そのヒロイン、魔王ですよ?~魔王さま、婚約破棄事件~
「オリオール・ベスタ!! 貴様との婚約を破棄する!! そして新たにマオ・エクリプスとの婚約を発表する!!」
とある国のとある学院の卒業パーティーにて、王太子の声が響き渡る。
その瞬間、会場中の人々は時が止まったかのようにざわつきを収め、動きが止まった。
人々は唐突な王太子のその宣言に頭が理解するのを拒否するかのようにその言葉が脳内を何度も駆け巡り、意味を理解できずにいた。
オリオール・ベスタは公爵令嬢であり、マオ・エクリプスは男爵令嬢である。
それなのに、王太子はこのようなめでたい場でいきなり公爵令嬢と婚約破棄をして、男爵令嬢と婚約するとみんなの前で宣言してしまった。
公爵令嬢は幼いころから王太子と婚約をしており、王妃教育も順調で、既に国政の一部にもかかわっている。
そんな重要人物である公爵令嬢との婚約を何の根回しもなくいきなり婚約破棄を王太子は宣言した。
この場にいる、王太子などの一部の者以外は思った。
なんていう事をしてくれたのだろうと。
先ほどの宣言、理解なんてしたくないが、徐々に王太子が何を言ったのかを理解してしまった。
体が勝手に反応して、震え、汗が噴き出す。
何故、なぜそんな。
どうして。
どうして、マオ・エクリプスとの婚約を勝手に宣言してしまったのか。
「クックックック。ハッハッハッハ。ハァーーーーハッハッハ!!」
王太子の側から高笑いが聞こえてくる。
卒業パーティーの最中、まるで玉座のような豪華な椅子に座った少女は、声だけは可愛らしく高笑いしていた。
「我と婚約を結ぶだと? よくもまあそのようなたわけたことを抜かすものぞ。クックック。面白い。この魔王を手に入れたければ我に打ち勝ってみよ!!」
見た目はまるで聖女のように清らかで、可愛らしく天真爛漫そうなヒロインであるマオは邪悪な笑みを浮かべ、魔王を名乗った。
ー▽ー
マオ・エクリプスはヒロインである。
本来は、15歳になり、貴族の学院に入り、そこでなんやかんやあって、最終的に王太子などの意中の相手と結ばれ、幸せに結婚することになる。
あるいは、世界からの魂が宿り、暴走したあげく、先ほどの断罪劇で逆に断罪されるか。
もし、運命というものがあればそうなっていただろう。
しかし、何を間違ったのか、マオ・エクリプスは天真爛漫なヒロインになるでもなく、逆ハーを目指すヒロインになるでもなく、ガチの古の魔王の生まれ変わりとなってしまった。
大昔に滅んだ、古の魔王は何故か、マオ・エクリプスという娘に生まれ変わった。
エクリプス家は男爵であり、裕福というほどでもないが、貧しいというほどでもなく、平凡な家庭である。
強いて言うなら、母親が異様に肝が据わっており、魔王の生まれ変わりに対しても愛情を注いでいたくらいの平凡な家庭である。
魔王の生まれ変わりであるマオはすくすくと育ち、やがて学院に入学する歳になった。
本来ならば、乙女ゲームの始まりである。
しかし、中身は古の魔王。
しかも、その力も完璧に受け継いでいる。
そんな魔王がヒロインになったところで、乙女ゲームのような甘々な展開が起こるはずがなく、むしろ様々な事件を起こし、学院屈指の問題児となった。
魔王さま伝説の始まりである。
もう、お分かりだろう。
マオ・エクリプスという存在が強烈すぎて、オリオール・ベスタ公爵令嬢との婚約破棄など本人を含めてどうでも良いのだ。
会場にいるほとんどの者たちに共通している想いはどうか巻き込まれずに平穏に収まってくれである。
もっとも、過去にこの学院でマオが起こした事件を考えればそれはクモの糸のようなか細い希望にすぎないのだが。
ー▽ー
マオ・エクリプスは魔王である。
正確には、古の魔王の生まれ変わりであり、さらにはなんの証拠もない自称ではあるのだが、その力は本物である。
幼いころから世界征服を掲げており、数年後に生まれた弟には魔王の右腕を、妹には魔王の左腕の座を約束している。
そんな魔王さまが学院に入ったならばまずやることは決まっている。
入学式で全校生徒の前で挨拶をしている生徒会長を殴り倒し、生徒会長の座を奪ったのである。
入学前に魔王さまの頭の中では生徒会長=学院のトップという方程式が出来上がっており、世界征服の第一歩として、生徒会長となり、この学園を支配することにしていたのだ。
魔王さまは脳筋なので力が強い者がトップに君臨するのが当たり前だと思っている。
もちろん異論は認めていない。
これが、この学院での魔王さま伝説の始まりであり、後に「生徒会長就任事件」と呼ばれることになる事件である。
当然、大問題になるが、詰め寄った先生を張り倒し、衛兵を張り倒し、最終的に騎士団が派遣される寸でまで行ったが、少し増援が途絶えた間に魔王さまは満足して帰っていった。
その後、魔王さまは一週間の停学をくらうが、なぜかちゃんとおとなしくしていたそうである。
ちなみに、この事件により、当時の生徒会長は自動的に副会長に降格しているが、魔王さまは生徒会の仕事などしないので、運営などは変わらなかった。
その後、魔王さまは学院に戻り、生徒会長の権力を使い、子分を増やしていった。
魔王さまは魔王に相応しい力があり、さらには寛大であるため、意外にも多くの生徒に慕われるようになったのだ。
何を間違ったのか、魔王さまの子分間で情報を交換する、魔王軍という洒落にならない名前の組織が立ち上がった。
「魔王軍、発足事件」である。
また、この事件の前事件として、古龍が学園に襲来して多数の被害を出すという本来の運命があるが、魔王さまがよしよししてペットにするという「古龍ペット化事件」に代わっていたりする。
この時に命を救われた者がとても多かった。
こうなっては、魔王さまの古の魔王の生まれ変わりというのも眉唾物ではなくなり、王城でも魔王さま対策が行われることになった。
魔王さまは本当に古の魔王の生まれ変わりなのか。
魔王さまは敵ではないのか。
何とか利用できないのか。
そんな話が日々繰り返されている時に事件が起こった。
「国王陛下、子分化事件」である。
魔王さまはとりあえず王城に呼び出されて、とりあえず国王陛下を殴り倒し子分にしてしまったのである。
もちろん、周りの近衛兵もろとも。
この国のトップに男爵令嬢が就任するという前代未聞の大事件である。
これによって、魔王さまは超危険人物に認定され、すぐにでも死刑にするべきであるとなったが、近衛兵もろとも国王陛下を殴り倒した魔王さまをどうやって死刑にするんだという問題になり、結局魔王さまはアンタッチャブルという事になった。
ちなみに、国王陛下は国王のままである。
魔王は魔王であって国王になりたいわけではないのだ。
ただ、国王を子分にしたかっただけである。
しかし、異常な力を持った魔王さまはやはり恐怖の対象。
何とかして、魔王さまには死んでほしいと思う貴族はそれなりにいた。
そこで、その貴族たちは、最強と言われる冒険者や武術家、騎士を集め、これを勇者パーティとして魔王さまの元に送り込んだ。
結果はもちろん、魔王さまの圧勝である。
どんな攻撃をしても、魔王さまには傷一つ付かず、存分に様子を見てから、「こちらも抜かねば不作法というもの」と言って、どこからともなく強大な力を感じる禍々しい大剣を取り出し、一薙ぎで全滅させた。
ついでに王城も半壊した。
「魔王さま、魔剣グラム事件」である。
ちなみに、魔王さまに挑んだ勇者たちは、魔王さまの子分となった。
魔王軍の下働きからである。
ー▽ー
魔王さまは他にも様々な事件を起こしているが、魔王軍も大きな事件を起こしている。
魔王さまは寛大な方であり、子分の悩みなどは親身になって聴いてくれる。
魔王さまはある女子生徒から相談を受けた。
2人の男子生徒が、どちらが私に相応しいかと言って取り合っている、どちらもそんなに好きではないから困っている。
モテ自慢かと言いたくなるが、女子生徒は本当に困っていたのだ。
だから魔王さまは言ってあげた。
「そんな軟弱な奴ら張り倒せ」と。
女子生徒は言った。
「2人とも騎士科であり、魔王さまみたいな力が無い私には無理」と。
軟弱なセリフではあったが、魔王さまから見ればこの女子生徒はまだまだ子供。
自分が導いてあげなければと思った。
だから、寛大な魔王さまは言ったのだ。
「我が自ら鍛えてやろう」
その日から女子生徒の特訓が始まった。
何度も死にそうな目にあいながらも、魔王さまに相談した自分がばかだったと過去の自分を呪いながら頑張った。
もちろん、魔王さまを呪うだなんて恐ろしい事はしなかった。
結果、女子生徒の婚約者としてふさわしいのはどちらかという決闘を勝手に行っていた男子生徒の決闘の場に乱入し、2人とも張り倒した。
女子生徒は騎士科どころか、この国でも並ぶものがほとんどいない実力者にいつの間にかなっていた。
これを受け、女子生徒は魔王軍に勧誘され、四天王の一人となった。
「女子生徒、四天王就任事件」である。
なお、魔王さまはあんまりこの時のことを覚えていない。
まだまだ、事件は存在する。
魔王さまが2年の時、魔王が復活したとの神託が教会に下ったのだ。
全員が魔王さまの事かと思ったが、どうやら違うようだ。
魔界にて別の魔王が復活したようだ。
ちなみに、魔王さまはその別の魔王の事は聞いたこともないらしい。
魔王さまとは別の魔王が復活し、さらには、魔界とこの国の土地が繋がったことが判明した。
これには国どころか世界の危機と世界中で大慌て。
様々な対策が考えられる中で、魔王軍が動き出したのだ。
魔王さまこと、マオ・エクリプスの方の魔王軍が。
魔王軍は勝手に魔界へと侵略し、向こうの魔王軍を蹴散らして行った。
構成メンバーは主に、魔王さまと同学年で構成されているにもかかわらず、いつの間にか意味不明な戦闘力を手に入れて、破竹の勢いで魔界を侵略していった。
魔王軍四天王vs魔王軍四天王はかなりの見ものであった。
最終的に誰一人かけることなく、最後には魔王さまが魔界の魔王を消滅させ、魔王さまは正式に魔王となった。
「魔王さま、魔王就任事件」及び「魔王軍、正規魔王軍になる事件」である。
ー▽ー
さて、こんな破天荒な魔王さまに、王太子はなにを思ったのか勝手に婚約を宣言したのだ。
しかし、魔王さまは寛大であり、今日は機嫌がよかった。
普通なら怒って学園を崩壊するほどに吹き飛ばすところであるが、今日は自分に勝ったならばモノになってやると言ったのだ。
魔剣グラムを右手に装備し、左手には、禍々しい魔力の塊がなんか雷みたいみたいなのを発しながら宙に浮いている。さらには、全身が黒いオーラで包まれている。
何それ見たことない。
「違うんだマオ、私の言葉を聞いてくれ!」
「問答無用ーー」
この日の魔王さまは上機嫌だった。
というよりも酔っていた。
普段なら、向かって来る相手には全力を出させ、そのうえで完膚なきまでに叩き潰す。
逆に、自分が挑戦者ならば、最初に一発殴りに行ったりするが。
それはそれとして、最近にしては珍しく魔王さまが先手を取った。
魔力の塊を上に放り投げ、魔剣グラムをバットのようにして打った。
魔力の塊はものすごい勢いで王太子に直撃し、ふきとび、会場を突き抜けて、空のかなたまで飛んで行った。
「ハッハッハ、よく飛んだな!」
良い飛距離が出て魔王さまはご機嫌である。
それを見た、魔王軍の面々もご機嫌であり、それ以外は、恐怖でヤバい事になっている。
「よし、次はーー」
巻き込まれて次の犠牲者が選ばれようとしていたその瞬間、会場のドアが勢い良く開かれた。
「マオちゃん!!」
「......ママ」
そこに現れたのは魔王さまの母親である。
そしてまさかの魔王さま、ママ呼び。
「マオちゃん、学院で暴れないってママと約束したよね?」
「し、しかしあやつが」
「言い訳しない。ちょっとこっち来なさい」
魔王さまは母親に手首を掴まれ、強引にどこかへと連れ去られた。
数分後、魔王さまは泣きながら戻って来て。
「ごめんなさい」
と一言言って帰っていった。
こうして後に、「魔王さま、婚約破棄事件」は犠牲者1名という、比較的平穏に終わり、新たな日常が始まっていった。
魔王さまの世界征服までまだ遠い。
魔王さまの活躍は終わらない。
キャラクター紹介
マオ・エクリプス:みんなからは魔王さまと呼ばれている。世界征服を目標に掲げているが、別に恐怖支配とかするつもりはない。ガチの魔王の生まれ変わりであり、作中最強の実力を持つ。そんな力をそのままに乙女ゲームのヒロインとして生まれ変わった存在。当然恋愛なんて甘々な事はしない。前世の死因が不明。寛大な正確であり、子分は大切にし守っており、それが王としての務めだと思っている。基本的に脳筋であり、力ですべてを解決する。そのためいろんな人々を物理的に巻き込んだりしているが、魔王さまの配慮で奇跡的に死人は出ていない。物的被害はすさまじいが。そんな最強な魔王さまであるが、唯一、母親には勝てず、何かやらかしてはお仕置きされて泣いている。反省はしていない。
オリオール・ベスタ:悪役令嬢。転生者だったりするが、魔王さまは強烈すぎていろいろと霞んでしまっている可哀そうな人。当然この人も、自分との婚約破棄とかどうでもいいから巻き込まないでくれと願っている人。このあと、ちゃんと婚約破棄した。
王太子:何を間違ったか魔王さまに惚れてしまった人。本当に何をどうしたら魔王さまに惚れてしまったのだろうか。尊敬や崇拝をしている人は多いが、惚れてた人は珍しい。魔王さまの事件は知っているはずなのに。なお、魔王さまに空のかなたまで吹き飛ばされたが、後日、無事に発見。どういう原理か、王太子は死んではいないが、服は耐え切れなかったのか、ほぼ裸でボロボロの見るに堪えない姿になっていた。魔王さまの不思議パワー。この後、魔王軍幹部である姉に強制的に魔王軍に入隊させられ、雑用係となっている。それでいいのか王太子。
国王陛下:魔王さまに強制的に子分にさせられた人。魔王さまマジ怖い。関わりたくない。しかし、娘が魔王軍幹部になったり、息子が魔王さまに惚れたり、魔王軍の下っ端になったり。どうすればいいんだ。
魔界の別の魔王:魔王さまの死後に生まれた魔王が滅んでからまた復活した魔王。魔王だという事で久しぶりに張り切った魔王さまに瞬殺されて消滅。可哀そう。
女子生徒:ゲームならモブなのだが、魔王軍に所属する友人から魔王さまマジで頼りになると言われ、相談しに行ったのが運の尽き。地獄の訓練から生還し、無事に魔王軍四天王の座に君臨してしまった。魔王さまからはあんまり覚えられていない。不憫な子。魔界での魔王軍四天王戦では、相手側の四天王を2人同時に相手し勝利を収めている。四天王最強との声も多い。
魔王さまの弟と妹:魔王軍の幹部。学院での魔王軍発足の際には、わざわざ学外から来て立ち上げメンバーとして重要な責務を負っている。魔王さまの3つ年下。
魔王さまの母親:ママ。魔王さまが唯一逆らえない人。この人がいるから世界は今だ滅んでいないのかもしれない。
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