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『ファンタジー×介護』などの奇をてらったとんでもないテーマにすること

 帰宅後、僕はいそいそとノートパソコンを開く。ぼんやりと浮かんだ新しい作品の企画を早く文字にしてみたくて、パソコンの立ち上がり時間さえもどかしい。

 小説の糧になるかもしれないと思って参加した介護スタッフのサポートだったけど、こんなに具体的に役立つとは思っていなかった。


 思い付いた新作は伝説の魔法使いとその介護をする若者の話だ。

 若者は魔法使いとしての資質がなく、性格も臆病すぎるという落ちこぼれ。取り柄と言えば優しさと甲斐甲斐しさだけ。

 そんな彼がある日、年老いた女性と出会う。実はその人は引退して隠居暮らしをしているかつて偉大な魔法使いだった。

 その魔法使いの介護をし、二人で力を合わせて世の中を平和にしていく物語だ。


 ひとまずその内容を企画書として落とし込む。鳳凰出版の藤代さんに新作の企画書として送るつもりだ。

 しかしその前に連絡をしなくてはいけない人がいた。


『すいません

 From:霧谷澪人


 このはさんに謝らないといけないことがあります。

 写真を頂き、それを元に小説を作るとお約束しましたが、それより先に書きたい題材が見つかってしまいました。


 今回もファンタジーになります。それを書いてからか、もしくは同時進行で写真を元にした作品を書きたいと思います。

 後回しになってしまい、すいません。でも必ず書きますんで写真は予定通りこれからも送ってくれないでしょうか?

 勝手ばかり言って申し訳ございません』


 珍しくその返事は時をおかず、僕がメッセージを送った直後にやって来た。


『嬉しいです!

 From:蒼山 このは


 ご連絡ありがとうございます。

 書きたい作品が見つかったとのお知らせ、とても嬉しいです。

 もちろん私のお願いの方は後回しで構いません。先生の書きたいものを書いてください。私としてもそれが一番嬉しいです。


 ちなみにその書きたい作品とはどんなものですか?もし可能でしたら教えて貰えると嬉しいです。って相変わらず図々しくてすいません』


 このはさんのメッセージからは新しい作品を思いついたことを本当に喜んでくれている様子が伝わってきた。

 でもそこまで喜ばれると逆に困ってしまう。

 なにせこれはまだ鳳凰出版の企画も通っていない段階なので、世に出せるのかも分からない新作だ。でも没にさせられても書こうと決めていた。


 設定を考えただけで次々とアイデアが浮かんでいき、エピソードも出来上がっていく。こういう時は流れるように書き上げられる。それはこれまでの経験で分かっていた。

 もし企画が残念ながら没になったとしても、グルフルでアップすればいい。


『今回の新作は──』


 このはさんに返信を書きかけて指が止まった。

 介護をテーマにした作品だと伝えれば、何故そんな発想を思いついたのか訊かれるかもしれないと思ったからだ。

 別に僕は老人ホームで働いていることを卑下してはいない。でも読者やファンの人が同じ考えとは限らない。


 作家は夢を語るのが仕事だ。作品の世界で魅了しなくてはならない。

 そのために作家は無色透明であるべきだというのが僕の考えだった。年齢も、性別も、容姿も、作家以外の職業も、読者に見せるべきではない。


『新作の構想

 From:霧谷澪人


 このはさんの小説が遅れてしまうことのご理解、ありがとうございます。

 今回の新作は落ちこぼれ魔法使いと伝説のおばあちゃん魔法使いのお話です。

 落ちこぼれ君が伝説の魔法使いに鍛えてもらい、成長していく展開を考えてます。

 まあおばあちゃんと男の子という設定だと恋愛パートが書けないという致命的な欠点があるんですけどね。


 やはり読者には淡くてもどかしい恋愛というのは読者ウケがいいですから。でもそれを犠牲にしても素敵な話が書ける気がしています。

 いつになるか分かりませんが、このはさんにも読んでもらいたいです。』


 結局介護の部分は省いて説明した。これでも話の展開は伝わるだろう。

 とはいえこの作品でもっとも核となるのは二人の助け合いだ。それがなければきっと、どこにでもある凡庸な作品になってしまうだろう。

 若者と老人が助け合うということは、当然介護も含まれる話にもなる。


 この作品の着想にもっとも影響を受けたのは英さんの存在だった。

『若い人が面白いと思うものを書くことがもっとも大切』

『ゲームとかマンガとか、そういうものより面白ければ、みんな小説を選ぶでしょ?』

 それらの言葉は僕の迷いを吹き飛ばした。僕はあの言葉に救われた。


 別にあの瞬間に文学的に優れた作品より娯楽性の方が大切と考えが切り替わったわけではないし、小説はゲームや漫画に娯楽性で上回れると思ったわけでもない。

 でもあんな風に言い切って貰えたことで心のモヤモヤが晴れたのは事実だし、僕が売れない理由を外部に求めてはいけないと気持ちも引き締まった。


 もしあの言葉を言ったのが若者ならば、きっとここまで強く心を動かされなかったかもしれない。人生経験を積んだ英さんの『自分の言葉』だからこそ、僕の心に響いた。


 ティッコン──

 軽やかなメッセージ着信の音が、僕の回想を途切れさせた。


『素敵!!

 From:蒼山 このは


 新作、凄く素敵です!さすが先生は発想が凄いですね!とても面白そうだと思いました。

 早く読んでみたくてワクワクしてます。


 恋愛の展開が難しいとのことでしたが、そのおばあちゃん魔法使いの孫娘なんかを登場させてみてはいかがでしょうか?なんてまた出過ぎた進言をすいません。

 新作、楽しみにしてます。あと写真撮ったのでついでに送っておきます』


 添付されていたのは昼間の公園の写真だった。

 日向と日陰のコントラストがくっきりとして美しい。蝉の鳴き声が聞こえてきそうほど、生命力を感じる写真だった。


「伝説の魔法使いの孫娘、か。悪くないかも」


 おばあちゃん魔法使いは天涯孤独という設定で考えていたが、そういう展開もありかもしれない。

 写真を元に物語を綴る案といい、このはさんはなかなか鋭い意見を言ってくれる。

 先ほど書いた企画書に孫娘の案を追加してから鳳凰出版の藤代さんへ送信した。



 ────

 ──



 夏休み明けの登校初日はみんな足取りが重そうだ。まだまだ暑い日は続きそうなのに、夏休みが終わると毎年夏が終わったような、少し寂しい気分になる。

 ダラダラと続く坂道を上っていると駐車場の横にある茂みにトンボが止まっているのを見つけた。脅かさないようにソッと近付き、スマホを向けて写真を撮る。


「おはよー、若葉わかば。何してんの?」

「あっ……」


 突然声を掛けられ、トンボは驚いたように逃げていってしまった。


「なんだ美桜みおかぉ。急に声上げるからトンボ逃げちゃったじゃない」

「なんでトンボの写真なんか撮ってんのよ?」

「小さい秋みつけた、から?」

「なにそれ? そんな趣味あったっけ?」


 美桜は高めの声で笑いながら歩き始めた。

 久し振りに聞く親友の声はなんだか優しくて懐かしい気分にさせられる。


「いよいよ受験がやって来るね。あー、いやだ」

「朝から嫌なこと言わないでよ」

「私が言わなくても今日の朝礼で絶対担任が言うよ」

「いよいよ受験の足音が聞こえてきました」と美桜は担任の先生のモノマネをする。


「あはは。言いそう!」

「あの先生、耳悪いのにそういう足音はよく聞こえるみたいだね。あと悪口もよく聞こえる」


 美桜はいつも通り陽気でちょっと口の悪い。

 こうして並んで学校に行けるのもあと半年程度と思うと不意に寂しくなった。


「若葉は相変わらず東京に進学する意思は変わらないの?」

「うん。行きたい大学があるから」

「ふぅん。でもよく親が許してくれたね」

「なんで? 大学進学で一人暮らしなんて普通じゃない?」

「そうかも知んないけど。若葉の家ってなんか厳しそうじゃない。立派な家だし」


 美桜はうちをなんだと思っているのだろう。おかしくて笑ってしまった。


「そんな大層なものじゃないし。それに東京で働いているいとこのお姉ちゃんがいるから。一緒に暮らすわけじゃないけど、知り合いがいるなら安心だって」


 坂を上りきって振り返ると街が広がっていた。

 港付近にある製鉄所から立ち上る白い煙も、港から沖に出て行く船も、朝日を反射させるタワーマンションも、見慣れているけど美しい光景だ。

 スマホを構えてその景色を写真に収める。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことを思うと、ちょっとワクワクしてしまう。

 急かすのも悪いけど、早く読みたい気もする。


「あー、暑い。もう帰りたい」


 美桜はハンドタオルで首元を拭いながらうんざりした顔をする。


「もう? まだ学校にも着いてないでしょ」


 呆れながら青々と茂る大きな木を煽りの構図でシャッターを切る。

 先生に送るのはなるべくたくさんの写真がいい。その方がきっと書きやすいだろう。


 学校が近付くにつれ、生徒の数も増えてくる。みんな久し振りに会う友達と愉しげに盛り上がりながら歩いていた。

 少し前方にクラスの男子の集団を見つけてドキッと胸が弾んだ。その中には休み前よりずいぶんと日焼けした小鹿野おがの君の姿もあった。

 風景を撮る振りをして、その集団もこっそり撮影した。


「あ、あれうちのクラスの男子じゃない? なに朝からはしゃいでるんだろう。元気だよねー」


 美桜はそう言いながら自分も走り出してその男子グループに突撃していく。美桜だって充分元気だ。

 私は苦笑いを浮かべながら「待ってよ」と美桜のあとを追い掛けていた。



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