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「お礼と……お詫びですか?」

 どちらも言われるような事はないと思うのだが。


「そうよ、ここからの話はアルフォンスには内緒ね」

 と唇の前に人差し指を持ってきた。


 はい、と私は頷いた。



「そうね、どちらから、うーんどこから話せばいいかしら」

 なんだか迷っているように見える。


「まずはあの子の、アルフォンスの事を受け入れてくれてありがとう。結婚の事だけでなく今までの事全部よ」

「今までの事?」

「そう。あの子はあなたに会って全てが変わったから」

「そんなに大層な事をした覚えは」

 無いのですがと告げると、アレクシア様が続ける。


「アルフォンスは生まれた時から魔力量がかなり多いのは分かってたの。周りからは竜化するかも知れないと。でもあそこまで多いとは思わなくて」

 小さい時は手に負えなかったの。と悲しそうな顔をした。


「彼の、アルのせいではないのよ、まだ小さくて魔法が何かもわからない、でも思った事が全て自分の意思よりも大きく、強く現れる」

 コップが割れたり物が壊れたりは毎日だった、抑えられるのはヴァイツェンくらいだったわ、と。


「外にも好きに出られない、何を壊すかわからないから。他の人と会うときはヴァイツェンが必ずついた。でも彼も忙しいからね」


 あれはあなたが来る一年くらい前だったかしら、と


「部屋の窓から外を眺めていたらしいの。そうしたらどこからか猫が迷い込んできたのよ。初めて見る猫に興味が出たのか手を伸ばしたらしいの」

 どんどんアレクシア様の顔が曇っていく。


「身体の小さな猫に彼の手から洩れ出る魔力はきつかったのでしょうね、触れる前に倒れてしまったの」


 初めて聞く話に言葉が出ない。


「一命は取り留めたの。でもそれ以来アルフォンスは外に出られなくなったし、窓の外を見ることもなくなった。ベッドからでなくなったわ。それでも魔力は溜まっていくし苦しんで……見ていて何もできない自分が辛かった……代わってやることもできない、母親として何にもしてあげられない。竜化とかどうでも良かった、人並みの魔力で良かった、そうしたらこの子も苦しむことなんてなかったのに、と」

 そんな身体に産んでしまった自分を責めた時もあったわ、と目に光る物が見える。


「そんな時にあなたが来たの。ディートハルトから話を聞き、藁にもすがる思いで協力したわ。あなたに会った時のあの子の笑顔を見た瞬間、私の心は決まったの。この笑顔を守るためならなんでもすると」

 

 王妃の矜持なんて『母親』の前には飛んでいった。


「ごめんなさいね、あの時の私はアルフォンスの事しか考えてなかった。あの子が元気になって笑ってくれるだけで良かったの」

 あなたを利用したのよ、自分の願いのために――



 初めて聞くアレクシア様の思いに何を言っていいのかわからない。言葉が出ないとはこのことか。


「あなたに魔力を分け与えるようになってからは目に見えてあの子は元気になっていった。誰かの役に立てると言う事があんなに力になるなんて思ってみなかった」

 レーツェルだったからかもしれないけれど、と。


「あの子が、アルフォンスが望むならなんでもしてあげたくて。今まで思えばあなたには酷いことをしたと思っているわ。あなたには選択肢などなかったものね。色々無茶なこともさせてしまった。でもあなた達二人は全てクリアしてきた。まさかそこまで出来るとは誰も予想してなかったのよ」


 それぐらい無茶な課題を与えてきたわ、と。


「本当ならあなたには別の幸せな道があったのかも知れない。普通に生きて普通の女の子としての道が。それこそ王家など関係なく静かに生きていけたかも知れない。でも私はアルフォンスのために、ためだけにあなたの道を奪ってしまった。王妃として国民のあなたを思うより、母親としてのつまらない矜持で」


 王妃として教育を受けてきて人前で涙を流すなど抑えなければならなかったであろうアレクシア様の瞳からポロポロと光るものが零れている。


「さらに『竜化』まで。まさかレーツェルが竜化するなんて思ってなかった。アルフォンスが竜化してあなたが契約者になると」

 私達は皆そう思っていた――多分ディートハルト以外は、と。

 

「竜化したことで周りからどんな目で見られるか、それよりもあなたのその身体にどんな変化が現れるかもまだわからない」

 ――でも、と

「あなたの事は私達が全てをかけて守ります。周りの者に関しては絶対に何も言わせないし言わせるつもりもありません。身体に関しては少しでもおかしかったり何かあったら必ず言って。あなたの事を必ず優先するから」


 アレクシア様が私の手をギュッと握ってきた。 


「私の事を許してとは言えないし言わない。恨んでくれていい。でもアルフォンスの事は、あの子の思いは本物だから、どうか、どうか」


 ――受け入れてあげて欲しい……と。



 握られた手からアレクシア様の10年間の想いが伝わってくるような気がする。何事においても自分の事より王妃としての責務を考えてきたはずだ。

 でも王妃の前に人間であり母親である。子供のための彼女の選択を誰が責められるのだろう。


 そしてその選択は正しかったと言えるのだから。

 

 一度に沢山の事を聞いて少し混乱したりもしたけれど、私の思いは変わらない。アレクシア様の手を握り返して、


「……私は今幸せです。それは紛れもない事実です。拾われて育てていただいて、今の自分があるのは公爵様とアレクシア様のおかげです。おこがましいですが、私の父と母はお二人以外におりません。アルフォンス様と出会わせていただいて私の運命も変わりました。この運命を選ばさせていただいてありがとうございます。お二人には感謝こそすれ恨むなんてことは絶対ありません」

 アレクシア様の目を見てハッキリと告げる。


「『竜化』したことで不安がないといえば嘘になりますが、アルフォンス様が護ってくださると約束してくれました。私はその言葉だけで何があっても強くなれます」

 私は笑顔で答える。


「それに私にはこの王国において最高の『家族』ができました。皆様私のことを護ってくださるのでしょう?」

 ねぇ、お母様?と私は嘘偽りない気持ちを伝えた。


 その言葉を聞いたアレクシア様は涙を拭き取り、


「えぇもちろんよ、レーツェル。あなたは私の大事な娘よ、誰にも文句なんて言わせないわ。私の本当の娘よ」

 その言葉を聞き私の心も軽くなる。


「これから先、アルフォンス様と二人、力を合わせていきたいと思っております。お母様には色々ご迷惑もおかけするかもしれませんが、お許しくださいね」


 にっこりと笑って言うとアレクシア様も笑顔で、


「もちろんよ、子供は親に迷惑かけて当たり前よ」

 でも程々にしてね、とウィンクで返してきた。


 ――あなたとゆっくり話せて本当に良かったわ、とアレクシア様が言ったタイミングで後ろに控えていたカリア様がお茶を新しい物に替えてくれた。


「カリアも今の話は誰にも内緒よ」


「もちろんですわ、でもアルフォンス様とレーツェル様がお幸せになられて本当に私は嬉しいですわ。10年間見守ってきた身といたしましては」


 そうなのだ、カリア様にも王宮にきた時からお世話になってきた。頭の上がらない一人である。


「これからもご指導よろしくお願いいたします」


 とお二人に深々と頭を下げた。


「そういえば、あなたに渡したい物がもう一つあるのよ」

 ある意味こっちの方が重要なのよねーと明るくいつものアレクシア様に戻ってカリア様に指示を出している。


「今度のデビュタントの時の夜会のドレスはアルフォンスが準備しているんでしょう?」

 もうできたの?と聞いてきた。いきなりの方向転換な話に?となりながら


「いえ、まだだと思います。もうすぐ出来るとは聞きましたが」


 まあその時のドレスは仕方ないから譲るけど、となんだか目がキラっと光ったような気が……。


 カリア様が他の女官と一緒に箱を持って入ってきた時点で、あ、これは逃げられないと悟った私は正しかったと思う。


 


 この後、アルフォンスが戻ってくるまで大人しくお母様の言うことを聞いていたレーツェルであった……。

 

 

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