そういえば主人公の本名をまだ決めていなかったことに気付く
「母さんが入院した」
父さんからそんな短いメールが届いたとき、心臓が縮み上がった。
意図してないのだろうが、やけに短くそれだけ書かれたメッセージが不穏に感じさせられた。
たった一行の父からのメールに何万字もの妄想を抱き、僕はすぐさま新幹線に乗って地元へと急いだ。
次から次とトンネルに入るぶつ切りの景色の中、想像は楽観的と悲観的を交互に繰り返していた。
(母さんが入院……何があったんだろう)
電話じゃなくてメールだったので恐らく大したことではないのだろう。
いや、喋ることさえ出来ずにメールにしたのかもしれない。
父さんに病院名を訊くメールを送ると『小磯総合病院西二階205号室』とやはり短い返事が来た。
僕と父さんは大学卒業以来、一度も口を利いていない。メールのやり取りですらなかった。
そりゃそうだろう。
苦労して育てて学費も出して大学まで出たのに、まともに就職もせずに小説家になるなんて言ってるのだ。口もききたくない気持ちも分かる。
新幹線がまたトンネルに突入し、窓に僕の顔が映って思わず目を逸らした。
僕が初めて小説じみたものを書いたのは小学五年生の頃だ。
トリックもろくに考えていないミステリーと呼べないミステリー小説だったけれど、それを読んだ両親はとても喜んでくれた。あのときの喜びがその後の僕の創作の種火みたいなものになった。
末は芥川賞作家かベストセラー作家か、と浮かれていた父さんの顔を思い出す。
でも当たり前だけど父さんは本当に作家になることを望んでいたわけではなかった。もしかすると父さんはあのとき僕を褒めたことを今でも後悔しているかもしれない。
新幹線を降りたあとローカル線を乗り継ぎ、病院の最寄り駅に辿り着く。駅前には昔ながらの商店街が残っていた。
「懐かしいな」
幼い頃病院に行くために母に連れられて来たときと同じ光景だった。
あの頃から古びた街並みだと思ったものだが、令和の時代になっても変わっていないことに軽く驚く。
それは萎びてしまっても決して力尽きないという老木にも似た静かな逞しさを感じさせられる風景だった。
お見舞いの品を買ってきていなかった僕は八百屋に立ち寄る。ザルに陳列された果物からは甘く清々しい香りが漂ってきた。
普段果物を買わない僕は、意外に高額な値札に怯んだ。
とてもじゃないがお見舞い用の籠盛りなんかに出来そうもない。梨と林檎、そして少し奮発して葡萄を一房購入して包んでもらう。
(病院まではバスで行くか)
思わぬ出費に心許なくなった懐事情を鑑みて、タクシーは諦めてバス停のベンチに腰掛けた。
『ふれあい商店街』と書かれたあちこちが錆びたアーチ看板には『買い物は是非最寄りの商店で!』という剥げかけたペンキの文言が躍っている。
触れ合おうにも人気の少ない商店街だったが、バスの発車時間が近づいてくるとどこからともなく人が集まってきた。
病院行きという性質上からか、それともそもそもこの辺りの住民はみんなそうなのか、やって来るのは高齢者ばかりだった。
バスに揺られること十五分、母さんの入院する小磯総合病院に到着した。
昭和の終盤に建てられたような、レトロと呼ぶには風情のない古びた建物だ。
受付で見舞いであることを伝えて病室に向かう。
大部屋の前で母さんの名前を確認すると、今さらながら緊張が走った。
病室は四人部屋で母さんのベッドは窓際に位置していた。
僕が来るとは知らない母さんはベッドの上で半身を起こした姿勢で窓の外を眺めている。その髪は僕の記憶の中の母より、ずいぶんと白いものが目立っていた。
「やあ、母さん」
昨日も一昨日も顔を合わしていたかのようにさり気なく声を掛けると、母さんはやや驚いて振り返った。
僕の名前を呼ぶ声は、驚きと喜びが入り混じっていた。『先生』でも『霧谷澪人』でもない本名を呼ばれたのは久々な気がした。
「どうしてここに?」
「父さんが教えてくれた。それより大丈夫なの?」
「ええ。入院なんて大袈裟なのよ。ちょっと心臓がバクバクして目眩がしただけなのに。お医者さんってすぐになんでも病名をつけたがるでしょ。こんなのただの目眩と脈の乱れよ」
母さんは昔と変わらない陽気な様子で笑った。
「そんなこと言って。お医者さんに聞かれたら怒られるよ」
お見舞いの果物を渡すと母さんは大袈裟に喜んでくれた。
昔から母さんは心臓が強くない。それほどひどい状況ではないので、つい忘れてしまいがちだが、時おりこうして体調を崩すことがあった。
「それでどうなの。『先生』のお仕事の方は」
梨を剥きながら訊ねてくる。『先生』に強いアクセントを置いているのは嫌味とからかい半々の響きだ。
「いま編集者さんと新作の構想を練ってるところだよ。今回のコンセプトは悪くないって編集者さんも好感触だし」
「そう。よかったじゃない。頑張りなさいよ」
母さんはのんびりとした口調でそう言った。
この年になり心配ばかりかけてしまっている現状が情けなくて、唇をそっと噛んだ。
「お父さんも応援してるのよ」
「父さんが?」
「こないだ職場の人をうちに連れて来て家で飲んでたんだけど」
剥き終わった梨を渡されたが食べずに話の先を待った。
「うちの息子は作家なんだって。すごいだろって。酔った勢いで自慢しだして」
「へえ。父さんが」
「売れるわけないのに馬鹿な奴だって笑って、でも子供の頃からすごく文章が上手なんだって熱く語っちゃって。普段小説なんて読まないのに、あんたの小説は何回も読み直してるの」
なんて答えるべきなのか分からず、梨を噛んで誤魔化した。
父さんが僕の本を読んでくれていたなんて、思いもしなかった。嬉しいような、恥ずかしいような気分だ。
「まあどうなるかなんて分からないけど、一度選んだのならやれるだけ頑張りなさい。後悔しないように」
「うん。ありがとう」
「それで大ヒットしたら親孝行しなさいよ。お母さんはお父さんとクルージングの旅に行くのが夢だからプレゼントしてよね」
「クルージング? それはすごいな。分かったよ」
「豪華客船で行く地中海クルージングだからね。瀬戸内海をポンポン船で行くようなのは嫌よ」
そんな憎まれ口を叩いて笑った。こんな馬鹿で親不孝な息子でも結局は苦笑いで許してくれる。親っていうのは本当にすごい。改めてその偉大さと優しさを思い知らされた。
それと同時に今回の入院をきっかけに、親だっていつまでも元気なわけではないということも実感した。
「この梨、美味しいわね」
「母さんは昔から梨好きだよね」
母さんは大袈裟に喜んで微笑む。クルージングは無理でも、いつか梨を好きなだけ食べさせてあげたい。
それも鳥取産の最上級のやつだ。
「来てたのか?」
父さんが不機嫌そうな顔をしてやって来た。
まるで話が一区切りつくのをドアの向こうで窺っていたんじゃないかというタイミングだ。
母さんも同じことを考えていたのか、僕と目を合わせて目許で笑っていた。
「報せてくれてありがとう」
駅まで送ってくれた父さんにお礼を述べる。
「こちらこそ、わざわざありがとな。見舞いに来てくれて。母さんも喜んでいた」
相変わらずムスッとした顔をしているが、その声はいつもより優しい。
「今回は大した症状じゃなかったけどな。まぁ俺たちも年を取った。お前もたまには帰ってこい。母さんも寂しがってる」
「わかった。ありがとう」
「じゃあ、しっかりやれよ」
父さんは僕の肩をぽんっと叩き、そのまま背を向けて歩き出す。
伝えなきゃ。
僕はその背中に慌てて声を掛けた。
「ごめん。父さん。心配かけて」
父さんは振り返り、そして笑った。
「馬鹿か。子供が親に心配かけるのは当たり前だ。心配するなっていわれても心配するのが親なんだよ」
「でも僕はなんの親孝行も出来てなくて」
「親孝行なら今日しただろ。わざわざお見舞いに来てくれて」
「今は全然駄目だけど、いつか必ず成功して、もっと親孝行するから」
「なに言ってんだ。そんな恩着せがましいのは親孝行なんて言わねぇよ。親をナメんな。お前にはもう充分、親孝行してもらってるよ」
父さんは呆れたように笑って僕の頭をがしがしっと粗っぽく撫でた。そんなところに涙のツボがあるなんて、僕ははじめて知った。
新幹線のシートに身体を沈めて、ぼんやりと窓の外を眺める。行きと同じ風景なのに随分と違って見え、縁もゆかりもない土地はなぜか懐かしい場所のように感じた。
スマホからGroup Fruitsのサイトにアクセスするとこのはさんからメッセージが届いていた。
『秋の木漏れ日
From:蒼山このは
すっかり秋になりましたね。涼しくて過ごしやすいです。
今日は近くの公園に行き、散歩をしました。まだ色付く前の木々の葉から木漏れ日が降り注いで気持ち良かったです。』
そんな文面だが、添付されていた写真は散歩のものではなく文化祭のものだった。相変わらず本文と写真はリンクしていない。
「へぇ。なんか愉しそうだな」
高校の廊下は風船やらイラストなどで飾られており、即席のテーマパークのようだった。
体育館のバンドが演奏、客呼びの声、ポップコーン機から漂うバターの香り。写真からは様々な音や匂いが溢れてきそうだった。
彼女のクラスがやっているであろう喫茶店の写真も添えられていた。やけに本棚がたくさんあるので本が読めるカフェだったのだろう。
本棚が映っていると拡大してしまうのは作家の職業病だ。
ちゃんと僕の本もある。このはさんが置いてくれたのだろう。
「ん? これは」
その一枚を見て、写真を捲るフリックの指が止まった。
それは手を繋ぐ男女の後ろ姿だった。
髪型から見て男の方はこのはさんが思慕する男子だろう。窓の外は夕陽で赤く染まっているので恐らく文化祭が終わった後だ。
問題はその写真の構図だった。
人気のない校舎でこっそり手を繋ぐ二人。写真はその真後ろから撮影されている。
とはいえ隠し撮りをした様子は絵面から伺えなかった。
つまりこれだけの至近距離から撮影しているということは、このはさんがこの二人と仲がいいということを示している。
「このはさんの片想いの相手って、友達の彼氏……ということなのか?」
考えすぎなのかもしれない。そう思って一度思考を振り払ってみたが、その想像は消えてくれなかった。
(そんな……まさか……)
もしそれが事実であるならば、それはまさに地獄である。
友達や恋する人が幸せになるたびに苦しみ、それでも悟られないように笑顔で祝福しなくてはならない。
恋と呼ぶにはあまりにも痛々しい、生肌が捲れた傷口のような想いだ。
これまで彼の姿はひっそりと写っていただけだ。気付かなければ見落としてしまいそうな程度にしか写っていなかった。
それが突然女子と手を繋いでいる写真を送ってきた。これは僕に対するメッセージなんだろうか。
『もしかすると君は、僕だけには自分の苦しみを伝えたかったの?』
メッセージの返信にそんなことを書きかけて、全文削除した。
もしそうだとしても、彼女が僕に求めるのはありふれたテンプレートをコピーアンドペーストしたような同情の言葉じゃない。
このはさんは僕にしか書けない『彼女の物語』を書くことを望んでいる。
僕は小説家だ。人の心に寄り添うのも、笑わせるのも、励ますのも、時に苦言を呈するのも、全て小説にしなくてはいけない。それが出来ないなら、小説家を名乗る資格はないだろう。
いても立ってもいられなくなり、僕はスマホのメモ機能を利用してこのはさんの物語の下書きを始める。新幹線が僕の住む街に着く頃には、きっとこの思いは小説として紡がれているはずだ。