神社にお参りしたからといって小説が売れるというわけではないから、過度な期待はせずに参拝しよう
学校帰りに私が向かったのは金色の鳥居が特徴的な神社だった。
学校の近くにあるが、いつ来てもうちの高校の生徒はいない。駅と学校の動線上にないということもあるのだろう。
昔はよく美桜と二人でここに来て、どうでもいい話をしたものだ。
クラスメイトの話とか好きなアーティストの話をして、たまにSNSにアップする動画を撮ったり。どうということないあの時間が、今は堪らなく愛おしい。
そして美桜が小鹿野君を好きだと打ち明けてきたのも、この神社だった。
なんであの時私は美桜に『私も小鹿野君が好き』だと伝えなかったのだろう。そう伝えておけば優しくて友達想いの美桜は身を引いてくれたかもしれない。
「馬鹿馬鹿しい」
浅ましくて惨めな発想を苦笑いで否定する。
たとえ小鹿野君が美桜を選ばなかったとしても、私を選ぶことなんてなかっただろう。
そう分かっているのに「もしも」という無駄な可能性を探る癖がついてしまった。
想いが届かなかった恋より、想いを届けなかった恋の方が、きっといつまでも心の中を黒く蝕んでしまうのだろう。
いつも二人で座っていたベンチに腰掛けて冬枯れの景色を眺めていると、あの時の澪の言葉が脳裏によみがえってくる。
『私、好きな人出来たの』
『えー、だめ。絶対笑うから言わない』
『絶対だよ。約束してよね。みんなにも内緒だよ』
『うん。若葉も知ってる人だよ』
『えー? ヒント? 同じクラス』
『背は高くて、明るい人』
『部活は駄目。絶対バレるし!』
『しょうがないなぁ……サッカー部』
『あ、分かった? いま分かったって顔したでしょ!』
『そうっ! 正解です! って絶対引いてるでしょ! うそ。顔が引き攣ってるし』
「若葉」
名前を呼ばれて驚いて顔を上げた。
「お、小鹿野君」
目の前には不安そうな顔をした小鹿野君がいた。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「いま若葉、すげー落ち込んだ顔してたから」
「気のせいだよ。落ち込んでないから」
焦った私の作り笑顔を見て、小鹿野君は無言で隣に座ってきた。いつも美桜が座っていた、その席に。
「おばあちゃんの具合が悪いのか?」
「ううん。今は全然元気だよ。心配してくれてありがとう」
小鹿野君が物言いたげに私の方を見る。
その視線に気付かない振りをして視線を神社の拝殿に向けた。
「受験が不安で、落ち込みかけてたの」
「えー? 若葉が? 余裕だろ?」
「余裕じゃないよ。物凄くプレッシャー」
イーッと歯を見せて苦笑いする。
「そういえば確か若葉も東京の大学目指してるんだよな」
「まあ一応ね」
「若葉が目指してる大学って俺の希望校と距離的にすげー近いんだな。っていっても俺は若葉よりずっと下のランクだけど」
罪を暴かれたような不安に襲われ、どっどっどっと血流が加速した。私はバレないように息を整える。
「東京に行ったら美桜と離れ離れになっちゃうのにいいの?」
「うーん。それ言われると辛いな。でも言うよな、そりゃ。美桜の親友なんだし」
小鹿野君は頭を掻きながら顔を歪めた。
「でもさ。彼女ももちろん大切だけど、学びたいことを学ぶって大切だろ。美桜には悲しい思いをさせるかもしれないけど、でも人生の大切なことだから。それは美桜も分かってくれている」
「ごめん……余計なこと訊いちゃったね」
「いいんだ。若葉だってそうだろ? やりたいこと、学びたいことのために東京に行くんだろ?」
小鹿野君は少し照れ臭そうに、でも真剣な顔でそう訊ねてきた。
「……うん」
「お互い頑張ろうな!」
私が東京の大学を目指しているのは、小鹿野君の近くにいたいから。そんな理由を知られたら間違いなく軽蔑されてしまうだろう。
美桜からも、小鹿野君からも。そしてきっと『日付のない日記』を書いてくれている先生も。
「よし、じゃあお参りするか」
「お参り?」
「なに不思議そうな顔してんだよ。そのために神社に来たんだろ?」
小鹿野君は呆れた顔をして笑った。美桜とこの神社に来たことはあったけど、お参りしたのは数えるほどだ。
そのうちの一回はもちろん美桜が小鹿野君を好きになったと伝えてきたあの日だった。
見事付き合えることとなった美桜は「この神社のご利益すごいかも!」と言ってはしゃいでいたが、私はそうは思わなかった。だって私の願いは、叶えられなかったのだから。
「ここって学業成就の神様らしいよ」
小鹿野君は小銭入れを確認しながらそう教えてくれた。
「え? 知らなかった」
「先輩とかもここをお参りして合格した人がいてさ。まあ一緒にお参りに来たもう一人の先輩は落ちたらしいけど」
「それ、私も似たような話知ってる」
サラッと実体験を他人事みたいに付け足した。
「マジかよ。じゃあ俺たち二人で参拝したらどっちか落ちるのか?」
「かもね。なんか縁起悪いから小鹿野君だけお参りしてよ」
私はベンチに座ったまま柏手を打つ小鹿野君の背中をスマホで撮影した。
冬の風は冷たく、私の頬を撫でる。お参りを終えて振り返った小鹿野君の顔をジッと見詰める。
その視線に籠められた理由なんて何も知らない彼は、コートのポケットに手を突っ込んで白い息を吐きなから微笑んでいた。