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―――ワルツが始まった。
ルカリスティア公爵領にいる間にもちろんダンスも一通り仕込まれてはいるが、こうやって夜会や人前で踊るのは初めてである。
アルフォンスとも練習では何度か踊ったことはあるがドレス姿の正装では初めてである。
しかしそこはレーツェルとアルフォンス、どちらも手本のような姿勢とステップである。
「緊張してる?」
アルフォンスが聞いてくる。
「ちゃんと踊れてますか、私」
大丈夫でしょうか?と目線を合わせると、にっこりとした笑顔で
「大丈夫、誰よりも綺麗だ」
一瞬、体温が上がったのがわかった。
「……余計に緊張しますよ………」
「ごめん、ごめん」
広間にいる全ての人間がダンスフロアを見ている。
余所見をしている者などいない。それほどにアルフォンスとレーツェルが注目を浴びているのだ。
そして二人の衣装について皆気づき始めた。レーツェルの銀色の刺繍に紫色の布、紫水晶のアクセサリー。対してアルフォンスの黒の詰襟の上着に黒の長衣、パンツに靴。さらに手袋まで黒色。
ここまできたらお互いの色と言わざるを得ない。
そしてその事が何を意味するのか―――
あちらこちらで話し声やざわめきが起こっている。
もうすぐ一曲終わるかという所でアルフォンスが
「そういえば、あの家でほぼ確定だ。私がそばにつけない時は気をつけて」
多分来ると思うから、と。
「わかりました」
そうして曲が終わると拍手が沸き起こった。
アルフォンスとレーツェルはこれまた見本のように挨拶をし、一旦下がる。
ルカリスティア公爵と夫人の元に戻ると完璧だったと褒めてくれた。
「レーツェル、疲れてなければ、次の一曲お願いできるか」
公爵が誘う。夫人とは踊らなくていいのかと尋ねると、夫人が
「今日はレーツェルが主役よ。それにこの人、ずっと娘と踊りたかったのよ」
とクスクス笑って言ってくれた。アルフォンスにも尋ねると、
「……仕方ないですね、一曲だけですよ?」
とお許しが出たところで、公爵と共にダンスフロアに戻る。
もうざわめきが止まらない。王弟殿下の次は前国王、レーツェルの事を知らない者は彼女は一体何者だと騒ぎ出す。
知っている者で、アルフォンス狙いの令嬢方はとにかく心穏やかではない。ここまで見せつけられているのだ。だが余りにも後ろ楯がでかすぎて手が出せないのであろう。ベルンハルトとアルフォンスの企みは成功していると言える。
公爵とフロアの真ん中に行き、ホールドの姿勢を取るのに合わせて音楽が始まる。
他にも何組か踊っているが皆の視線は二人に釘付けだ。
二人のダンスを見ているアルフォンスに公爵夫人が話しかける。
「これで誰も文句は言わないかしら」
「…どうでしょうね。最後に全部発表するまでの間に何かしら動きはあるかもしれませんね」
「ちゃんとレーツェルを守りなさいよ」
「言われなくても」
チラチラとアルフォンスを見ているご令嬢方があちらこちらにいるが、流石に前王妃と話しているところに割って入る勇気はないのだろう。
そうこうしていると曲が終わり、先程と同じように拍手が沸き起こっている。
公爵と一緒にレーツェルがこちらに戻ってくる。
「おかえり。疲れてない?足とか大丈夫?」
アルフォンスが優しい笑顔で聞いてくる。周りから悲鳴や嫉妬の声が聞こえてきそうだ。
「体力的には全然大丈夫です。私のダンス大丈夫ですか?」
「綺麗だよ、ねぇ母上?」
「えぇバッチリだわ、流石よ」
と話していると後ろから
「次は私ともお願いできるかな?」
四人一斉に振り向くとエルヴィン様がいた。
「兄上」
「レーツェルの体力ならもう一曲ぐらい大丈夫だろう?こんな機会はあまりないから是非」
よろしく頼むよ、と。アルフォンスが
「陛下からですか?」
「それもある。けど私も純粋にレーツェルと踊りたい」
「なら仕方ないですね。レーツェル、大丈夫?お願いできる?」
「はい、大丈夫です。是非お願いいたします」
と、エルヴィン様の腕を取る。
「じゃあ楽しんでくるね、レーツェルよろしく」
「こちらこそ」
流石にこうくると皆何も言えなくなっている。
三曲連続踊ることもそうだが、相手が全て王族。こんなデビュタントは今までいなかっただろう。
これで黒髪黒瞳で不吉だからと言ってくる輩はいないだろう。王族が気にしていないのだから。気にしていないどころかアルフォンスにいたっては全身黒づくめだ。誰にも何も言わせない、という意思表示だ。
これに気づかない貴族はちょっと考えものだろう。
そしてそうなってくると普通にレーツェルの見目麗しい様相に惹かれる男性方が出てくる。
アルフォンスやエルヴィンの独身王族にキラキラしているご令嬢方のように、レーツェルの事をそういう目で見ている男性貴族達があちらこちらで見受けられる。
エルヴィンとのダンスが終わり、アルフォンスのところに戻ろうとすると、
「是非、よろしければ私とも一曲」
「いえ、私と是非」
と、何人かの男性に囲まれた。
どうしよう、と少し困っているとアルフォンスがすかさずやって来て
「申し訳ないが、さすがにこれ以上連続は許可できないな。しばらく休憩させていただきたい」
と、レーツェルを抱え男性達から離す。
男性陣もアルフォンスには何も言えず、ではまた休憩後に、後でと声をかけ去って行く。
横にいたエルヴィンがクスクス笑いながら
「レーツェルはそれでいいの?こんなに独占欲が強くて嫉妬深い男だけど」
「だ、大丈夫です」
多分……。
ご令嬢方やご子息方の視線を集めつつ、壁際に移動し、一息つく。
公爵達も挨拶に来た貴族達を相手している。
アルフォンスがグラスを持ってきた。はい、と渡されたのでありがたくいただく。
果実水だ。
「アルコールは今度ね」
一回一緒に飲んでみてから、だねと、言われて
「助かります」
と、そこにイーヴォ様がアルフォンスを呼びに来た。ちょっとだけ、というので
「じゃあ言ってくるけど、レーツェルはそこ動かないでね」
すぐ護衛くるから、と言って行ってしまった。
護衛?と思っているとアルフォンスがいなくなって一人になった途端、何人かの男性がこちらに向かってくるのが目に入る。
うーん、どうしようか、と考えていると横から
「レーツェル様」
と声がする。
ふと見るとそこに普段の執事服ではなく、夜会服を着たテオが立っていた。
「…テオ…」
にっこりとした笑顔で、よくできました、と。
「もしかして護衛って?」
「はい、主より命令を受けております」
まあ一種の虫除けと一番繋げやすいからかと。
レーツェルも笑顔で
「よろしくお願いいたします。なんせ今日は短剣を仕込んでないので心もとないのです」
「ご令嬢にあるまじき発言ですよ」
慣れてくださいね、と言われました。
「あと私の事をしらない方も多いので仕掛けてきやすいかな、と」
ないほうがいいんですけどね、と明るく言っている。
まあそうならないのはわかってはいたんですがね。
案の定、目の前にご令嬢とその父親がいらっしゃいました。
ここまで思った通りになるなんて、とテオと二人で溜息をついた。
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