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 次の日、レーツェルは王宮内を歩いていた。シンプルだが上品さを兼ね備えた濃紫色のドレスを身に纏い、この国では他で見ない艶のある漆黒の髪を、これまた濃紫色のリボンを絡ませ複雑に編み上げ、結い上げた髪形で、侍女のエルゼと共に王妃のお茶会場所であるサロンに向かっていた。

 到着するまでの道すがらの周りの好奇な目には慣れたもので、一切気づかないように歩く。


 まるで珍獣を見る目だと毎回思うが、まあ滅多に王宮内には来ないため、そんなものかとレーツェルは諦めている。


 サロンの前まで到着すると、扉を警護する2人の王族専用近衛隊の騎士と挨拶を交わし、警備状況を確認し部屋に入る。

 ちなみに王族専用近衛隊は軍とは別部隊だが、こちらもレーツェルが一度相手をして軍以上に叩きのめしているため、サロン内に騎士を置かないと言う事に関しては文句が出ない。むしろ警護を頼まれる。

 

 レーツェルは2年前の手合わせ時にやりすぎたとも思ったが、あの時何も知らない少女にルカリスティア公爵と剣術などの師匠達が思いっきりやってこい、と背中を押したため、レーツェルは一切の手加減なく、その時点での自分の力を遺憾なく発揮したのだ。それまでは師匠達にこてんぱんにやられていたため、自分はそんなに強くないと思っていたため、次々と倒れていく騎士達を見てレーツェル自身が一番驚いていた。

 それもそのはずで、ルカリスティア公爵領地にいた3年間、レーツェルを指導していた者たちは元々公爵が国王時代に影として主に裏側の工作を頼んでいた精鋭部隊の者達である。退位する時に数人だけ公爵領に一緒にきた者達だ。王国の中でも実力的には最高位にいることだけは間違いない。そんな実力者達に揉まれて成長してきたレーツェルが強くないはずがないのだ。


 サロンに入るとお茶会の準備は進められているが王妃達はまだ来てはいない。いつも通り先に入らせてもらって色々確認をしてから、王妃付の侍女と部屋の外の騎士に声を掛ける。

 しばらくすると王妃と本日の招待客の皆様方がサロンに入ってくる。レーツェルは扉近くで頭を下げてお出迎えをする。

 王妃と皆様方、今日は3人の貴族令嬢達が席に着くと王妃がレーツェルに声を掛ける。


「レーツェルもこちらへ」


 王妃が自分の隣を勧める。最初の頃は隣の席は遠慮していたが、どれだけ辞退しても王妃が譲らないので、最近は諦めたレーツェルだった。他の令嬢達もそこが護衛も兼ねたレーツェルの席と思っているので誰も何も言わない。


 レーツェルも座って侍女がお茶とお菓子を準備してお茶会の始まりだ。お茶会と言っても最近の社交界の話やら流行のドレスやお菓子のお店の話なので、離宮から出ないレーツェルは自分から話すことはまずない。ほぼ聞き役に徹している。その間も気を抜くことはなく、不審なことはないか神経を張りつめている。


「相変わらずアルフォンス殿下は独占欲が強いわね」


 令嬢達の他愛もない話が途切れた時にふと王妃がレーツェルに向けて話しかけた。

 急に話しかけられたレーツェルは目を丸くして王妃を見た。


「そうでしょうか?」

「そうよ、いつもだけど今日は特に。まあその濃紫色がレーツェルに似合うのは認めるけど、どうみてもアルフォンス殿下の色よね」

 

 まあ確かにアルフォンスの瞳の色だ。しかしレーツェルは黒髪黒瞳のため淡い色、令嬢達が好んで着るようなピンクやらオレンジなどが合わないと思っているためどうしても濃い色合いのドレスが多いのだ。


「今日は髪のリボンも濃紫色ですしね」

と令嬢方も乗ってくる。


「本当にお会いするたびに思いますがその髪、どうやって結い上げてらっしゃるの?うちの侍女に直に教えて欲しいくらいですわ」

 

 左側の髪を右側に流しながら編み込み、まとめ、右の肩の方へ流して、邪魔にならないようにしている。

 そしてさらに左側は耳を出し、紫水晶が見えるようにとのアルフォンス渾身の作である。

 今朝、いつも通りに離れに来て、出掛ける前で忙しいだろうにさっと仕上げて、仕事に向かっていった。

 最初の頃は殿下がしていると聞いた令嬢は開いた口が塞がらないとはまさにこの事というような顔だったが、いつしか評判になり、お茶会に出た令嬢方が他の場所で真似をし流行にもなった。

 多分今日のこの髪形も誰か真似をして社交界に広まっていくのだろうとレーツェルは思った。


 レーツェルの髪形の話をしていると扉付近から気配がしたため、レーツェルがそちらを向くとノックの音がして、国王陛下がいらしたという。

 王妃のお茶会に顔を出す事はめずらしくはないため、王妃付侍女が扉を開けに行きお迎えする。

 皆で立ち上がって頭を下げてお出迎えをする。陛下の足音が聞こえ侍従と共に入室してくる。


「畏まらなくていいから、私にもお茶をくれるかな」

とソファの王妃の隣、レーツェルとの間にスッと腰掛ける。


「前を通ったら楽しそうな声が聞こえたからつい立ち寄ってしまったよ」

「お仕事は大丈夫なのですか?」

 

 王妃が尋ねると、ベルンハルト陛下は後ろに立つ侍従の顔を見た。


「少しの間なら大丈夫です」

と侍従のカールが答える。お許しも出たからと、陛下は前に運ばれたお茶を口にする。


 カップを置いた所でレーツェルを見て、


「皆の話が聞こえたけど、本当に我が弟は……」

 

 陛下が最後濁した所で王妃が


「でしょう?もうレーツェルは皆のなのに」

 と少し怒ったような、でも笑って言った。王妃も妹分として構いたくて仕方ないのだ。

 令嬢達も微笑ましくその会話を見守っている。


 ―いえ、誰のものでもないですよ、と心の中でレーツェルは思ったが、口には出さず。


「もうすぐレーツェルも16歳だろう、君のデビュタントの夜会は私が仕切るからね。もちろん皆にも出席してもらって」

と言うと令嬢達は、楽しみですわ、と返事をする。


「まあドレスはアルフォンスに任せるけど、と言うか彼はその役目を譲らないだろうけどね」

と微笑みながらレーツェルを見る。


 この国は16歳が成人とみなされる。そのため貴族の子息子女達は16歳になった時点で最初の王室主催の夜会がデビュタントの場所となる。国王陛下と王妃に一度顔見せをしてから他の夜会にも出ることになる。

 もうすぐ16歳になる、と言っても正確な誕生日がわからないレーツェルはこれまたアルフォンスが決めた誕生日があと一ヶ月後にせまっている。

 夜会の準備とかで普通は気が重くなるものだが、レーツェルは他の事で頭がいっぱいでそれどころではなかったというのが正直な所だ。


16歳で成人とみなされ、普通の貴族子息なら、家を継ぐため勉学の道や騎士の道、子女なら勉学や嫁ぐための教育を始めたりするものだ。

 しかしレーツェルは今は前国王の庇護を受けてはいるが16歳になると同時に成人として1人で生きていかないといけない。所詮レーツェルは拾い子で身分などないに等しい。となると後は自分自身の力で身分を手に入れなければならないのだ。

 ありがたいことにレーツェルには鍛えられた剣術がある。16歳になったら軍を志願すれば入れてもらえるはずだ。軍には寮もあるから離れを出ても寝る場所には困らないはずだし、実力主義の軍なら頑張って手柄を立てて出世すれば叙爵される。そうすればとりあえずは生きてはいける、と頭の中でレーツェルは考えていた。

 あとはどうやってアルフォンス殿下に話をして許可ももらうかだ、と思ったその時


 ――左耳に強い痛みが走った。


 思わず左手で左耳の紫水晶を押さえうずくまった。


 さすがに異常に気づいた陛下達が声を掛ける。 


「どうした?レーツェル?」

「どこか痛むの?」


「……大丈夫です」

 レーツェルは他に痛みがないか確認したが大丈夫そうだった。

 今までも怪我をしたりとかはあったが、そんな痛みとはまた違った感覚だった。


――アルフォンス殿下……?何かあった……?


 今日は近くの防御壁の点検と強化に行くだけとおっしゃっていた、危険な事はないはずだと……。

 でも一瞬だけだったし、大丈夫か、と思っていると、いつもと違う様子に気づいたのか王妃がとりあえずお茶会はお開きにしましょうと皆に声をかけ、部屋に下がって休むようにと陛下から言われたので、ちょっと考えてたが、お言葉に甘えることにした。


 令嬢達を先に見送り、王妃の警護は近衛隊にまかせた。陛下は執務に戻るというので途中まで一緒に帰ることになった。


 王宮内の廊下を陛下と並んで歩く。後ろに陛下の侍従のカールとレーツェルの侍女のエルゼが離れてついてくる。陛下がレーツェルに話しかける。


「さっきその紫水晶の所が痛んだのかい?」

「……はい」

「私も何か胸騒ぎがしてね、アルフォンスは今日は近くの防御壁の確認のはずだったよね?」

 後ろのカールに問いかける。

「はい、そのように把握しておりますが。テオに確認とりますか?」

「頼む、何もなければそれでいい」


 ちょうどそこで執務室に到着した。カールが扉を開け先に入ろうとした所で廊下の向こうの方が騒がしくなった。何人かの騎士がこちらに走って向かってくる。

 王宮内、騎士が走ってくるということは滅多にない。あまり良いことではないというの一目でわかった。


 レーツェルの心臓が大きな音をたてている。一番聞きたくない言葉が騎士の口から出る。


「――アルフォンス殿下がっ……」







以降は基本1話ずつの更新となります。

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