70
残っている敵はあと10人か。剣を胸の前で構える。一度深呼吸をする。
瞼を閉じて、開けた瞬間、『殺気』を起こす。
ガツン!とした感じが敵の身体にぶち当たるのがわかった。
10人が10人とも『殺気』にあてられ一瞬動きがとまる。
止まった瞬間を見逃さず、一気に攻撃する。
まず敵の剣を持っている側の腕に斬りつけ五人攻撃不能にしてから、その五人の身体に向かってさらに斬りつける。
残り五人に関してはカイル様と騎士二人がレーツェルの『殺気』で止まっていた所を攻撃し、倒している。
「助かったレーツェル。怪我はないか?」
「私は大丈夫です」
確認しているとアレクシア様の乗った馬車が近づいてきた。どうやらあっちも大丈夫なようだ。
―――問題はユーリア様だ!
そう思った瞬間、その声が響いた。
「レーツェル!」
アルフォンスだ。馬で駆けてきた。急いで来たのか、リーンではない。多分すぐ乗れる子に乗ってきたのだろう。しかし速い。
飛び降りるように馬から降りて目の前にやってきた。
少し遅れて兵士達もやってきた。ゲルト様もいる。
エルゼも戻ってきて
「アレクシア様の方は大丈夫です」
馬車からアレクシア様が降りてくるのが見えた。
アルフォンスが
「大丈夫か、怪我は?」
「私は大丈夫です!それよりユーリア様が!」
「義姉上が?どうかしたのか?怪我か?」
「怪我ではありません」
だからアルフォンスの魔法は効かない。
「ユーリアがどうしたの?」
アレクシア様も心配している。
馬車に戻り、中のジュリアに鍵を開けるよう指示す
る。
すぐに扉が開く。中に入りユーリア様に近づく。
「ユーリア様、大丈夫ですか?外は片付きましたからすぐに帰れますからね」
「……ありがとう、レーツェル。大丈夫よ」
どう見ても大丈夫ではない。どうしようかと考えているとアレクシア様も乗ってきて
「ユーリア、大丈夫?どこが痛いの?」
「下腹部だそうです。このまま馬車で移動しても大丈夫でしょうか?」
代わりにアレクシア様に答える。アレクシア様がユーリア様の様子を見て、何やら考えている。
「ユーリア、毒とかではないわよね。もしかしてだけど、あなた月のものは?」
「……毒ではないと……。月のものは……」
そう言われてみれば、と。
そっちの可能性か。ならばよけいに馬車はまずい。振動があり過ぎる。
どうすればいい?考えろ、今できる事を。
馬車から降りて、賊の後始末をしているアルフォンスを呼ぶ。
「アル!お願いがあります!」
レーツェルの大きい声に皆振り返る。駆けつけたゲルト様や他の兵士達もびっくりしているがそんな事今は気にしてる場合ではない。
アルフォンスやカイル様、ゲルト様も走ってくる。
「どうした、レーツェル?何が」
あった?と言う前にレーツェルが、
「アル、私を『竜化』して王宮までユーリア様を乗せてください!」
「!?」
皆、一斉にレーツェルに注目する。
「義姉上を?馬車を走らせるのはだめなのか?」
「振動をあたえたくないのです。この場から王宮までとにかく速く振動をあたえないで戻れるのは私だけです!」
「よくわからないが切羽詰まった状態なのはわかった。毛布はあるか?」
と御者に指示する。
「陛下にも連絡できますか?居住区内の中庭に降りますからすぐに医師の手配を、と」
「わかった。カイル、ゲルト総帥、この場をまかせます」
「ああ、任せろ。事情はわからんが王妃を頼む」
アルフォンスが陛下と魔力伝達している間、馬車内に戻り、ユーリア様に
「お義姉様、アルフォンス様と私がお義姉様を陛下の元までお連れします。絶対に無事にお連れしますので安心してくださいね」
とにっこり微笑む。
「……安心してるわ、よろしくね」
ユーリア様も不安だろうに笑い返してくれる。
「エルゼ、御者から毛布を貰ってきて」
「承知いたしました」
馬車から出るとアルフォンスが
「兄上に連絡はついた。行けるか?レーツェル」
「はい!よろしくお願いいたします」
周りの兵士達を離れさせる。アルフォンスの声が響く。
「レーツェル、竜になれ」
アルフォンスの声が響くと同時にレーツェルの身体が光り、輪郭が崩れる。
あっという間にその場に黒竜が現れる。
流石にここまで近くで見るのは初めての兵士や騎士達は一瞬驚いてはいたが、そこは訓練されている者らしく声を上げることはない。
黒竜はとにかく乗りやすいようにとギリギリまで伏せの状態で身体を低くする。
アルフォンスはレーツェルのドレス一式を魔法で小さくしてポケットに入れる。
エルゼから毛布を受け取り馬車に乗り込みユーリア様の前にひざまずく。
「義姉上、少し身体に触れる事をお許しください。レーツェルと私が責任を持って義姉上を兄上の所までお連れします」
「……よろしく頼み…ます」
確かにこれば緊急事態だ。汗のかき方が尋常ではない。かなりの痛みだろう。
毛布を広げユーリア様の身体に巻き付ける。慎重に、ゆっくりと横抱きにする。
アレクシア様が
「アルフォンス、頼んだわよ。ベルンハルトには私からも状況を伝えておきます。なるべく振動をあたえないよう、かつ速く。あなたがたしかできない事よ」
「はい。兄上に伝達お願いいたします」
馬車から出てレーツェルの元に向かう。アルフォンスだけが乗る時よりもかなり低い態勢になっている。
ユーリア様を横抱きにしたまま、そっと乗って跨がる。
「エルゼ、あとのことは頼む。義姉上を送り届けたら戻ってくる」
「かしこまりました。お気をつけて」
しっかりと抱え直し
「義姉上、兄上でなくて申し訳ありませんが、絶対に離しませんので安心してください。すぐに着きますから」
ユーリア様が頷くのを見てレーツェルに声をかける。
「レーツェル、ゆっくり上がろうか」
その言葉を聞き、黒竜がすーっと浮かび上がる。振動一つ起こさないよう、羽ばたきもなるべく最少回数にする。
高さもそんなに高く上げずに、でも何にもぶつからないギリギリの高さで飛んでいく。
街の上空をかなりの低空飛行で飛んでいるため、民達はびっくりしているが、毛布で隠れているため、アルフォンスが誰を乗せているのかは気づかれていない。
あっという間に王宮が見えてきた。
「義姉上、王宮が見えました。もうすぐです」
「………やっぱり、速いわね。ありがとう」
王宮の門を越え、真ん中に位置する王族居住区内の中庭の上まで来た。
ベルンハルト陛下や侍医、女官達の姿がわかる。
「レーツェル、ゆっくり、そっとだ。レーツェルなら出来る」
その言葉を聞いた黒竜は、本当にゆっくり、羽ばたきも一回だけで、すーっと中庭に降り立った。
陛下や侍医が駆けてくる。レーツェルは先程と同じ様に伏せの態勢でギリギリまで低くする。
ユーリア様を横抱きにしたままアルフォンスもそっと黒竜から降りる。
「ユーリア!」
陛下の心配そうな声が響く。
「……陛下、申し訳ありません。ご迷惑を……」
「気にするな、お前の方が大事だ」
アルフォンスからベルンハルトに渡される。
「アルフォンスも、レーツェルもありがとう!あとは任せてくれ。詳しい事は後で話しあおう」
「わかりました。義姉上のことお願いいたします」
ベルンハルト陛下に抱かれて、侍医と共に居住区に入っていく。
その姿を見届けて
「レーツェル、ありがとう。助かった」
と、首筋を撫でている。
「じゃあ先程の場所に戻ろうか。お願いできるか?」
もちろん、と言わんばかりに黒竜が頷く。
アルフォンスがもう一度黒竜に跨がるとゆっくり舞い上がり先程の場所に向かって飛び始めた。
お読みいただきありがとうございます。
明日も更新予定です。
よろしければ評価、ブックマークポイントよろしくお願いいたします。




