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離れに戻り、本を読んだり、やりかけの刺繍を仕上げたり。
色々していると日が落ちてきた。もう夕方か。
――うまくいったかしら。
そう考えているとエルゼから声がかかった。
「ルージュナ侯爵の方はうまく召喚できたみたいです。中々認めなかったそうで、王宮まで連れてきて、陛下が記録を見せてやっと観念したみたいですね」
「なら良かった。侯爵家はどうなるかしらね」
「侯爵一人で画策したのであれば彼だけを処分して誰かが継ぐ形でしょうね。娘ばかり三人ですから娘婿の誰かですかね」
まあ、家名を残せるだけましだろう。それだけのことをしたのだから。
娘も上二人はすでに結婚しているが、レーツェルに喧嘩を売ってきた三番目の娘に関しては、かなり厳しい状況だろう。
どこまで陛下が大っぴらにするかは知らないが、現侯爵がいきなりいなくなるだけでも噂話の格好の的だ。
どこからか漏れて、話が広がり、ルージュナ侯爵家に関わろうとする貴族などいなくなるだらう。
バレないとでも思ったのか、レーツェルの時で懲りてないのか、それかよっぽどのバカなのか。
まああとは陛下とアルフォンスに任せて、私は私にできることを考えよう。
まだ行ってないミナチとハサカの森に『加護』をしに行きたいし、他の森からもくるかもしれない。
アルフォンスの仕事次第だが、一つずつしていかないと。
もうすぐ夜食という時にエルゼが、
「大分片付いたそうで、夜食はこちらで取られるそうですよ。もう少しで戻られるとの事です。良かったですね」
陛下が約束通りがんばってくれたのか
「それは良かった。じゃあ準備しましょうか」
伝達通り、夜食の準備が整った時にちょうどアルフォンスが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりなさい、アル。お疲れ様でした」
出迎えて、まだ慣れないハグをすると、アルフォンスがギュッと少し強く抱きしめてきた。
「あ、アル?」
「…………あーレーツェルだ。も少しこのまま」
どうやらかなりお疲れのようである。しばらくして、
「大丈夫ですか?アル」
やっと少し緩めてくれて
「うん、大丈夫。ありがとうね。補給できた。さあ夜食いただこうか」
「はい」
夜食をいだだいて、片付けようとしたところでアルフォンスが
「今日は先にシャワー使わせて貰っていい?昨日もできなかったから」
「はい、ゆっくりどうぞ」
と答えるとありがとう、と言って浴室の方に向かっていった。
片付けが終わって一息つく頃、アルフォンスが濡れた髪をタオルで拭きながら戻ってきた。
「あーすっきりした。レーツェル、ごめんね、先に使わせてもらって。ゆっくり入ってきて」
といいながらソファに座り込む。近くに行き、アルフォンスの頭にかかっているタオルを手に取り、銀色の髪の毛を優しく拭きながら、
「大丈夫ですよ。お疲れ様でした、ゆっくりしてください。ちゃんと乾かしてくださいね」
「……今度からすぐに乾かさずに来ようかな」
こうやってレーツェルに拭いてもらえるなら、と満面の笑みで言ってくる。
「……いくらでも拭きますけど、風邪ひかないでくださいね?」
「もちろん」
しばらくアルフォンスの柔らかい銀色の髪を拭いていた。
レーツェルも入っておいで、とアルフォンスが言ってきたので、じゃあいってきます、と浴室に向かった。
浴室に入り、服を脱ぐ。鏡に写った姿を見て、変わった所がないかを無意識に探している自分がいる。
――――大丈夫、大丈夫だ。何も変わってはいない。
髪と身体を洗い、お湯に浸かる。
初めて『竜化』して二ヶ月程が経った。見た目は何も変わってはいないはずだ。誰も気づいてはいないし、気づけないはずだ。
レーツェル自身もそのことに気づいたのは昨日の事だ。
図書館で資料を読んで感じて、あれ?と思っていた事を思い出した。
たまたまか、とも思っていた。だが、まだ確定ではない。まだ判断するには早過ぎる。もう少し様子をみよう。
アルフォンスに話すのはそれからでも遅くはない。
遅くはないはずだ、と自分自身に言い聞かせるが、本当に?早い方がいいのではないのか?と思う気持ちも沸き起こる。
どうしようか、と顔を半分ほどお湯に浸かって考えていたら、浴室の扉がノックされた。
「レーツェル?大丈夫?静かだけど何かあった?」
アルフォンスの声だ。
「だ、大丈夫です!もう上がります!」
「大丈夫ならいいんだ。ゆっくりして」
ごめんね、と声が聞こえた。
ダメだ、心配かけちゃいけない。大丈夫、大丈夫と言い聞かせて浴槽から上がり、タオルを手に取る。
身体を拭いて下着と寝間着を着て、タオルを髪に巻き付けて部屋に戻る。
アルフォンスが椅子に座って書類を見ている。レーツェルが来た事がわかると書類を置いて、ちょいちょいと横にくるように促してきた。
何も考えずにアルフォンスの横に座るとさっきのレーツェルのようにタオルで黒髪を優しく拭いてきた。
魔法もつかいながら、レーツェルの長い黒髪を乾かしてくれている。
「いつもありがとうございます」
「……このために私がいるようなものだよ。でもバタバタした二日間だったけど、レーツェルは大丈夫?疲れてない?」
アルフォンスが聞いてきた。
「……私は全然。アルが回復魔法かけてくれましたし、昨晩も申し訳ないですが、よく眠れましたから」
「なら、いいんだけど」
はい、できた、と髪を整えてくれた。
「ありがとうございます」
「………」
ん?と思い振り向くと同時に抱きしめられた。
「……!あ、アル?」
「……でよ」
声が小さくて聞き取れない。
「アル、今なんて」
言ったの?と聞こうとした口を塞がれた。
「……!」
しばらくの間重なっていた口唇がゆっくり離される。ふぅと息が漏れる。
「……隠し事しないでよ……」
「……っ」
「お願いだから……」
アルフォンスが声を絞り出して懇願する。
「……アル」
「……レーツェルが『何か』に不安を感じてるのはわかってる。気づいてないふりをした方がいいのかも知れないって」
思ってた、と。
「でもやっぱりだめだ。レーツェルの事全部受け止めるから、お願いだから一人で抱えて飲み込まないで。声に出して欲しい」
「……アル…」
―――やっぱり全て見透かされている。
「いくら私に魔力があってもレーツェルの心の中までは見えない。でも何か胸につかえている事があるのはわかる。私じゃ解決できないかもしれないけど話すだけでも楽になるかもしれないし、なるべく解決できるようにがんばるから」
全部吐き出して欲しいと。
深い紫の瞳に見つめられて、懇願されて。自分の心が緩んでいくのがわかる。
大丈夫、まだ確定じゃない、大丈夫と思いながら胸に手をあてつつ、アルフォンスの瞳を見つめ返す。
大丈夫です、と言おうとした瞬間、頬に何かが伝っていた。視界が歪む。
――――涙だ。それも大粒の。
何で、何でと思うけど、堰を切ったように溢れる涙が止まらない。
『大丈夫』なんかじゃなかったんだ―――――
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