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失恋シーンを書くのが苦手な人は片想いの相手に告白してみよう!

『From:霧谷澪人


 学園祭の写真ありがとう。青春真っ只中って感じだね。いい刺激を頂きました!

 ところで今日は母親が入院したという報せを受けて急遽地元の病院に駆け付けました。いまはその帰り道の新幹線の中です。あ、母は別に大したことなかったのでご心配なく。


 でも親だって年を取っていくんだなと、当たり前のことをしみじみ思ってしまいました。

 親不孝ばかりしてきたし、今現在も進行中な僕が言っても説得力ないけれど、親は大切にしないと駄目だね! 

 帰ったら『日付のない日記』を更新するつもりです!

 よかったら読んでね!では!』


『大丈夫ですか!?

 From:蒼山このは


 お母さん、大丈夫でしたか?大事には至らなかったと書かれていましたが心配です。

 先生のお母さんだったらきっとまだお若いのでしょうね。大事になさって下さい。

 急遽帰郷されるなんて優しいですね。親不孝だなんてとんでもない。お見舞いに駆け付けるなんて親孝行だと思いますよ。


 そして更新ありがとうございました!

 このはさんの恋が急展開で驚きました。まさか友達の彼氏に恋をしていたなんて!

 苦しい彼女の気持ちを丁寧に描写されていたので、とても心に響きました。

 ありがとうございます』


 『日付のない日記』を読んで、私は不覚にも目の奥が熱くなってしまい、慌てて視線を上げた。

 電車の中で読むんじゃなかった。なんの興味もない中吊り広告を見詰めながらそんな後悔をする。


 予想通り先生はあの写真で私の思い人が友達の彼氏だと気付いてくれた。誰にも話せない苦しみを霧谷先生に共有してもらえて、荒れた心は少しだけ慰められる。


 それに私の心の描写も見事だった。誰にも言えない苦しみも、小鹿野君にちょっと優しくされたら喜んでしまうことも、彼を好きになるほど美桜に罪悪感を抱いてしまうことも、すべて理解してくれていた。

 友情も恋もどちらも大切で、どちらも面倒臭い。

 そんな私の心情が作中に描かれていた。


 そしてそこには説教臭さも、安っぽい慰めもない。ただ悩み苦しむ私に寄り添ってくれるような文章だった。

 現状は何も変わらない。でも心は慰められた。

 小説というものはそういうものなのかもしれない。

 最寄り駅に着き、涙を無理やり引っ込め、電車を降りた瞬間だった。


「若葉、今帰り?」


 突然背後から声を掛けられた。


「お、小鹿野君っ……」


 ちょうど思い浮かべていた人から声を掛けられ、恥ずかしいくらいに驚いてしまう。その瞬間に電車は扉を閉め、ゆっくりと走り去っていった。

 タイミングから考えて私と同じ電車に乗っていたことは間違いない。

 まさか涙ぐんでいたところを見られてしまったのだろうか。

 彼の家の最寄り駅はここよりもう少し先のはずだ。焦る気持ちを何とか隠して平然を装う。


「なんでこの駅に?」

「えっ……ほら、久々にあのたい焼きが食べたくなってさ」

「あの高架下の店の?」

「そうそう。一緒に食おうぜ」

「私はいい。太るし」

「いいじゃん。若葉は痩せてるから問題ないって」


 早く一人になりたかったのに、よりによって小鹿野君と会うなんてついてない。

 でも断り切れない私は、小鹿野君と駅を出て高架下を歩いていた。


 錆びたトタンの看板にたい焼きののぼりが目印の持ち帰り専門のお店だ。店内はたい焼き器と冷蔵庫しかないこざっぱりとした造りである。

 メニューはたい焼きとアイスクリームしかなく、注文は窓越しに行う。

 おばあさん一人でやっていて、顔馴染みのおじいさんやおばあさんが立ち話ついでに買っていく。そんな採算性以外のところに存在理由があるようなお店だった。


「たい焼き二つ」


 小鹿野君が注文するとおばあさんはにっこり微笑んで作り始めた。

 普段さほどお客さんはいないので作り置きはなく、注文したら焼いてくれる。その為いつも焼き立てを食べられるのが嬉しい。

 以前美桜と小鹿野君に紹介し、味や雰囲気を大層気に入ってくれていた。


 たい焼きは小鹿野君が払ってくれたので私が飲み物を買い、二人で近くの公園のベンチに座った。焼き立てを入れた紙袋からは甘くて優しい香りが漂っている。


「熱っ! 相変わらずうまいなぁ!」


 小鹿野君は口をハフハフさせながらたい焼きを頬張る。

 自分が好きなものを好きな人も気に入ってくれる。それはささやかだけど、とても嬉しくて幸せなことだ。


「ここのたい焼きって昔から変わらない味なんだ」


 尻尾から噛むと、表面のカリッとした歯触りと生地の風味が口に広がる。


「若葉は昔から食べてたんだな」

「うん。うちのおばあちゃんとたい焼き屋のおばあさんが友達でね。元気な頃はよく連れてってもらっていたの。その頃から変わらない。味も、店の雰囲気も、おばあさんの見た目も」

「若葉のソウルフードってやつだな」


 小鹿野君は熱々の餡をお茶で流しながら笑っていた。

 ベンチに隣同士に座って大好きな人と大好きなたい焼きを食べる。

 小さい頃から夢にまで見たシチュエーションなのに、胸が苦しくなるだけだ。

 まるで意地悪な神様が叶えてくれた、一番大切なところが欠けた願いのようだった。


「食べないの?」

「うん。今お腹いっぱいで。ごめんね」


 尾が短くなったたい焼きを袋に包み、鞄の中にしまう。


「なんか辛いこととか、あった?」


 小鹿野君は急に声のトーンを下げ、穏やかな口調でそう訊ねてくる。


「やだな……もしかしてさっき電車の中で泣いてるとこ、見られちゃってた?」

「ごめん」


 優しくするのに謝るのが、小鹿野君らしい。

 私が彼を好きになったきっかけも、それだった。


 高校に入学してすぐ、私は自転車で転んで骨折をした。

 幸いそれほど酷くもなく、松葉杖をついて登校していた。階段を昇るのが一人では難しく、でもまだ誰も友達もいない。

 そんな時、最初に助けてくれたのが小鹿野君だった。


『余計なことだったら、ごめん』


 そう言って彼は松葉杖を持って肩を貸してくれた。

 普段はふざけてばかりで言動も軽薄だけど、本当は思い遣りがあって優しい。何より親切をするとき、謝るのがすごく素敵だ。

 助けてもらうというのは、ときに気恥ずかしいときもある。

 けれど『ごめん』と言われてから手を貸してもらうと不思議と素直に親切を受け入れられた。


「相変わらず優しいね、小鹿野君は」

「優しい? 俺が? そんなの言われたことないし」


 惚けた顔をしておどける顔にわざとらしさや得意になる様子はない。この気遣いや優しさは無意識のものなのだろう。

 思わず高校一年生の時に優しくしてもらったことの感謝が喉元までこみあげてしまっていた。

 しかし——


「美桜なんて『もっと優しくしてよね』って文句ばっかだからな。若葉からも俺が優しいって言ってやってくれよ」


 その一言で蹌踉めきかけていた気持ちが寒風に吹き付けられたように正気に戻った。


「えー? 賄賂はたい焼き一つ? 安すぎない?」

「賄賂じゃねーし!」


 大切な思い出をまた一つ、こうして冗談に変えてしまう。


「電車で泣いてたのはね、おばあちゃんのことが原因なの」


 秘密を吐露するような抑えた声で嘘をつく。


「おばあちゃんの具合が悪いの?」

「うん。病気でね。もう長くはないんだって」


 小鹿野君はハッと息を飲み、苦しそうに唇を噛んだ。


「ごめん。そんなことも知らず、おばあちゃんとの思い出のたい焼き屋に行くなんて」

「ううん。むしろよかった。私もあのたい焼き屋のこと忘れかけていたから。今度買ってお見舞いに行ってみる」


 小鹿野君と美桜が付き合いだしてから、私は嘘をつくのだけは上手くなった。

 今ではもう、それが悲しいことだとさえ思わなくなっていた。


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