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 わずかばかり考える素振りを見せたイルヴィスは、面白いことを思いついたという顔をして私の方を見た。その神々しい顔に浮かんでいるのは満面の笑みなのだが、なぜか背筋がゾクリとした。

 人はそれを嫌な予感というのだが。



「私とアマリアは、」



 イルヴィスはまたもやもったいぶるように言葉を区切ると、そっと私の肩を抱き寄せた。そして私が嫌がっていないのを確認すると、二人の視線から遮るように私を後ろに下がらせた。



「ただの友人ですよ。心配なさるようなことは何一つありませんよ」



 友人というにはいささか距離が近いような気がする。



「そう、ですか。いえ、僕が考えている友人間の距離より少し近いような気がしたので」

「それは意外ですね。今の貴方とオリビア嬢の距離が適切とはとても思えませんが」

「これは彼女が勝手にしていることです」



 婚約者の言い分に一瞬呆気に取られたイルヴィスだが、すぐに笑顔を取りつくろった。



「婚約者がいらっしゃるのでしたら、それを咎めるべきでは?」

「女性にそんなことできませんよ……!」



 そんなのありえない!とばかりに驚く婚約者に、イルヴィスは深いため息をついてこめかみを押さえた。

 そして私だけが聞こえるように、小声で話かけてきた。


「まるで話が通じませんね……彼、いつもこんな感じなんです?」

「……昔は、普通だったんですけど」

「つまり最近はだいたいこんな感じということですか。どうして婚約を破棄しなかったんです?」

「長くなってしまいますので、あとでお話しします」

「そうですね……場合によっては作戦変更も致し方ないですよ」

「本当にご迷惑をおかけします……」



 怪しまれないように、手早く会話を切り上げる。イルヴィスの背中から少し顔を出すと、邪険にされた妹が婚約者に絡んでいた。

 二人とも私たちの話に気づいてないようだった。



「この後、アマリアと約束がありますので……そろそろお暇させていただきますね」

「えっ、」

「ああ、やましいことなど何もないので、ご心配なさらないでください」



 貴方とは違いますので、という副音声が聞こえそうだった。敵わないと悟った婚約者は、私に標的を変えた。



「っ、アマリア!本気なのか!?」

「お母様から許可は出ています。すぐに帰ってくるわ」

「そんなっ、公爵さま!?貴方はお姉さまに騙されているんですの!目を覚ましてください!」



 私の返答に満足そうに微笑んだイルヴィスは、騒ぐ妹の声など聞こえていないかのように背を向けた。

 そして私に手を差し出すと、そのまま私をグレート・ホールの外に出るように誘導する。



「お先に失礼します。良い一日を」



 ホールから出る前、私は黙り込む二人が気になって振り返る。

 するとそこには、憎悪と羨望と嫉妬に満ちた顔で私をにらむ妹と、悲愴な面持ちの婚約者の姿があった。


 婚約者が傷ついた顔をする理由が分からなくて、ついまじまじと見つめてしまった。見つめたといっても、せいぜい二瞬き分。

 そんな数秒にも満たない視線に気づいたのか、婚約者の顔から表情が抜け落ちた。


 私はその据わった目と目が合う前に慌てて顔を前に向ける。しかし、それでも背中に射貫くような視線を感じとれ、思わず腕をさすった。

 イルヴィスがそんな私を不思議そうに見る。



「どうしましたか?……もしかして私が来る前に、あの二人に何かされました?」



 鋭い問いかけにギクリとするも、心配をかけたくなくて何でもないと答えた。



(あの人は小心者だもの。イルヴィス相手に何か良からぬことを考えたとしても、実際に行動に移すとは思えないわ)



 最近気が立っていたし、きっと私の見間違いだろう。そうに違いない。

 落ち着きを取り戻した私は、半信半疑でこちらを見るイルヴィスを安心させるように、もう一度笑ってみせた。



「何もないのならそれが一番ですが、何か違和感があればすぐに知らせてください」

「そこまで迷惑をかけられないわ」

「貴女の身に何かあったら私が耐えられません。それに、ああいう男は思い込むと恐ろしいことも平気でします。気を付けるのに越したことはありません」



 そう言ったイルヴィスはとても真剣な顔をしていた。先ほどの婚約者の顔が頭をよぎり、思わず背筋が伸びた。



「そんなに怯えないでください。警戒してくだされば十分ですので」

「分かりました」

「私の方でも注意しておきますが、万が一何か起きてしまった場合はすぐに連絡してくださいね。どんなささいなことでも構いませんので」



 ふと、そんな私たちのやり取りを使用人たちがにこやかに見守っているのに気づいた。

 瞬間、私はここが玄関ホールだと思い出した。これ以上気まずい思いをする前にと、私は驚くイルヴィスを半ば引っ張るように屋敷の外に連れ出すことにした。



 そして居た堪れなさで馬車までの道すがらにアレコレと話しているうちに、婚約者のことはすっかり忘れてしまった。



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