりますよ』

『ああ、そういうことですか。……外堀埋めるのにちょうどいいな』



 不思議そうな表情から一変。獲物の仕留め方を考える狩人のような目をしたイルヴィスが、何か小声で呟いた。

初めて見えた彼の瞳はアイスブルーで、それがすうと細められていた。背筋に寒気が走って思わず声をかけると、彼はすぐに柔らかな笑顔を浮かべた。



『すみません、ホールが騒がしくて聞き取れませんでした。もう一度お伺いしても?』

『貴女によると、私はすでに浮名を流しているらしいので、と言ったんです』

『もしかしてちょっと気にしてます?』



 ……気のせい、か?



『まさか。まあ、それでも気に病むのでしたら、私に彼女と仲良くなれるようにアドバイスしてください。私は女性と懇意になったことがありませんので』

『結構気にしてるじゃないですか』

『そんなことより、どうです?悪い話じゃないでしょう?』

『そんなことよりって……』



 しかし、悪い話じゃないのは確かだ。



『貴方は結婚から逃れられる。私は彼女と親しくなれる。伯爵家を継げる貴女が結婚できないことは無いでしょうし』



 むしろいい話すぎて困るというか。暗闇に紛れてよく見てないが、それでも目の前の男が整った容姿をしているのは分かる。悔しいが、イルヴィスがモテるというのは本当のことだろう。


 だからこそ、彼がなぜ見ず知らずの私にここまでしてくれるのが謎である。もしや妹に婚約者を寝取られるような女はチョロいと詐欺ろうとしているのか。



『先程も言いましたが、私が信用ならないなら断っても構いませんよ。まあ、わざわざ自分を苦しめるなんて変わった趣味だと思いますが。私にはとても真似できません』

『ぜひともご協力をお願いします』



 そもそも私には断るという選択肢がない。この男のことを考えるのは婚約破棄の後にしよう。どうせこれ以上不幸になることはそうあるまい。



 一瞬で態度を変えた私に、イルヴィスは『明日さっそく会いにいきますね』と会心の笑みを浮かべたのだ。




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