31、企み
「私、会長のそういうとこ好きですよ。」
アンリが笑顔で僕に言う。僕の後ろの太陽が眩しいのか少し目を閉じながらはにかむように朗らかに。
「そういうとことは?」
サロンのテラス席でお茶をしているだけなのに。
「今は夏やもん会長、背中暑いでしょう。私をこちらに座らせてくれたのは太陽から庇う為でしょパラソルで日陰になるから。そういう意味の分からない気配りをしてくれる会長が好きです。」
屈託のない笑顔で好きだと言葉にしてくれる。普通の貴族はこんな事を口に出しはしない。愛が大きい方が不利になるからと昔から口酸っぱく親に言われるからだ。そんな事を知らない彼女はいつも優しく温かい言葉の雨を僕の上に降らせてくれる。
「会長って優しいですよね。一緒に過ごすうちに分かってきました。確かに親衛隊もできるわけだ。」
ふむ貴方だから優しいとは理解していないようだ。なんだか少し意地悪したくなって、
「意味の分からないっていうなら席変わります?」
と席を立とうとすると、
「ふぁーいい天気。」
彼女が急にアイスティーを飲んで後ろを向く。まあ許してやるか。
「僕も好きですよ。貴方が僕のそういうのに気付いてくれるところ。そのへったくそな誤魔化し方も可愛いです。」
「へったくそって言わんといて欲しい。」
彼女が両手で顔を隠しこちらを向いた。照れると変わった言葉になると最近分かった。
「照れたら言葉が変わるのも可愛いくて好きです。」
「もうやめて。」
彼女が両手を隠したまま指を少しひろげて僕を見て言う。本当に子供のようだと笑うとまた彼女が指を戻し隠れた。
「会長、図書館好きですね。まあ私も落ち着くから好きですけど。」
彼女は僕が贈った服を着て隣で笑う。愛しいと思う。僕に無理矢理連れてこられたのに素直に隣に座り本を読む姿が愛しい。
彼女に会うまでこんな気持ちを感じた事なんてなかった。女性とデートをしても好きになったりしなかったので、いっそ同性が好きなのかと一度デートをした事があるが女性でも男性でもこんな気持ちは感じなかった。勿論、以前のアンリにも。
ふと彼女を見ると真面目に本を読んでいる最中だ、顔の横に垂れた髪が邪魔そうだったのでそっと耳にかけてやると、瞳だけが動いてこちらを見た後、視線を本に戻したが顔や耳が赤く熱くなっている。そっと赤い頬に指で撫でるように触れるとまたこちらを見た。
「会長、セクハラです。」
「ふふごめんなさい。髪が邪魔かと思って。」
顔を赤くさせてこちらを見る彼女は幼く見える。そんな彼女が心から愛おしい。
「会長を本当に好きになっても良いって事ですか?」
月明かりの下、化粧をして黒いドレスの彼女はとても綺麗で、コートの中で触れた唇は冷たく柔らかかった。守りたいと彼女を傷付ける全てから守りたいと思ったのに次の瞬間に僕が彼女を傷付けた。
「会長好きですよ。ちゃんと好きです。多分、会長が思ってる以上に好きですよ。」
「僕も多分、貴方が思っている以上に好きです。」
「ふふじゃあ両想いですね。」
そう言って彼女が僕の手を握った。
「ええ僕の事幸せにしてくださいね。」
「ふふっはいはい。」
そして目を閉じる彼女に口付けた。
「お目覚めかな司書番。」
暗く寒い部屋、椅子に後ろ手で括られている。目の前にいる得意げな顔をしている男はランバートだ。
そうだこいつは眠っている所にいきなり部屋に侵入し襲いかかってきた。そして気絶させられ気付くとこの暗い部屋に閉じ込められていたんだ。
「ええ、できれば手を解いてくれませんか?」
「それは無理な相談だな。王子の命令だから。おっとすまないな手加減したつもりだったが血が出ている。切れてしまったようだな口内か?」
「大丈夫です。そろそろ夜明けですか?」
何となく心もとなくて時間を把握したかった。
「ああ、もう朝だ。そろそろアンリの方もここにくる。」
「なんだと!アンリには手を出すな!」
「それもできない相談だな。王子はあの女をご指名だから。」
「最低な人間どもですね。笑っちゃう位腐ってる。」
「そうだな。俺もホルトも王子の恩恵を受けているからな言う事を聞くしかないんだよ。とにかく王子が最後に会わせてやるとさ。」
「最後って?」
「女は俺達と城に。お前は学校に戻る。それだけだ。」
「彼女はそんな事望んでいない!」
「ああそうだ。だがそんな事知ったこっちゃない。」
「最低だ。」
「もし貴様が抵抗するなら、あの女を傷付ける。あの女にも伝えてあるお前が抵抗したら貴様を傷付けると。サムから聞いているからなあの女は家や身分にこだわらないと。」
「なっ!外道め!」
僕が叫ぶのと同時にガタガタと誰かが入って来た。
「おいコラァ!離せやボケェ!」
ランバートが苦笑しながら言う。
「本当になんでこんな女がいいんだ?あいつもお前も。」
「黙れ。」
暴れながら部屋に入って来たのは縛られているアンリだ。怒っている。
「ほら俺達は外に出てやる。ゆっくり話せよ。」
ランバートと手下達が出て行った。アンリが1メートル程前の椅子に座らされる。
「会長大丈夫です?えっ怪我してます?後なんでパジャマなん?パジャマパーティー?」
アンリは縄で縛られているだけなのか僕に近付き僕の足元に座った。割と元気そうで緊張して強ばっていた身体の力が抜ける。
「馬鹿だなぁ本当に。第一声がそれですか?ランバートに殴られましたよ。」
「ええ!会長あいつにやられたんですか?ダッサー・ダッサーじゃないですか!」
「なんですか人の名前みたいに。僕は疲れてるんです。大きい声出さないでください。」
「えっまさか昨日の夜から?」
「ええそうですよ。貴方は怪我は?」
「ないです。薬を飲まされたんですよ。」
「へえどうやって?」
「サムが口……。ええ飲み物です。」
「なんで急に嘘をついたんですか?口って言いましたよね。」
「だって会長じゃない人とキスとか悲しいかなって。」
「まあそうですね。悲しいです。」
「もーう仕方ないな。」
面倒そうに立ち上がって僕に軽くキスをしてくれる。
「ほらこれでいいですか。」
愛らしい彼女は照れている。
「もう一度してくれたら許します。」
「えっはいはい。」
さっきより長く唇を触れ合わせた。
「それでどうします?」
「最後だと言われました。」
「…。」
「ランバートに、僕達は今日で最後だと言われました。」
「……っ!」
「貴方を城に連れて行くようです。多分、閉じ込める気なんでしょう。」
「……だ。」
「えっ?」
「嫌だ!絶対に嫌だ!私は会長と居ます!会長が私と同じ気持ちなら!ねえ会長言ってください!」
「僕は…貴方が傷付けられるところなんて見たくないんです。僕は傷付けられたっていい!だけど……。」
「私は何をされても傷付けられません!身体を傷付けられても心は傷一つつかない!会長が傍に居てくれるなら!さあこの手を取って!」
彼女が手を出す。僕は手を出す事ができない。
「さあこの手を取って!会長!」
「ふふふふ。本当に貴方は。」
「どうしてこんな時に笑ってるんですか!」
彼女が怒って言う。なんだか余計に笑いが込み上げる。
「落ち着いてよく見なさい。僕は手を縛られてるんです。手なんて出せる訳がないでしょう。ていうかどうして縄が解けてるんです?」
「私得意なんです縄抜け。」
「ふふふ。貴方は本当に一緒に居て飽きない人ですね。」
「ええ、もっと知らない部分がありますよ。近くで見ててください。」
彼女が僕の縄を解きながら言う。
「分かりました。一緒に行きますよ貴方と。」
「ええ!とりあえず私の後ろに隠れててください。」
それから彼女は扉を壊しランバートを倒し手下達を倒した後縛り上げて彼等の耳元で世にも恐ろしい言葉を囁き続けた。僕の口からは到底言えないような恐ろしい言葉だ。
「さあ会長この人達はもう手を出してきませんよ。」
「…えっ!ええ。」
「大丈夫です。会長はあんな目にあわせませんから。私にいい考えがあるんです。」
「貴方、とんでもなく悪い顔をしてますよ。」
「へへっ。一泡吹かせてやりましょうぞ!」




