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長文タイトルをつけるのに躊躇ったら「それが流行りだから」と開き直ってみよう

 僕がライトノベルのコンテストに応募して、何かの間違いで入賞したのが大学三回生の秋。

 翌年の春にはその作品が書籍となって発売された。


 みんなが就職活動をしている最中、僕は現実から目を背けるように第二巻の改稿作業に没頭していた。

 どこにも就職せず、とにかく出来るところまで作家として頑張ってみよう。

 そう決意していた。

 もちろん編集者さんには止められたが、最後は僕の人生だからと納得してくれた。


 あの時の僕は夢から逃げなかったのか、それとも現実から逃げたのか、今ではよく分からない。

 しかし小説家という道を選んだところで、結局は現実から逃げられたわけではないのだけは確かだ。

 小説家の道には『売り上げ』という、新人サラリーマンよりも遥かに厳しい現実が待っていた。


 一巻はそこそこ売れた。しかし二巻はその半分も売れなかったらしい。

 そう聞かされたのは二巻を発売した半月後だった。

 残念ながら三巻を刊行することは出来ない。担当編集者の藤代さんは申し訳なさそうにそう告げてきた。受話器の向こうで頭を下げて謝っている姿が目に浮かぶようだった。


 でも謝りたいのは、僕の方だった。

 ヒット作が書けず、利益を出すことが出来なくて申し訳ない、と。


「霧谷先生には確かな実力があります。私たちもこの一作だけとは考えておりません。次回作も私と一緒に創っていきましょう。お願いします」


 その言葉は今も僕の心のもっとも大切なところに今でも保管している。

 だがそれから一年半以上、未だに新作の影も形もない。僕は企画書やプロットを書いたり、刊行予定のない作品を書いたりしていた。


 あの『次回作を創っていきましょう』という言葉は、今でも有効なのだろうか。

 もしかするととっくに無効となった空手形を、僕は後生大事に心の奥底に保管してしまっているのかもしれない。


 プロットはどれだけ作っても毎回没になる。これは遠回しな戦力外通知なのかもしれない。

 鈍い僕はいつまでもそれに気付かずプロットを送り続けている。それはまるで水たまりに釣り糸を垂らす釣り人のような憐れみと滑稽さだ。


 没になってしまったプロットでも個人的に気に入った諦めきれない作品はGroupFruitsに投稿して公開していた。

 その中でも『異世界配達人~ダンジョン最深部だろうが魔王城だろうがお届けします~』はまずまず好評で、ブックマーク数が増えて五千を超えていた。


「ついにブクマ五千超えかぁ」


 その数字に胸が躍った。

 もちろん軽く一万を超えている人気作も多数あるので、別にそれほど突き抜けた人気作ではない。

 でもこうして人気が一目で見て分かるシステムというのは読者に求められているという手応えが感じられる。

 一人で原稿を書いている孤独と違い、勇気づけられるのが何よりありがたかった。


 それに市場の勉強にもなる。

 この作品は当初『荒れ地の配達人』というタイトルをつけていた。

 しかし一向にブックマークが増えず、試しにこのサイトで最近見掛けるヒット作に倣ってライトでポップなものに変えたら人気が出始めた。

 やはりタイトルというのは重要なのだと痛感させられた出来事だ。


 『異世界配達人』の続きを書こうと執筆ページを開いたとき──

 ティロンッ

 パソコンからメッセージ着信の軽快な音がした。


 メッセージは蒼山このはさんからだった。


「お、またメッセージくれたんだ」


 ファイルを開けると、そこにはたくさんの写真が添付されていた。


 校舎、教室、グラウンド、大きな坂道、大きな木、女の子の部屋、本棚、クローゼット、美味しそうな食事、飼ってると思われる猫、家の庭、そして女の子の手のひら。


 恐らくこの写真で物語を綴れということなのだろう。

 だが写真添付メッセージには本文が一切ない。余計な言葉は加えず、あくまで画像だけで僕に物語を膨らませたかったのだろう。


「うーん。これはこのはさんの手のひら、なのかな?」


 今回の写真は彼女を取り巻く環境のようだ。

 それら写真の数々を見ていると、頭の中でうっすらと『蒼山このは』の像が浮かびはじめる。まだはっきりとその輪郭までは見えないが、彼女の物語が見えてきた。


 写真添付メッセージののちにもう一通添付ファイルなしのメールが届いた。


『写真お送り致します

 From:蒼山このは


 突然大量の写真をお送りしてすいません。もしよかったらまた私を登場人物にした小説を書いてくれませんか?って図々しくてすいません。


 ひとまず人物紹介みたいに色んな写真をお送り致しました。

 どれがなんの写真かは敢えて言いません。でも聡明な霧谷先生ならすぐにお分かりになるでしょうね。


 作品は書いてくださるとしても、ゆっくりで構いませんので。慌てず、ご負担にならないレベルで書いてもらえると嬉しいです。

 いつもありがとうございます。これからも応援させて頂きます』


 相変わらず控え目なのか図々しいのかよく分からないこのはさんのメッセージだ。言葉遣いは相変わらず丁寧でちょっと古くさい。

 写真には当然というか、このはさん本人の顔は映っていなかった。

 身体の一部で映っているのは手のひらだけだ。

 その他風景の写真にもあからさまに場所が特定できるもの、例えば富士山や通天閣などは映っていない。


 でもそれがかえって有り難かった。

 僕がするのは「碧山このは」の身元割り出しではなく、物語を創ることだ。必要なのはヒロインのこのはさんがどんな女性なのかということだけだ。


 疑っていたわけではないが、このはさんは確かに十代の女性のようだ。そして部屋やら庭を見る限り、なかなか裕福な家で育っている。

 確か彼氏はいないけど片想いの人はいて、東京にある大学を目指して受験勉強中だと以前のメッセージで言っていた。


「でもなんか違和感があるな」


 僕の思い描いていた『蒼山このは』と、送られてきた写真とでは、何か大きな乖離がある。

 長年親しんできた漫画がアニメ化されて声優の声に違和感を覚えるのに似た、何かがしっくりとこない気持ち悪さだ。

 しかしその違和感の原因がなんなのかは分からず、ひとまずお礼の返信をすることにした。


『ありがとう!

 From:霧谷澪人


 写真頂きました。ありがとう!

 これまでメッセージだけのやり取りだったからこのはさんがどんな人なのかあまり想像できませんでした。

 でも送ってもらった写真を見ると、このはさんが写ってないのに、そこに立っているかのように想像できるから不思議です。


 確かに写真を元に物語を創作するというのは面白い試みなのかもしれません。いつ書けるか分からないし、約束も出来ないけど、ひとまず頑張ってみます! 面白いアイデアをありがとう!』


 メッセージを送信してからもう一度写真を見直して想像を広げてみる。

 どこにでもいる高校三年生の女の子。

 毎朝の通学路や友達とお喋りをする姿。

 片想いの相手と接する時は想いに気付かれないようにしつつ、時おり上目遣いで気付いて欲しそうにアピールしている。

 いつもはきちんとしてるのに自室では部屋着で無防備にごろんと寝転がり、飼い猫の可愛い仕草を撮影してSNSにアップする。

 密かにごはんの量を減らしてダイエットして、そのくせおやつを食べてしまい罪悪感に駈られる。

 この勉強机に座り、夜遅くまで受験勉強に励んでいる。


 これらの写真からそんな蒼山このはさんの姿が浮かんできた。でもそこでまた、もやっとした違和感を感じる。


「あっ……」


 急にその違和感の理由に気が付いた。

 写真のイメージから作り上げた蒼山このは像は、僕の書いたライトノベルを読みそうなタイプではないのだ。

 あの作品は、良くも悪くもそんな今どきの普通の女子高校生が読むような小説ではない。 


「そういえば」


 写真の中に本棚があったことを思い出す。その画像を拡大して収まっている本を確認した。

 収まっている本はファッション雑誌、教科書の他は、少女漫画と女性向けの恋愛小説が少し挿してあるだけだった。僕の作品はおろか、女性向けのファンタジーライトノベルすらない。


 でもそれがむしろ自然に見えた。

 床にはマカロン型のクッションが並んであって、壁に掛けられたコルクボードには友達と撮ったと思われる写真が綺麗に貼られている。更に拡大したがその写真では顔までは確認できない。


 子供の頃からのお気に入りなのか、タンスの上にはウサギや猫、犬などのぬいぐるみが並びベッドを見下ろしていた。そのベッドはパステルカラーの布団と枕、ベッドシーツが掛けられている。

 サイドボードの上にはお洒落な小瓶に入ったフレグランスが並んでいて、その手前にヘアゴムやらブラシが置かれている。


 こんな女子の芳香が写真からも漂ってきそうな可愛らしい部屋の本棚に、僕のライトノベルが所蔵されているたらむしろ違和感を感じるはずだ。


(でもなんでこんな部屋に住む女子が僕の小説なんて読んだのだろう?)


 そこに蒼山このはの物語を書くヒントが隠されている、そんな気さえした。

 しかし——


「あ、そうか。そういうことか」


 その答えは実は既に僕の目の前に提示されていた。

 片想いの彼だ。男子高校生なら僕の作品の読者であっても違和感はない。

 そして何かの弾みでその話にでもなり、このはさんが僕の本を借りた。

 そう考えれば納得がいく。好きな人が好きなものというのは自分も好きになりたいものだ。


 そんな気持ちで読み始め、意外と本気でハマって僕のファンになってくれたのだろう。

 そう思うと布教活動してくれたその片想いの彼にも感謝の念が湧いてきた。

 でもそのことについて触れるのはやめておいた。きっとそんなことを言い当てられたら彼女も恥ずかしいだろう。

 きっかけはなんであれ、僕の本を読み、感銘を受けてくれた。それで充分だ。


「このはさんのストーリーか。難しいな」


 何度も写真を見直し、ゆっくりと僕の中で物語を描いていった。


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