クリスマスパーティーなど知らないことは背伸びをして書こうとせず、飛ばすのがセオリー
『今年もあとわずか
From:霧谷澪人
十二月ってなんかあっという間に時間が過ぎていくよね。このはさんは受験だから年末年始も返上で大変なんだろうけど。
でもいまが頑張るときだもんね。素晴らしい春を迎えるために頑張ってね!
そういえばこの前このはさんが送ってくれた写真とそっくりの風景を見つけてびっくりしました。まさか同じ町に住んでいたりしてね。
寒い日が続きますのでお体には気を付けてくださいね!』
『メリークリスマス!
From:霧谷澪人
クリスマスは今年もやって来たっ……!
って相変わらず僕はクリスマスもお正月も関係なく原稿に打ち込んでいるんだけど。
きっとこのはさんも受験で似たようなものだろうね。お互い頑張りましょう!』
『あけましておめでとうございます
From:霧谷澪人
新年あけましておめでとうございます!
受験勉強は順調かな? 悔いが残らないように精一杯頑張ってね!
でも受験なんて人生のほんの一部に過ぎないから、結果がどうあってもそんなに思い込む必要はないからね!
メッセージの返信は時間のあるときで結構ですよー
僕の方は相変わらず新作に打ち込む毎日です。お互い頑張りましょう!』
『すいません
From:蒼山このは
クリスマスの返事も、お正月のお返事も遅れてしまい、すいませんでした。ちょっとバタバタしていてお返事出来ませんでした。
受験もいよいよ大詰めです。これからもメッセージは遅くなるかもしれませんが、無事上手くいきましたらまたよろしくお願いします』
返事がないまま僕の方から三通のメッセージを送り、ようやく返ってきたこのはさんのメッセージはずいぶんと簡素なものだった。受験勉強で忙しいのだから仕方ない。
そう思いつつも、胸の奥にわだかまりの波紋が広がった。
彼女からのメッセージ頻度が落ちたのは十二月上旬からだった。つまり阿久津さんのアパートで食事をご馳走になったあとからだ。
あのとき坂の上から見下ろしたあの景色が、このはさんからもらった写真の景色と酷似していた。
よせばいいのについ僕は彼女へのメッセージにそのことを書いてしまった。あのメッセージ以降このはさんのレスポンスが落ちてしまったのは間違いなさそうだ。
相手がどこに住む何者なのか、それを探らないことが僕たちの不文律だった。
それを一方的に破るようなことを言ってしまった僕が悪い。
実際彼女から返ってきたメッセージには『なかったこと』のように坂道の景色については触れられていなかった。
もちろんメッセージが来ない間に写真も送られてこなかったので『日付のない日記』の更新も滞ったままだ。
ただそれに関しては正直有り難かった。
なにせ新刊の『老人と竜』の原稿が遅々として進んでいないので、他の作品を書く余裕がなかったからだ。
今回来た久々のメッセージには写真も添付されていた。
賑やかに飾り付けされたクリスマスツリー、初詣で賑わう神社、黒豆やらくわい、栗きんとんなどが詰められた本格的なおせち料理の写真だ。
「ん?」
その中に一枚、気になる写真が紛れ込んでいた。
男子高校生が一人で参拝する後ろ姿だった。恐らく初詣ではない。制服を着ているところを見ると学校帰りなのだろう。
しかもその後ろ姿は恐らくこのはさんの片想い相手だった。
隣には彼女の姿がない。このはさんと二人で参拝に来たのだろうか。
そこにどんなドラマが流れているのか、想像を巡らせる。物言わぬ写真から物語を膨らませていく。
それが僕とこのはさんの繋がりだ。
職場に到着すると阿久津さんが深刻な顔をして利用者名簿を見詰めていた。
「おはよう」
「あ、先生。おはよう」
「なに見てたの?」
「井戸田さんの、食事リストだよ」
阿久津さんは寂しそうに目を伏せた。
井戸田さんは今年に入り、急に体調を崩して病院に搬送され、そのまま帰らぬ人となった。
「最後にここでなにを食べたのかなって、気になってね」
「この年末年始は、旅立たれた利用者さん多かったよね」
僕の言葉に彼女は小さく頷く。
このような施設で働いていると、どうしても永久の別れは避けて通れない。
僕たちは介護するわけでも、看取るわけでもないが、それでもやはり別れは胸に去来する重いものがあった。
英さんと面識が出来てから、その思いは一層強くなっていた。
「そうだ、先生。今日から英さんは刻み食だから」
「えっ。そうなんだ」
刻み食とは通常のサイズではなく、それを細かく切った食事を指す。理由は様々だろうが、健康が損なわれたということは間違いない。
「年末からずっと元気なかったもんな、英さん」と阿久津さんは寂しげに呟く。
『老人と竜』の着想を得るきっかけをくれた英さんの体調不良は、より一層胸に迫るものを感じた。
風邪をひいて病院に行った時、英さんと偶然出会ったことを思い出す。
元気そうに見えても、年老いた人たちの健康は急変することもある。
死というものを嫌忌し、人目につかないように処理する世界で育った僕は、ここで働くまで死というものについて深く考えたこともなかった。
「また、会えないかな。英さんと」
「うん。今度こっそりと確認してみるね」
阿久津さんは口元に優しげな笑みを浮かべて頷いていた。
翌週の水曜日。阿久津さんは英さんとこっそり会う約束を取り付けてくれていた。
いつもながらおばあちゃんが絡むとすごい行動力だ。
施設から少し離れた喫茶店で阿久津さんと共に待っていると、家族の人に車椅子を押された英さんがやって来た。
「お久し振りですね、先生」
「どうもすいません。無理を言って」
席を立って頭を下げると英さんも付き添いの方も微笑んでくれた。
付き添いのおばさんは息子のお嫁さんとのことだった。英さんとは仲が良さそうで、いわゆる嫁姑のギスギスした関係は感じさせられなかった。
「たまには施設から出てお茶でもしたいから嬉しいわ」
「そう言ってもらえると助かります」
英さんはやって来たウエイトレスさんにスフレチーズケーキと紅茶を注文した。
「さすが英さん。ここのスフレチーズケーキは美味しいですよね」
阿久津さんは嬉しそうに目を細めて笑った。
「阿久津さんのお料理も美味しいですけど、たまにはカロリーを無視したものも食べたいのよ、おばあちゃんでも」
いたずらをするように目配せをする姿は本当に可愛らしい。素敵に年を取った証に思えた。
「でもお義母さん、無理は駄目ですよ。また体調を悪くしたら大変ですから」
付き添いのおばさんは心配そうに声を掛ける。
「心配してくれてありがとう。じゃあほどほどにはしゃぎますから」
英さんは小さく何度も頷いてお嫁さんの目を見て笑った。
「体調崩されていたんですか?」
「大したことないのよ。そもそも年を取るといつもどこかしら悪いの。壊れかけたものを騙し騙し使ってるようなものよ」
「またそんなこと言って。英さんは元気じゃないですか」
阿久津さんが笑いながら英さんの手の甲に手を重ねる。英さんもその上に手を重ねながら「ありがとう」とほほ笑んだ。
「若いっていうのはそれだけで幸せなのよ。何でも出来るし、いくらでもやり直せる。可能性に満ちているわ」
英さんは僕と阿久津さんを交互に見ながら眩しそうに目を細めた。
「でも僕なんて可能性だけ追い続けて、それに伴うものが何にもありません」
「そんなことないわ。先生は本を出してるじゃない。そんなことが出来るのは、ごく限られた一部の人だけ。才能に恵まれてるのにそんなこと言ったらバチが当たりますよ」
英さんの頃と今の時代では本を出版できたという価値はかなり違うのだろうとは思う。それでも僕はその言葉をありがたく受け取った。