NTRはザマァ展開なしで読者にヘイトを溜めさせよう!
入試が終わり、私は無事希望校に合格できた。しかし不思議と喜びよりも疲労感や不安が勝ってしまっていた。
高校時代が終わってしまうという寂寥感や友達の親友を愛するという罪悪感、そして小鹿野君も東京の大学に合格したという喜びが絡み合った感情だった。
気分転換というよりは現実逃避に近い感覚で、久し振りにGroupFruitsにアクセスする。受験中は霧谷先生が書いてくれている『日付のない日記』も確認していなかった。
「やっぱり更新はしてないか」
先生はいま新作で忙しいと聞いている。こちらの更新まで手は回らなかったのだろう。
そもそも私が写真を送っていないのだから物語を進めたくても進められなかったのだろうけれど。
仕方ないのでここまでの更新を改めて読み直すと、私の実生活ではないのにまるで日記を読み返すような懐かしさを感じた。
でも私はここに描かれているヒロインのこのはちゃんみたいに清らかな女性ではない。
もっと狡くて、嫉妬深くて、マイナス思考な人間だ。こんなに綺麗に書いてなんだか申し訳ない気がした。
(私は美桜や小鹿野君だけじゃなく、霧谷先生も騙しているんだ)
本当のことを知ったら、先生は怒るだろうか。軽蔑されてしまうだろうか。ガッカリさせてしまうだろうか。
そんなことを思うとますます気が重くなった。
でもそんな嘘も、きっともうすぐ終わる。
嘘が終わる時、私は更にもっと深く傷つくことになるだろう。
そんな感傷に襲わた瞬間、握っていたスマホが急に振るえ出した。
着信は美桜からだった。
「もしもし?」
「若葉ぁ!」
電話越しでも泣いているのが伝わるくらい、美桜の声は弱々しく震えて湿っていた。
「どうしたの!?」
「私、智宏と別れちゃった……」
慌てて家に駆け付けると目を赤く腫らした美桜が出迎えた。
「どうしたのよ、急に」
美桜は化粧もせず、髪も乱し、疲れた顔をして膝を抱えて床に座っていた。
痛々しいほどの衰弱ぶりだった。
「私ってほんと、駄目だ」
「美桜は駄目なんかじゃないよ。何があったの?」
落ち着けさせようと肩を擦ったが、逆効果だったらしく滲んだ瞳からまた一滴涙を溢させてしまった。
「智宏に東京に行かないでって……一緒に地元で進学したいって言っちゃったの」
「えっ」
疾しい気持ちを持っていた私は自らの罪を糾弾されたように動揺を走らせてしまった。
「ごめんね。ビックリするよね。こんな馬鹿なこと言うなんて」
「ううん。そんなことない」
私の動揺を誤解した美桜は自嘲気味に呟いた。その引き攣った顔に心が苛まれる。
「それで、小鹿野君は、なんて?」
「困った顔して『心配するなよ』とか、『寂しい思いさせてごめんな』とか、そんなことを言ってくれたの」
「そっか。小鹿野君は優しいね」
『特に美桜に対しては』という言葉は心の中でだけ付け足しておく。
「うん。でもそれなのに私は……智宏が優しいからつい甘えちゃって、酷いことばっかり言っちゃって」
行かないでと無理を言い、一人で東京に行くなんて愛していない証拠だと罵り、泣きながら寂しい辛いと叫いたらしい。
必死で宥める小鹿野君も次第に表情を曇らせ、それを見て美桜はまた泣いた。
「『そんなに辛い思いをさせるなら、別れよう』って、智宏が言って……別れたくなんてないのに、興奮した私は『その方がせいせいする』なんて言っちゃって」
「なんでそんなことをっ……美桜は、まだ小鹿野君が好きなんでしょ」
「好き! 大好きなのにっ! どうしようっ! ねぇ若葉、どうしよう!」
美桜は私の身体にしがみつき、震えながら泣いていた。
いつも明るくて、私を引っ張っていってくれる美桜が、まるで子供のように怯えて悲しんでいる。
二人が別れてくれて、私にもチャンスが回ってきた。
そんな風にはまるで思えなかった。
心の中ではこうなることを望んでいたのに、むしろ私は自分が失恋したような痛みを覚えてしまう。
でもそんな痛みを感じられることがすごく嬉しかった。
美桜の不幸をチャンスだとほくそ笑まなかった自分に安堵していた。
「……大丈夫。私が……私がなんとかするから」
「無理だよ。だって絶対智宏に嫌われたから」
「そんなことない。小鹿野君は美桜が好きだから別れようって思ったんだから」
美桜の頭を撫でながらそう言った。
「でも」と言って美桜が顔を上げる。
「心配しないで。私も東京に行って小鹿野君の近くに住む。ちゃんと説得するし、悪いことしないか見張っておくから!」
「……本当にいいの、若葉?」
不安そうな顔でそう確認され、思わずドキッとしてしまう。
美桜はただ単にそんな面倒をかけていいのかを気にしただけなのだろうが、私はもっと違うことを訊かれた気がした。
「……もちろんだよ。いいに決まってるでしょ。私達、親友なんだから」
「ごめんね。ごめん、若葉」
「ううん。いいんだよ。ねぇ謝らないでよ」
もらい泣きをした振りをして、目の端に溜まった涙を拭う。
これでよかったんだ。
そう自分に言い聞かせる。
きっと『日付のない日記』のこのはちゃんなら、こうするはずだから。