【cut-005】乾杯しました
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「ちぃっ……逃したか」
コック姿の男が、ゼエゼエと息を絶やして、私たちのもとに近づいてきました。
「すまねえっす」
「いや、君たちのせいではないんだから」
コック姿の男は、ガックリと肩を落として言いました。
「最近多いんだ。ああいう子供の食い逃げってのが」
「なんでだニャ?」
「そりゃ、あれのせいだろ」
そう言って、コック姿の男は、私たちの姿をじっくりと見ました。
「……君たち、この国の人じゃないんだね」
「は、はい」私は、ビクッとして答えました。「はじめて来たもので」
コック姿の男は、フッと笑って、
「とりあえず、店に来るか? 名物料理、食わしてやるよ」
その言葉に、私のお腹が、グゥと鳴りました。そういえば、転移してくる前にハンバーガーをお断りして、すっかり腹ぺこなのでした。
「あの……いまって、何時でしょうか?」
男は、怪訝そうに首を傾げると、
「昼の……2時くらいか?」と答えました。
「食べます」
☆
お店の中は、お昼時を過ぎたせいか、お客さんはチラホラとしかいませんでした。
私たちは、木製の長テーブルを囲んで座りながら、店内の様子を興味深げにじろじろと眺めました。
「まんまですね」
酒場とも食堂ともつかない、木と石で造られた内装は、これもまた私たちのアニメでよく見るお店そのものでした。店内のお客さんたちも、明らかにモブと分かるような、なんとも無個性な出で立ちをしていました。
「ということはですよ!」
木田さんが、目を輝かせて言いました。
「ほい、お待ち」
男が、木製のジョッキに並々と注がれたビールを運んできました。
「キタ〜!」
木田さんは、ウキウキの表情で、ジョッキを受け取りました。
「これですよこれ! 私、いつか飲んでみたいと思ってたんです!」
「確かに、こういうお店の飲み物っていったら、木製のジョッキに注がれたビールですよね」
「このジョッキは、国内動画ですね。細かいパーツがちゃんと描き込まれています」
「取っ手のクミが合わないから、けっこうリテイクになるんですよね」馬場さんが、メガネをクイと上げて、ジョッキをまじまじと見つめました。
男は、そんな私たちの様子を不審そうに見ながら、厨房に戻っていきました。
「とりあえず、飲みましょーぜ!」
早川くんが、ジョッキを突き出して言いました。
「異世界に、乾杯!」
☆
いつしか私たちの目の前には、豪華絢爛、謎の料理が大量に並べられました。
「なんすかね、これ」
早川くんが、まっ茶色のソースがかかった、ぐずぐずの煮物を、フォークでツンツンと突きました。
「適当に描いてたツケが回ってきたニャ……」
「いえ……適当に塗ってた私が悪いのです」
黒木さんと馬場さんは、しょんぼりしてしまいました。
「た、食べてみたら美味しいかもですよ!」
私は、謎煮物を切り分けて、一切れ、口に運びました。
「どうですか?」木田さんが尋ねました。
私は無言で、首を振りました。
「ところで、こんなに料理出てきたけど、この世界のお金持ってないニャ」
「あっ、確かに」私は異世界ビールをグッと飲みました。「これでは、私たちも食い逃げです」
「あるっすよ?」
そう言って、早川くんはポケットから銀貨を3枚取り出しました。
「えっ!? どうしたんですか、これ」
「黒木さんが倒したゴブリンのそばに落ちてたっす」
「そういうことは、早く言ってください」
どうやら、ゴブリンのようなモンスターを倒すと、お金をドロップするシステムのようです。
「じゃあ、もっと落ちてたんじゃないですか? 馬場さんがいっぱい倒した時。なんでしたっけ、カラーディサピアー?」
「言わないでください」馬場さんは、顔を伏せてしまいました。「黒歴史です」
「なかったっすね。厳密には倒してないってことっすかね」
確かに、馬場さんのカラーディサピアーは、ゴブリンの色を消しただけで、存在を倒したわけではありませんでした。なるほど。
と、その時でした。
店の扉が勢いよく開きました。
「逮捕する!」
憲兵のような格好の男たちが、勢いよく店内に乗り込んできました。
突然の出来事に驚いていると、憲兵たちは私たちのもとにズカズカと近づいてきました。
「えっ?」
そして憲兵は、立ち止まって、乱暴な口調で言いました。
「お前たちを逮捕する」