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となりのクロキさん  作者: 綺羅星
春を忘れない
9/12

春を忘れない 5

 篠山邸の門の前にタクシーが待っていた。


 白夜は素直へ目でうながす。


 素直は「よろしくお願いします」と声をかけ、後部座席に乗りこんだ。


 白夜は薄暗くなってきたあたりを確認してからドアを閉めた。


「杉尾さん、この子を送ってから俺の家に回ってください。少し遠回りになりますがよろしくお願いいたします」


 白髪の柔和な顔つきの運転手が帽子をかぶりながら答える。


「承知いたしました」


「杉尾さんは俺が一番信頼している運転手だ」


「杉尾さん。よろしくお願いします」


 素直は運転席へ呼びかけた。


 杉尾は帽子を軽くとって微笑む。


「こちらこそ」


「ここからおまえの家に帰り着くまで四十分くらいかかる。それまでゆっくり寝ているといい」


 素直は窓に映る白夜を見ながら言った。


「今日はありがとう」


「ん?」


「おじさんにお母さんのこと言われたとき、守ってくれてありがとう」


「ああ」


 白夜はため息をついた。


「あれは失敗だ。駆け引きとしては0点だよ。あんなに感情的になるつもりはなかった」


「でも、うれしかった」


 白夜は不機嫌そうに頬杖をつく。


「きちんと寝とけよ。明日が勝負なんだからな」


 素直はうつむいた。


「家に帰ってもお母さんはいないんだよね?」


 白夜はそれには答えず口をつぐむ


「帰り道に何か寄って買っていくか? コンビニの弁当とか」


「いい。あまりお腹すいてないし、食べられるかどうかわからないから」


「……そうか」


 素直は身を乗り出した。


「ねえ、あなたの持っている遺書がやっぱり本物なの?」


「ん?」


「今日おじさんが見せてくれた遺書とあなたが持っている遺書、どっちが本物?」


「さあな」


「そこははっきり言ってくれないんだ。昨日は本物の遺書だって言ったのに」


 素直はさみしそうに言う。


「……真実は一つってわけじゃないんだよ」


「わけが分かんない」


 白夜が小さく舌打ちをする。


「おまえがいくら考えても無駄だ。早く寝ろ」


「おばあちゃんが……」


「まだ話す気か」


「なんで私、おばあちゃんが見えるんだろう」


「……」


「あなたにもおばあちゃんが見えてるの?」


「……ああ」


 素直は小さくうなずく。


「あなたはおばあちゃんと話せるの?」


「ああ」


「なんでおばあちゃんは私と話してくれないんだろう……」


「何も言わないことに意味があることもあるんだよ」


 白夜は静かに言った


「意味がわかんない」


「分からなくていい。とにかく寝ろ」


「ねえ、あなたは……」


「いいかげんにしろ」


「あなたは何者?」


「それには答えない」


 素直は意地悪く笑った。


「じゃあね。好きなテレビ番組は?」


「テレビは見ない」


「好きな本」


「ゴールディング、蠅の王」


「何それ。知らない」


「知らなくていい。おまえはミヒャエル・エンデでも読んどけ」


「じゃあ、好きな歌手は?」


「黒夢」


「くろ……ゆめ?」


「白黒の黒にドリームの夢」


「好きな映画」


「……これで何が分かるんだよ。ホーム・アローン」


「え? マジで? 意外」


「うるさいな。スナック菓子食べながら見るのに一番便利なんだよ」


「じゃあ……、あなたは何者?」


 素直は白夜の顔をのぞきこむように見た。


 白夜が噴きだす。


「そんなのに引っかかると思ったか! バーカ。素直って名前のくせに生意気なんだよ」


「私をバカにするのはいいけど、私の名前をバカにしないで。亡くなったお父さんとお母さんがつけてくれた名前なんだから」


 素直声を小さくしながらうつむく。


「……すまん」


 タクシー信号で停まる。


「ねえ、最後晶さんが言っていたこと本当だと思う?」


「何のことだ?」


「遺産は愛情だって」


「そういう面もあるかもしれない。俺はそれだけが真理だとも思えないが」


「もし、晶さんが言っていたことが本当だとしたら、もし遺産が愛情だとしたら、私はあの人たちに遺産を渡したくない」


 白夜はっとして素直を見る。


「だって……、だってあの人たち、誰もおばあちゃんのこと考えてなかったじゃない」


 白夜がフッと笑う。


「笑わないでよ。私は本気で……」


「悪かった。そういうつもりで笑ったんじゃないんだ」


「私、どうすればいい? どうすれば遺産を……」


 素直が身を乗り出す。


「愛情なんてもんは待っていて降ってくるもんじゃないんだよ。愛情はたぐり寄せるもんなんだ」


「たぐり寄せる?」


「今日は俺の作戦ミスだった。小細工なんかさせるべきじゃなかったんだよ」


「どうせ……、私は頭が悪いから」


「そうじゃない。ほめてるんだ」


 素直は首をかしげる。


「明日はもう小細工はなしだ。ばあさんのためにやりたいと思うことをやれ」


「……それで、いいの?」


「ああ、汚い手はぜんぶ俺が引き受ける。素直は好きなようにふるまってくれればいい」


 素直は大きくうなずいた。


「信じてるから」


「ああ」


 タクシーは明かりのすっかり消えた一軒家にたどり着く。


「おやすみなさい」


 白夜は手をあげた。


「お嬢様、おやすみなさいませ」


 素直は目を丸くした。


「……杉尾さん、おやすみなさい」


 タクシーがだんだんと遠ざかっていく


 素直はタクシーへお辞儀をして家の中に入っていく。


 二階の窓に電気が灯った。


「松尾さん、少し戻ってもらえますか?」


「承知しました」


「そこの木陰へ」


「はい」


「煙草をすってもいいですか?」


 運転手は小さくうなずいた。すっ、と銀色の灰皿が出てくる。


 一本、二本、灰皿へマイルドセブンの吸い殻が積み重なっていく。


 二時間後、二階の電気が消えた。


「杉尾さん、お待たせしました。出してください」


「承知しました」


 運転手はバックミラーで後ろを見ながら微笑んだ。


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