【cut-002】襲われました
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「どういうことなんでしょう……」
周囲に広がる、鬱蒼と茂った木々は、確かに私たちがどの異世界アニメでも使用している美術設定「いつもの森」そのものでした。
「つまり……」原画マンの黒木さんが、唇を震わせながら言いました。
「つまり?」
「つまりここは……異世界ってことだニャーっ!!」
黒木さんが、突然目をキラキラ輝かせて叫びました。
「えっ」私は、黒木さんの言葉よりも、突然のニャンコ化に驚いてしまい、一瞬思考が停止してしまいました。
「僕たち、異世界に転移しちゃったの?」
柊監督が、不安そうな表情で尋ねました。
「間違いないニャ! ここは紛れもなく異世界! 監督が一番よくわかるニャろ?」
黒木さんは、興奮した様子でフシューと息を吐きました。
「た、確かに……。この無難な色彩、わざとらしいフレア、どれをとっても……僕たちがいつも作っている異世界と瓜二つです」
柊監督の頼りなさげな表情は、監督をいっそう少年のように見せます。
「でも、異世界なんて、私たちが作っているフィクションじゃないですか。現実にそんなことが起きるのでしょうか?」私は尋ねました。
「わからない……わからないが……」
澤田さんは、震える手でポケットからスキットルを取り出し、グッと中身のお酒を飲みました。フゥ、と一息つくと、いつの間にか澤田さんの手の震えは収まっています。
「これが現実だ」澤田さんは、キメ顔で言いました。
すると、木田さんがハッと何かに気がついたようです。
「どうしました?」
「ってことは、ここがいつもの森だとすると……」
ガサ、と草を分ける音が、木々の奥から聞こえました。
私たちは、恐る恐る、音のしたほうに目を向けると、一斉に叫びました。
「ゴブリンだ!!!」
☆
(ゴブリンって、どうして棍棒を持っているのでしょうか?)
(昔から、そう決まっているんだよね……)
(ゴブリンって、どうして緑色なのでしょうか?)
(昔から、そう決まっているんだよね……)
(ゴブリンって、どうして微妙に前屈みなのでしょうか?)
(昔から、そう決まっているんだよね……)
キャラクター打ち合わせでの毎度の会話が思い出される、まさにそのゴブリンが、私たちの目の前に現れたのでした。
私たちは、ジリジリと近づいてくるゴブリンと目を合わせたまま、徐々に後ずさりをします。本当は、踵を返して、いますぐ逃げ去りたいとは思いながらも、実体となって現れたゴブリンを前にすると、その勇気を出すことができませんでした。
「ど、どうしましょう」
「いっせーの、で逃げましょう」香月さんが提案します。
「の、で逃げるんですか? せ、で逃げるんですか?」
木田さんが、涙目になりながら、律儀な問いかけをします。
「そりゃやっぱ、の、っすよね」
「せ……ですかね」ヒグマの高崎さんが、なぜか反論しました。
そんな不毛なやり取りのうちに、ゴブリンと私たちの距離はジワジワと近づいてきます。
「せ、でいいです! せ、で逃げましょう!」私は言いました。
「わかりました! それではみなさん、いきますよ! いっ……」
と言いかけた途端、香月さんは足元の小石に躓き、派手に転びました。「ぐはっ」
すると、それを見たゴブリンが「キシャー」と叫びながら、棍棒を振り上げ香月さんに飛びかかりました。
「香月さん!」
瞬間ーー
「タップスラッシュ!!」
一閃、ゴブリンの体を真っ二つに切り裂く人影。まるで、スローモーションの演出のように見えました。
ドサドサッと、分断されたゴブリンの体が地面に落ちました。
「やっぱり、出来るもんだニャ〜」
黒木さんが、手に持った銀色のタップをキラリと光らせて、得意げに言いました。
☆
ゴブリンの体からは、茶色い、なんだか汚いな、といつも思っている色の血が流れ出ていました。
「く、黒木さん!? いまのは……」
黒木さんは、フフーンとした表情で、
「異世界ってことは、きっと何かしら技が使えるに違いないニャ〜。アタシはこのタップを持ってたから、これが使えるはずだと思ったのニャ」
と言いました。
「なるほど……」たしかに、私たちが知っている主人公たちも、何かしら魔法が使えたり、チートのような道具を持っていました。
「こんな雑魚敵、アタシにお任せだニャ!」
黒木さんは、異世界に転移してからすっかり興奮が治らない様子で、ずっとニャンコ化してしまいましたが、それでもとても心強く感じられました。
その時、あたり一帯から、ガサガサガサと音が聞こえました。
「ニャ〜?」
「まさか……」
茂みの奥から、無数の影が私たちに近づいてきます。
「ゴブリンの……」
途端、私たちを取り囲む大量のゴブリンが、一斉に飛びかかってきました。
「群れだ!!」
「ニャー!!」