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となりのクロキさん  作者: 綺羅星
春を忘れない
6/12

春を忘れない 2

 応接間の扉が開いた。


 篠山邸に集まった人びとはおのおの丸いテーブルを囲んでいる。


 高価なワイン、優雅なオードブル、焼きたてのパン。


「お祝いの席みたい」


 素直がささやいた。


「連中にとっては祝いみたいなものかもな。人が一人死んだからこうなってるっていうのに」


 どこからともなく二人に向かって拍手が起こる。


「歓迎してくれてるの?」


「油断するな。ここに集まってるのは何かしらの下心を持っているやつらばかりなんだから」


 素直はしぶしぶうなずいた。


 人と人の間を縫うようにくぐり抜けていく。


 そのさなか、パチンという鈍い音がした。その小さな物体は白夜の黒のスーツに当って落ちた。


 素直は白夜の腕にしがみつく。


「今、あなたに何かが……」


 そう言いかけたとき、素直の顔面に何かが飛んできた。


 白夜はそれを片手でつかむ。


 ゆっくりとこぶしを開いた。


「豆だな。これは」


 チッ、という舌打ちが聞こえた。


「さすが名門と名高き篠山家。素晴らしい歓迎ですね」


 白夜は周囲に微笑みかける。


「ですが、僕たちは鳩ではないし、バカでもないので」


 部屋中をぐるりと見わたし、白夜は宣誓するように高らかに言った。


「そのつもりでご覚悟のほどよろしくお願いします!」


「根性すわってるじゃないか色男。誰だか知らないがただで帰れると思うなよ」


 痩せ型のあごの尖った若い男が白夜に迫ってきた。


 男は白夜をにらみつける。白夜はそれに微笑みで返した。


「ええ、篠山美玲氏の遺産をいただいて帰るつもりです」


 男は頬をひくひくさせる。


「言ってくれるじゃんか」


「あなたは私をご存じないみたいですが、私はあなたをよく存じ上げていますよ。美玲氏の四男、栄輔(えいすけ)さんのご子息であられる篠山健吾(けんご)さん」


 篠山健吾はたじろいだ。


「婚約者の伊織(いおり)さんはお元気ですか?」


「な、なんだよ。いきなり。それになんであんた、伊織のことを……」


「あなたと伊織さんはもうすぐ結婚を控えておられる。ですが、あと百万円ほど資金が足らないようですね」


「なぜ、それを……」


 白夜はもう一度笑いかけた。


「持って帰ることができるといいですね。遺産」


「チッ」


 健吾は床を蹴り飛ばした。


「お兄さん、こっちにいらっしゃいよ」


 すらっとしたスタイルの女性がワイングラスを振った。


相原智恵美(あいはらちえみ)さんですか。若き世界的デザイナーの」


「あら、私のことも知ってるの?」


「ええ、先日パリコレにも出品されていましたね」


「そうなの! よく知ってるわね。あのときは各国から絶賛されて……」


 言葉尻にかぶせるように白夜は言った。


「あなたほど有名になると、名声も悪名もついて回るようですね。盗作疑惑で二件ほど係争中のようですが」


 智恵美は唇を噛んだ。


 白夜、ワイングラスをかかげるように智恵美に向かい右手をあげる。


「お母様の美智代(みちよ)さんにもよろしく」


 智恵美の頬が紅潮していく。


「やめとけ。やめとけ」


 赤ら顔の小太りの男が焼酎を片手にのけぞりながら言った。


「この兄ちゃん、けんか強えぞ。おまえらみたいなひよっこじゃ絶対勝てねえ」


「篠山孝義(たかよし)さんですね」


 ふらりと片手を挙げながら、小太りの男が言う。


「おう、俺のことも知ってんのかい」


「どうぞ、これをお納めください」


 白夜は「最高級チーズさきいか」とパッケージに書かれているつまみを差し出す。


「へっ、へへへ。兄ちゃん、俺の好物までご存じかい。でも、こんなんじゃ俺は買収されねえよ。遺産が手に入りゃあ、こんなもんいくらだって……」


 孝義は白夜へつまみをつきかえそうとした。


「よく見てください」


パッケージには老舗チーズ店と限定コラボ、と書かれていた。


「地域限定品でお取り寄せもできないものです。ぜひ、あなたに」


「そつがねえ兄ちゃんだな。ありがとよ。いただいとくぜ」


孝義は手を挙げて、つまみを受け取った。


「だが、それと遺産の話は別だ。おぼえておけよ」


「存じております。これはほんのあいさつ代わりで」


「……ほう」


 孝義はまんざらでもない様子だ。


「ちっ、どいつもこいつも……」


 篠山昭夫は舌打ちをした。


 じっと見つめる白夜と素直にはっとなりながら、せきばらいする。


「さあ、君たちの席はこっちだ」


 三人は部屋の奥へ、奥へと進んでいく。


 他の物より粗末でくすんだ丸テーブルに案内された。離れ小島のようにぽつんと周囲の輪から外れている。。


「どうぞ、ごゆっくり」


 素直はおずおずと座ろうとする。


「待て!」


白夜が叫んだ。椅子の上から何かを拾いあげる。


「昭夫さん」


「ん?」


 白夜の手から画鋲がこぼれ落ちた。


「こういうものはふつう靴の中にでも入れておくものですよ」


 素直は青ざめた。


「せいぜい楽しんでくれ。話し合いは二時からだ」


 白夜は素直にペットボトルを渡した。


「これを飲んでおけ。出されたものにはけっして手をつけるな」


 素直は息をのんだ。


「毒が入ってるってこと……? まさか、そんな」


「そんな度胸のある連中なら、こんな回りくどいことはしないさ。威圧したり、画鋲を置いたり、チンピラにもなりきれない人間がやることだよ」


 白夜は全員に聞こえるように大声で言った。


 素直は小声で非難する。


「やめてよ。そんなこと言わないで! みんなにらんでるから」


「口に出そうが出すまいが同じことだ。向こうだってこっちだってきちんと態度に出した方がせいせいするさ。みんな遺産をめぐるライバル同士なんだからな」


 応接間の全員が互いに視線を交わす。


「ライバル? そんな殺伐としたもんじゃないさ。遺言書はほら、私の手元にあるんだから。泣いてもわめいても結果は変わらん」


 昭夫は胸元から白い封筒をちらりと見せる。


「それが本物ならね」


「君は偽物を持ってきているのかな」


 二人ともにやりと笑った。


 素直はささやくように白夜へきく。


「あなたが持っているのは本物なんだよね」


「あなたには教えません」


 素直は白夜をにらんだ。


「なんでよ」


「正直者はばかを見る。素直な素直さんと共倒れになるつもりはありません」


 素直は唇をとがらせる。


「周りの目が痛いな。もう少し端に行こうぜ」


「誰のせいだと思ってるのよ」


 二人は窓際に歩いていった。


 ちょうど桃色の冬薔薇が一輪、二輪咲いているのが見える。


「あの薔薇でも眺めてようぜ。人間なんか見てるよりずっといい」


「……まあね」


 吹きつける風にかたかたと窓枠が鳴る。


「二人ぼっちになっちゃった」


 素直は苦笑した。


 白夜はぷいと向こうを見る。


「もう一人いますよ。仲間はずれが」


 さわやかに微笑む男が声をかけてきた。


 いくつくらいの人だろう。素直は思った。ものすごく若いようにみえるけど。おばあちゃんとは私とはどういう関係?


 そんな疑問が頭に渦巻いているさなか、声をかけられた。


「久しぶりだね。素直ちゃん」


 素直はあせりながら、晶を指さす。


「あー、いとこの……」


「年上の人に指をさすな」


 白夜は素直の手を押さえた。


「それにあの人はいとこじゃない」


 男はゆっくりうなずいた。


「篠山美玲の最後の息子、篠山晶さんですね」


「怖いな。あなたは何でも知ってるんですか?」

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