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逆転の発想!何万字も書いてからその内容を元にプロットを作る

 駅前の喫茶店に移動して新作のプロットで悩んでいることを打ち明けた。

 プロットがなにかすら知らなくても、彼女は真剣に僕の話に耳を傾けてくれていた。

 僕の新作案が老魔法使いと若者の成長と冒険、そして介護の話だと知った阿久津さんは驚いた顔をし、それからは更に熱を帯びた相槌を打って話を聞いてくれた。


「そうなんだ。ファンタジーで介護か。変わってるね」

「こないだ科学館に行ったでしょ? あの時発想が生まれたんだ。英さんと話をしてね。なんか一気に気が楽になったというか……無理に肩肘張らなくていいんだって」


 若者にウケる小説を書くことこそが今の時代に求められる小説だと言ってくれた英さんの言葉を伝えると、阿久津さんは小さく何度も頷いた。


「あー、分かる。英さんって人の気持ちを楽にさせてくれる言葉をくれるよね」

「阿久津さんもあるんだ、そういう経験」

「うん。あたしが悩んでることを相談したら、いつも素敵な答えを返してくれるの。それは悩みなんかじゃない、あなたのいいところだって」


 僕の時と同じだ。悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなるくらい、ポジティブな気持ちにさせてくれる。

 英さんは本当に伝説の魔法使いのようだ。


「編集者さんからライトノベルで介護の話なんてあり得ないって言われた。でもあり得ないからこそ、面白いし可能性があるとも」

「なるほど。伝説の魔法使いおばあちゃん、いいね。私も絶対好きになりそう」

「だけどやるんだったら、あと一歩踏み込んで欲しいって言われたんだ。でもそのあと一歩っていうのが分からない」


 介護の現場にいるとは言い難い僕には、介護の現実というものがどうしても掴めなかった。

 阿久津さんはストローでグラスの底にある氷をぐるぐると回しながら「んー」と唸って何もない虚空を見詰めていた。


「あたしは小説とかよく分かんないんだけど」


 そう前置きしてから彼女は続けた。


「一歩踏み込むというのは何も介護のリアリティーをファンタジーの世界で描くってことでもないんじゃない?」

「というと?」

「英さんも言ってたでしょ? 若者にウケる小説を書くことこそが大切だって。でも若者はお年寄りを毛嫌いすると思うの。汚いとか、キモいとか。そこまで露骨じゃなくても軽い嫌悪感は持ってるんじゃないかな?」


 その一言がチクッと僕の胸を指す。

 正直僕も最近までお年寄りにマイナスのイメージしかなかった。

 祖母がソフトクリームを食べるのに手をベタベタに汚していたのを見て思わず目を背けた幼き日の思い出が甦る。


「でもお年寄りって、こんな言い方すると失礼かもしれないけど、可愛いよ。そして優しい。それに経験が豊富で色んなことも教えてくれる」

「そうだね。ちゃんと向き合ったことがないと分からないけど、お年寄りって魅力があるね」

「そうでしょ? だったらそこを踏み込んだらどうかな?」

「そこ?」

「うん。伝説の魔法使いのおばあちゃんの知恵や優しさ、そして可愛さ。そこをもっと掘り下げて、新しいお年寄り像を描くの。そもそも先生もそういうところに興味を持っておばあちゃんの出て来る小説を書こうと思ったんでしょ?」


 阿久津さんは人差し指をピンッと立て、にっこり微笑んだ。


「そうか。確かにそこは欠けていたかもしれない」


 僕の描いていたおばあちゃん魔法使いは頑固で、厳しくて、口うるさくて、若者を憂う。謂わば昭和の時代から受け継がれたようなおばあちゃん像だった。

 でもこれは僕が経験したおばあちゃんではない。謂わばフリー素材のような人物像だ。


 今や時代は昭和はおろか平成も終わり、令和に突入した。

 今のお年寄りはパンの朝ご飯を食べる人の方が多いし、足腰もしっかりしていてちゃんと歩けるし、ダンスだってしている。なんなら恋をしているお年寄りの話も聞くくらいだ。


「愛すべきおばあちゃんを描いてみなよ、先生」

「なるほど! ありがとう、阿久津さん!」

「なんて、偉そうに無責任なこと言うのは簡単なんだけどね。実際描くのはすごく難しいんだろうけど」


 阿久津さんは照れ臭そうに歯を見せて首筋を掻く。


「でも凄いなぁ。また次の作品が本になるなんて」

「まだ企画も通ってないよ。それに前回からもう二年近く経ってるんだからちっとも凄くないって」

「そうかなぁ? 何年かかっても本が出せない人なんて沢山いるんだから、やっぱりすごいよ」


 二年間も足踏みしていた気分だったが、そう言われると救われた気になる。


「実はあたしも今度メインで調理出来そうなんだ」

「そうなんだ? それはすごいね。おめでとう!」


 彼女はプロとして調理経験がないから元々は僕と同じで盛り付けの仕事で入社した。

 でもシェフの中西さんなどに教わって、今では料理補助の仕事もしている。その向上心は見習いたい。


「まだ本決まりじゃないけどね。徐々に馴らしていずれ一人で調理を任せて貰えるみたい」


 彼女の目は希望で輝いていた。僕は自分のことのように嬉しい反面、置いて行かれないようにと気が引き締まった。


 家に帰ってから仕事用のアドレスを確認すると鳳凰出版の藤代さんからメールが届いていた。

 プロットの督促メールだろうか。少しばつが悪い思いをしながら内容を確認する。

 しかし内容は今度別件の出張で近くに来るので、会って打ち合わせが出来ないかというものだった。


「へぇ。出張で来るのか」


 ついでとはいえわざわざ時間を取ってくれるのだから、悪い話ではない気もする。そんな淡い期待を抱き、単純な僕はちょっと胸が高鳴らせながら返信のメールをしたためていた。



 藤代さんに指定されたのは新幹線の駅にある喫茶店だった。

 既に藤代さんは到着しており、最近発売された文芸小説を読んでいた。仕事関係のものかもしれないが、こんな時でも読書するなんてよっぽど本が好きなのだろう。


「お待たせしました」

「あ、先生。ご無沙汰してます」


 藤代さんは本を置いて立ち上がって頭を下げてくる。

 メールでのやり取りはあるが、顔を合わすのも数年ぶりだ。凜とした顔立ちも、ぴしっと伸びた背筋もはじめて会った時と変わっていない。


「すいません。プロットをまだお送りで来てなくて」


 言われる前にこちらから謝ると、藤代さんも頭を下げてきた。


「いえいえ。慌ててはいません。それよりもいいものを創ることを優先しましょう」


 藤代さんは静かに、だけど力強くそう言った。


「前にもお話ししましたけれどファンタジーやライトノベルの世界観で介護というテーマは合いません。禁忌と言っていいくらいに。でもだからこそ、そこに大きな可能性も感じます」


 その言葉に僕も頷く。


「藤代さんのその言葉を、僕なりに考えてみました」


 用意してきた原稿を鞄から取り出す。


「その答えというには粗削りだし、辿々しいと思いますけど、冒頭から一区切りのエピソードまで、五万字ほど書いてみました」

「えっ!? プロットじゃなくて本文書いていたんですか!?」


 藤代さんが驚くのも当然だ。

 プロットも通ってないのに本文を書くなんて尋常じゃないし、そもそも効率的じゃない。でも朧気なプロットを書いていても僕の場合構想が煮詰まってこなかった。

 だから先に本文を書いてから伏線になりそうなものや人物像を詰めていき、それを元に逆にプロットを創ろうという馬鹿げたことを思い付いたのだった。


 少し驚いた顔をした藤代さんは「拝見致します」と告げてからその原稿をその場で読み始めてくれた。

 お洒落さよりも利便性を求めたこざっぱりとした店内では、ざわつきを中和する音量で流行歌が流れている。

 僕は緊張しながら文字を追う藤代さんの顔を見詰めていた。


「うん。凄くよくなったと思います」


 息継ぎをするように原稿から顔を上げた藤代さんの第一声はそれだった。


「大魔導師ナフサのチャーミングなおばあちゃんというキャラ、とても素敵だと思います。それにこの主人公のミストも、頼りなさげなんですけど優しくて意外としっかりしたところもあって面白いです」

「ありがとうございます」


 照れ臭くて目を逸らすように頭を下げる。

 ミストとは霧谷から取ったし、大魔導師のナフサはもちろんハナフサさんから拝借した名前だ。


「でもまだまだブラッシュアップ出来そうですね。帰りの新幹線でもう一度じっくりと読ませて頂きます」


 緩みかけた表情を引っ込めながら藤代さんは原稿をトントンとテーブルで整えてからファイルにしまう。

 相変わらず妥協がなくクールな姿勢は貫く人だ。でもだからこそ信頼できる。


「よろしくお願いします」


 僕は娘を送り出す父のように頭を下げた。


「それはそうと先生の新作、読ませてもらってますよ」

「新作?」

「Group Fruitsにアップしている『日付のない日記』ですよ」

「えっ!? あれ読んで下さってるんですか!?」


 まさか編集者さんに読んでもらっているとは夢にも思っていなかったので冷や汗が噴き出した。


「あちらも素敵な作品ですね。やっぱり先生はファンタジー以外も書けそうです。どんな着想で書き始めたのですか?」

「て、適当に思い付いたことを書いてるだけの、手慰めみたいなものです」


 まさかネットで知り合ったファンの子から写真をもらってそれを元に書いているなんて、作家の肩書きを利用した新手のナンパ紛いのことをしているとは言えない。


「手慰めだなんて。ヒロインの蒼山このはさんが活き活きと毎日の生活を楽しんでいるのが伝わってきて、とても面白いですよ」

「ていうか、なんであんなの読んでるんですか」

「なんでって。担当作家の先生が描いた新作ですから。担当編集者として読むのは当然です」


 当たり前の口調でそう答えられたことが、とても嬉しかった。

 編集者さんがそう言ってくれる限りは、僕はまだ作家でいられる気がした。


「最近このはさんは文化祭で忙しそうですよね。このあとどんな展開なんですか?」


 憧れの男子が女の子と親しげに並ぶ写真を思い出し、心に少し痛みが走った。


「それは、まあ。秘密です」

「ええー? いいじゃないですか。教えて下さいよ。乾君と上手くいくんですか?」


 そう言われても僕だってどうなるのかなんて分からない。なにせこのはさんから送られてくる写真が物語を導くのだから。


「どうなるのかはまだ分かりません。でもきっと幸せが待ってます」


 そう。この先どんな展開が待っていて、どんな結末が待っているのかは僕には決められない。

 でもどう見せるのか、どう表現するのかは僕が決めることだ。小説とはどんな結末なのかということより、そちらの方が大切なことなのかもしれない。


「必ずや藤代さんの期待を、いや期待以上のものを考えてみせます。『日付のない日記』も、大魔導師介護の小説も」

「はい。期待してお待ちしてます」


 きっと僕にその一言を言わせたかったのだろう。藤代さんは嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。



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