湿地の暗殺者
クロエは沼に浸かったまま前方の様子を探る。確実に目標だろうが一応確認する。もう無意味な戦いはしたくない。クロエはスコープを取りだし、木の間から前方を確認した。間違いない。標的のゲリラだ。主にロシアの装備で武装している。今はトラックを停めてタバコを吸っている。休憩といったところか。クロエは沼から這い出してしばらく話を聞くことにした。沼から近い大木に身を潜める。
「内容を聞かせてもらうか」
クロエは指向性マイクを取り出して会話を聞いた。
「もうすぐだ。」
「何が?」
「アメリカを中南米から駆逐する兵器が来るんだよ。」
「へぇそれはすごいな。そうすれば俺たちの戦いも終わるのか?」
「まあそうだな。ようやく終わる。あれがあればアメリカ軍なんざ怖くない。」
「切り札ってことか」
「そうだな。しかしお前何でそれを知らないんだ?」
「俺は町で仲間を集める任務が中心だったからな。ここに配属されるのは今日が初めてなんだ。新入りだよ」
「そういうことか、どおりで初めて見顔だったわけだ」
「しかしあの兵器が来れば俺たちの勝利は確定。夢の国が作れるぞ!」
「しかしその兵器は何処から来るんだ?」
「それは後で教えてやるよ」
「わかった。」
「そのためにもこれを運ばないとな」
「そろそろ行くか」
クロエはもっと聞いていたかったが、ゲリラ兵達はトラックに乗り込み走り去っていった。核心に迫る情報は聞けなかったが、アメリカ軍を中南米から駆逐する強大な兵器をゲリラ達が手に入れるらしい。それがあれば反米勢力の勝利は確定だと言っていた。いったい何処から運んでくるのか。どのような物なのかもっと調査する必要がある。彼らの拠点を目指さなければ。
「トラックを追うか…」
クロエは再びジャングルを歩き出した。だがこの周囲は沼地が多いらしく中々に踏破しにくい場所だった。足場がぬかるんで沈んでしまう。
「これは馴染んだ地形だな」
クロエは慎重に進むことにした。トラックの跡が残っているため見失うことはない。ここは慎重に行った方が良い。泥寧地の進撃はクロエは得意だった。アマゾンでの沼地の戦闘も何回も経験しておりテキサス州の砂漠も沼地のように足場が沈む。この感覚には慣れている。力強く泥を踏んでジャングルを進むと湿地帯に出た。トラックは咲空に先に行っている。クロエが後を追おうとした時、前方に敵ゲリラの姿を見た。この湿地を警備しているようだ。この場所はゲリラ戦に使えそうな地形をしている。いくつかの沼が点在しており、草木は人の背丈より高い。流木も溜まっており遮蔽物になる。この場合は戦闘は避けたいが仕方ない場合もある。クロエは近くの沼に入り、静かに潜るとそっと距離を積めていく。半魚人のように頭だけを出して周囲の様子を見る。敵は五人か。湿地帯を囲むような形で警備している。どうやらここはゲリラ達の活動地域でも良く戦闘に使う場所のようだ。クロエは敵の反対側に回り込む形になるよう泳ぎナイフを握ると一番近い沼の入り口付近にいた敵兵に向けて投擲した。ナイフが敵兵の首を貫通し体が崩れ落ちる。クロエはそれを沼に沈めた。クロエはナイフを持ち直すと次の敵兵を目指す。このような場所で戦うには地形を利用し、それを応用した戦法が有利だ。クロエは魚のコードネームも納得の潜水能力で敵に気づかれないよう湿地を移動する。潜水は気泡を出さず、影を写さないように心がける。音を出すなどもっての他だ。次の兵士は岩の影にいた。岩に上って周囲を見ている。クロエは岩の下に浮上すると勢いよくナイフを投げて絶命させた。一瞬の出来事に敵兵は訳もわからずに逝った。同じように沼に沈めて隠すと、クロエは三人目を倒しにいく。三人目の敵兵は沼に生える水草の草むらに隠れていた。水中からなら手に取るようにわかる。スネークヘッドが水面に浮かぶ獲物を狙うようにクロエは素早く近づくとたちまち口を塞ぎ、ナイフで後頭部を切った。鮮血が上がり倒れる。そのまま草むらに死体を隠す。ちょうど良い。次は足を沼に着けて反対側を向いている敵兵を仕留める。クロエはロシアの特殊部隊が使うようなブレードを射出するタイプのナイフを手に持った。沼に潜り水中を自在に泳ぎ敵兵の背後に忍び寄る。
「さらばだ」
クロエはナイフの刃を敵の胸に撃ち込んだ。敵兵が呻き声をあげて水面に倒れる。その音を聞いて最後の一人が異変を発見してこちらに向かってきた。狙い通りだ。最後の一人の姿が見えなかったため、クロエは敵を囮に居場所を探ったのだ。見事成功した。クロエは仲間の死体を調べている敵兵の首筋をサバイバルナイフで思いきり切り裂いた。鮮血が飛び散り、敵は全滅した。クロエは湿地を制圧した。
「上手くいったな」
クロエはトラックを急いで追う。相変わらず泥寧地と湿地のジャングルだったが心地良い。クロエがタイヤの跡を追っているとバッグにしまったヘッドセットに無線連絡が来た。他の部隊の隊員からだ。
「こちらクロエ。そちらの状況は。」
「こちらスティーブ。状況はよくない。敵は特殊訓練を受けたゲリラだけじゃない。外国の部隊もいる。何人がやられた。十分注意しろ。」
「何故外国の部隊がいる…」
「わからない。ゲリラの協力者だろうが…俺の見たところロシアの部隊…」
「ロシア…」
「ロシア軍特殊部隊だ」
「中南米で何をしている…」
「ゲリラ組織の援助、ってだけじゃないな」
「スティーブ、私はさっきゲリラのトラックに乗っていた兵士から近日ここに運ばれてくる兵器の話を聞いた。それがあればアメリカ軍を壊滅させられるらしい。もしやロシア製なのか。」
「それはわからないが可能性はあるかもしれない。他にも東欧の部隊も見かけたんだ。それに中南米の反米国家の部隊もいた。」
「何故そこまでの部隊がここに…」
「奴等はここで秘密の研究でもしてるじゃないのか?」
「だとしたら一刻も早く奴等を追わないとな」
「とにかく気を付けろ!」
それだけ言うと無線が切れた。無線の遠くで銃声が聞こえた。銃撃戦をしているのだろうか。ロシアの特殊部隊がいるというのはどういうことだ?この任務は一筋縄では行かない気はしていたがこれは色々と厄介なことになりそうだ。クロエは単独で任務を遂行しているがこのジャングルには他にも部隊が潜入している。その一部が反米国家の部隊を発見したと言う。
「今は先を急ぐか。」
ロシアの特殊部隊が気になるがクロエはジャングルを先に進んだ。もうかなり奥まで進んできた。この先に何が待っているのかとても気になるのだ。クロエは戦士の勘からそれはとてつもない危険だと分かっていた。恐ろしいほどの危険が待っている。それに飛び込んでいく覚悟はもう出来ている。