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渓流での一泊は疲れを癒してくれた。クロエは朝食にナマズとフルーツを食べて支度を整えた。これで追跡を再開できる。綺麗になった服が心地良い。装備を着けるとクロエは胸を見下ろし、ジャックを思いだした。
「体は傷つけるなといっていたのがおかしいな。軍人になれば傷だらけだろうに。フフフッ」
クロエは矛盾に微笑みながら痕跡を消して歩き出した。戦闘を経験すれば綺麗な体ではすまない。
「私は体を大切にするなど考えたこともない。ずっと戦ってきたからな。だが、ジャックのことを思うとこの体も大切にしなければと思う。不思議なものだ」
人間はどこに執着するかわからない。ジャックの場合は私の体なのだ。クロエは体に興味はなかったがジャックが悲しむのは見たくなかった。自分の体は大切にしようと誓った。
「無傷を目指してみるぞ」
クロエは服を厚く着ると前方を見た。渓流の先は緑が深い地形になっていた。熱帯植物が道を塞ぐ。クロエはサバイバルナイフで枝や葉を切りながら進む。道を切り開くのだ。クロエはこの地形が今までとは違うことに気がついた。
「ここは植林された熱帯雨林か…」
アマゾンは常に未開の地だが現実としてアマゾンは環境破壊が著しい。団体や部族達が伐採跡に植林をしている。それは本当に素晴らしいと思う。そして本当に恐ろしいのは人間だ。
「アマゾンが広がってくれると良いな」
クロエはアマゾンに憧れや畏れに近いものを感じていた。太古の昔からそのままの姿を残すこの大自然には人間など本来は敵わないのだ。それを破壊する人間は神に等しいのか。その滑稽さと愚かさにクロエは考え込む。資源とはいえどうにかならないものか。
「私も植林をしてみるかな」
アメリカにいる時には植林は環境保護団体が積極的に推し進めていた。環境保護の大切さや自然の重要性を説いていた。多忙な私には無縁だったが今となっては彼らの気持ちがわかる。この急激な環境破壊はクロエにとっても心が痛んだ。クロエが今いるのは植林された場所だった。
「ここまで育ったのか」
クロエはジャングルで植林された木が元気に育っているのを見て微笑んだ。強く育っている。クロエは植林された木の枝を一本折り、それを近くの土に埋めた。植林の真似事だがこうせずにはいられなかった。
「私も植林したぞ」
気分だけでもそうしたかった。これがいずれ立派な木を成長してもらいたい。
「私の手植えだからな」
アマゾンの環境の再生を願いながらクロエは先を急いだ。
熱帯雨林に消えたトラックを追うのは先が見えない追跡劇だ。会話の内容からわだちの向こうに拠点があるのはわかっている。それまでの距離が依然として不明だ。その時無線に連絡が来た。
「スティーヴンか」
隊員のスティーヴンからだ
「そうだ。クロエ、今どこにいる?」
「ここは湿地の先、渓流の辺りだ」
「そうか。実は現地の案内人が君を待っている。彼と接触してもらいたい。それともう一人、ゲリラの女がいる。彼女とも協力してくれ。今の位置からだと川を下った先の集落にいる」
「ゲリラの女?」
「お前が追っているトラックの行き着く場所を知っている。そのゲリラと敵対するゲリラの女だ。」
「信用できるのか」
「それはお前次第だろう」
「…」
クロエは乗り気ではなかった。ゲリラの男や女と接触するのは罠の可能性もある。中南米には様々な形態のゲリラ組織がいるのだ。たとえ敵対組織といっても油断ならない。
「そう警戒するな。俺が依頼したんだ。お前がゲリラと一人で戦わないように手配しといた。工作員を使ってな。ゲリラは罠もたくさん用意してある。抜かるな。しかし近くにいたみたいでよかった。お前に何かあったらイケメンの婿さんが悲しむだろ。皆羨ましがってるぞ。あの体を好きにできる何てって。お前の体はほんと良いからな~」
「戯れ言はそれで終わりか。私はその二人と会えば良いんだな。」
「まあ、そういうことだ。きっと役に立つぞ。」
「銃は使えるのか」
「ゲリラだぞ。使えなかったら生きてはいないだろうよ」
「そうだな」
「それに覚悟もある」
「わかった。またな」
クロエは無線を切ると、スティーヴンが教えてくれたゲリラの居場所をスマホの地図にマーキングした。ここから近いのは男のゲリラの場所か。
「ここに向かってみるか。欲しいのは情報だしな。」
クロエはスマホを頼りにジャングルを突き進んだ。ここは異界だ。魔のジャングルには光が差し込み、美しい彩りを演出していた。クロエは異界を通り抜け、マーキングをした地点を目指す。そこはここから数キロの地点だ。窪地になっている場所に洞窟がある。隠れるにはうってつけだ。
「洞窟だな」
クロエは黒い口を開けた洞窟を探した。ここに情報提供者がいる。目的地へ続く通路を確保し、ゆっくり歩を進めた。