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脱走

 どうぞどうぞと笑顔なイケメンに私は困り顔になる。


「いや、本当に大丈夫です。その権利は他の方に」

「そんなこと言わないで、どうぞー。」


 結局断りきれずに先ほど確認した扉のなかに案内されてしまう。


「失礼しまっ……」


 私は言葉を途中で飲み込んで口を閉じる。

 あまーい匂いが部屋中に漂っていた。

 思わず顔をしかめそうになり、我慢する。


「どうぞ?」


 どうしたの?と言いたげな顔で席を進められる。


「どうも。」


 とりあえずあまり息をしないようにしよう。うん。


 当面の目標を決めて席に着く。

 イケメンは、机を挟んで正面の席に座る。


 部屋のなかは薄紫のチュールみたいなのがふわふわと天井から垂れ下がっていた。

 私たちが動くとふわふわと揺れるのだが、それと同時に甘い匂いが立つ。


 くっ。

 なかなかやるな。


「緊張してます?大丈夫ですよ。雑談でもしましょうか。今日はお一人で?」

「いえ。」

「誰かとご一緒でしたか。」

「えぇ。」

「誰と来たんですか?」

「従姉妹とその友達です。」

「そうなんですか。お店にも始めて?」

「そうですね。」


 この空間が落ち着かず、スカートを握ったり、手汗を拭いたりと机のしたでごそごそする。


 それになんだか、ふわふわする。

 例えるなら。高熱が出たときに足に力が入らずに膝カックンされた時みたいになるような。


 そう例えるなら。小学生のときに熱が出て早退したけど、誰も迎えに来なくて通学路を重たいランドセルを背負って歩いた時のように目の前がふわふわするような。


 全然話が頭に入ってこず、生返事を返す。


 なにかをずっと話しかけられていて、私の口は勝手に返事をしている。

 その状況に違和感を感じつつもどうすればいいのか考えがまとまらない。


 私今何してたんだっけ?

 ここにずっといてはいけない気がする。

 しかしどうすればいいのかがわからない。


 なぜかこの部屋を出なければいけないと言う気持ちだけはあるため、どうすればいいのかを考えようとするのだが、なかなかうまく考えつかない。


 あれ?なんで私、出てかなきゃって思ったんだっけ?

 なんかどうでもよくなってきた。

 このまま……


 急にノックの音が響き、扉が少し開けられる。

 扉をみれば、隙間から店員であるメイドさんがひょっこりと顔を出していた。


「あら?失礼しました。お客様がいるとは思わず、失礼しました。」


 謝る店員さんが開けた扉の隙間から、風が入ってくる。

 その風に吹かれて布が舞い、一瞬甘い匂いが濃くなる。

 しかし、すぐに新鮮な空気により、匂いが薄くなり始める。


 私は新鮮な空気を求めて、扉に向かって走り出した。


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