17
青空が広がり、横には雄大な山々が見える。さぞかし空気も澄んでいるだろうと、腕を広げ目一杯酸素を吸いこむ。
「ここ空気が澄んでいるよね」
「景色だけはのどかだな」
そう、景色だけはのどかなのだ。俺は地面に座っている。一日中馬になっていたせいで、体の節々がバキバキいうよ。
あの日、若様の従者が馬に乗れないなんてあり得ないとスパルタ特訓を受けた。一昨日まで特訓は続き、なんとか乗れるようにはなったもののお尻の痛さはどうにもできない。太腿の筋肉痛も継続中だ。
「もうすぐ昼休憩終わるから行こう」
「お尻痛くて立たない」
「そんなこと言ってると置いてかれるよ」
ため息を吐き、ゆっくりと立ち上がる。俺なんて居ても居なくても変わらないだろうから、本気で置いて行かれるかもしれない……。
さっきまで空を見ていた視線を下げると、たくさんの人が見える。どの人も鎧をつけてガチャガチャ鳴らして動き回っている。
「帰りたい……」
これも、八津左の羽川軍の進軍が予想以上に早かったからだ。本来はもう少し準備期間を取るけど、領内に入られたらたまらないと急いで準備をして出陣した。
斥候の人によると、今日の夜までには両軍が鉢合わせするだろうとのことだ。つまりもうそこまで羽川軍は来ていると言うこと。
あと最近気づいたんだけど、斎賀領って斎賀という地名じゃないんだって! 治めている人が斎賀だから斎賀領って呼ぶ人が多いのだとか。最初、羽川と八津左の2つの軍が来ているのかと勘違いしてたら、八津左を治めている羽川軍と考えるのが正しいと教わった。
「羽川軍だ!」
昼休憩から体感的には4時間、2刻ほど経った時、誰かが前を見て叫んだ。一気に周りの雰囲気が引き締まった気がする。
「陣を張れー!」
陣を張るのを歩兵に任し、敏之につれられ武将達の元へ行く。そこで、この場所の地図を取り出し最終確認をする。
「良いか。ここは左に林があり、それ以外は平地だ。弓矢の攻撃を防ぎづらい。各々の武器で身を守るしかないのだ。だから弓矢の届かないギリギリの位置で待機し、攻撃が止まったと思ったら即座にこちらが矢を放ったあと、突撃する」
「敏之は初陣だから状況が落ち着くまで後方にいろ」
「はっ」
「それから急ぎの出陣のため、あちらの兵5千に対し、我が軍は3千5百しか集まれていません。常に情勢を把握し、策を練ります。援軍がくるまで出来るだけ劣勢にならぬよう尽力下され」
目の前で話される内容が頭に入ってこない。突然だ、俺は普通の高校生だったのだから。でも今は違う。たとえ仕事は2時間で、ほぼタダ飯ぐらいの居候だとしてもこの時代に何ヶ月もいるんだ。農民時代がちょっと長かったけど、いつか戦いを目にするのは予想がついていた。
呆けていたらダメだと自分の顔をたたく。
「殿、陣の準備が整いました」
「ご苦労。皆よく聞け! あちらが矢を射ってくるのを待ち、その後反撃する。1人で突っ込むと集中攻撃に合うと思え! 詳しいことは各部隊長に聞くように!」
「「「おー!」」」
野太い声が上がる。その様子を見ながら、敏之と後方へ移動したときブォーという音が聞こえた。
「真人、急いで!」
敏之の声にハッとし、慌てて自分の位置につく。螺貝の音が聞こえたと思ったら遠くの空にたくさんの鳥のようなものが見えた。
「矢がくるぞ!」
声が聞こえた瞬間、陣を張った数十メートル手前に矢が突き刺さる。さっき見えたのは矢だったのか。時々こちら側にも飛んでくるため、目が離せない。
ある程度弓矢による攻撃が終わった頃、こちらも反撃を開始する。
「螺貝を鳴らせ!」
「弓矢部隊、矢を放てー!」
「突撃の用意をしろ! 矢を射ったら出撃だ!」
ブォォーブォーとこちらの螺貝がなる。走って来た歩兵達に、音に合わせ矢が放たれる。
人を切る覚悟なんてまだないが支給された武器を持ち直し、戦況を見守った。
開始から1時間? 2時間くらいか?
「真人、私たちも出るから準備をして」
「え、従者も出るの?」
「私付きだからね」
聞いてねーよおぉ! ついて来るだけでも怖かったのに、従者って戦場で戦うの? ぜっったい馬の上で縮こまるしかない。しかしそうしている間にも敏之は準備を終えてしまった。
「真人、行くよ!」
「いやだぁ!」
ペシンッ!!
ラチが開かないと思ったのか、俺が乗っている馬の尻を叩いた。ヒヒーンと鳴いて馬が走り出す。
「手綱を握って! 前を見て!」
「敏之ー!うらんでやるぅー!」
俺は敏之への恨みを叫びながら、戦場へ躍り出ていった。