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売れない小説家のくだりだけはやけに生々しく描写すること

 Group Fruitsのサイトにアクセスし、新着の感想を確認して返事をしていく。

 七割は肯定的な意見で、三割は否定的な意見だ。

 でも僕はその三割の方にも同じ熱量で返事を書く。

 もちろん内容をほとんど読んでなさそうな、他人の批判を真似て罵声を浴びせてくるような感想は無視するが、ちゃんとした批判なら返事をする。


 商業出版をした経験があるなら誰でも知っていることだが、小説などの創作に対する『好き』の対義語は『嫌い』ではない。『無関心』だ。

 売れない小説には否定的な意見など書かれない。

 ただ、ひたすら、なにもなかったように無視されるだけだ。


 その点Web小説は読者の反応がある。

 それにまっとうな否定的な意見というのは、本編を読んだ上で書かれている。歯に衣着せぬ物言いだけに頷ける意見も多い。


 アンチ的な意見を嫌ったり無視したりする人もいるし、そういう人を否定するつもりは毛頭ないが、僕は否定的な意見も大切に感じていた。

 何が足りなかったのかを教えてくれるその言葉には、きっと僕を成長させてくれることが隠されているはずだ。

 感想を返しているのメッセージ着信の音が鳴った。差出人は案の定このはさんだ。


『季節の移ろい

 From:蒼山このは


 季節はすっかり秋になりましたね。半袖の人も見なくなり、陽の光も柔らかくなり、風は少し冷たくなりました。暑い盛りはあんなに大変だったのに、今では何だか少し恋しいです。なんて、私はずいぶん自分勝手ですね。

 でも人は通り過ぎるまでそれが幸せだったなんて気付かないものなのかもしれません。不幸の最中だと不幸だって敏感なくらいに気付くのにね。


 プロットの方はいかがでしょうか?なにもない無の状態から物語を生み出すというのは本当に大変で苦労も尽きないと思います。

 でもだからこそ完成したときの感動もひとしおなのでしょう!

 大変だと思いますが頑張って下さいね!応援してます!』


 今回はいつもよりちょっと固くて重い内容だ。なにかあったのだろうか。夏の終りを憂うだけにしてはやや感傷的な印象を受けた。


 添付されている写真は三枚で、いずれも文化祭に纏わるものだった。もうそんなシーズンなのだと改めて感じる。

 僕の通っていた高校でも文化祭は一応あった。

 しかしステージでの発表がメインで模擬店の類はなかった。このはさん達の高校は大々的に行うのか、模擬店もあるらしい。一枚の写真には放課後の教室で店舗を飾る壁紙を描いている姿があった。


「あれ?」


 その写真にしゃがんで絵を描く二人の男女が写っていた。

 男の方は髪形や体格から考えてこのはさんの片想い相手に違いなかった。その隣にいる女の子は、誰なのだろう。

 恐らくこの写真はこのはさんが撮っている。だから隣に座っているのがこのはさんということはないだろう。


 嫌な胸騒ぎがぞわぞわっと脳から全身へと広がった。

 彼とその女の子の距離は近い。肩を寄せ合い、肘が当たる距離だ。


「まさか……」


 もう一度メール本文を読むが、やはり写真についての言及はない。

 でも写真を見てから読むとかなり印象が変わった。もはやそれは、夏の終りを憂う文章ではなくなっていた。


 クラスメイトが集まる教室でこれほど親しげに並んで座っているのだ。二人は周りに隠すことなく普通に付き合っている恋人同士なのかもしれない。

 あまり華やかとは言えない高校生活を送ってきた僕ならではの早合点なのかもしれないけれど、でもそう思わせるくらいの親密さを感じさせる一枚だった。


「だとしたら、このはさんは……」


 彼女がいる男子に片想いをしている、ということになる。

 同級生の話だから誰にも相談できない恋なのだろう。

 もしかすると彼女は僕にそれを打ち明けたくて、この写真を送ってくれていたのかもしれない。


 彼女を励ましたい。

 強くそう願った。

 でも下手な言葉は余計に彼女を傷付けるだけだ。ストレートに伝えたら余計に嫌な思いをさせてしまうかもしれない。


(考えろっ……僕は文章を、言葉を紡ぐ仕事をしてるんだからっ)


 ギリッと奥歯を噛み、ただひたすらにこのはさんの心に届ける言葉を探していた。


『文化祭

 From:霧谷澪人


 このはさんの学校では大々的に文化祭をするんだね。愉しそうで羨ましい。高校の頃が懐かしいよ。

 あんまりいい思い出なんてなかったけど、でも今思い返すとそういうのも全部含めていい思い出だと素直に思える。


 夏の終りは寂しいけれど秋も、冬も、春も、素敵な季節だよ。

 それに知ってる?夏はまた来年も来るんだよ。

 だから今は秋を満喫しよう!』


 さして気の利いていないし気障なメッセージだ。でもどうしてもこの言葉を伝えたくて、僕は勢いでメッセージを送信した。

 でもその日のうちに返信が来ることはなかった。



 もっといい言葉があったんじゃないだろうか。

 どこか押し付けがましい言い方になってしまっていたんじゃないか。

 上から目線の説教臭い言葉になっていなかっただろうか。


 メッセージの返信が来ない時間というのは、人を不安にさせたり、想像力をマイナス方向に逞しくさせる。

 そんな不安に駆られていると、次第に新作のプロットが上手くいかないのも似たようなことが原因なんじゃないかと思えてきた。


 僕は必要なところで必要な言葉が選べない。だから人の心を動かす物語が紡げないんじゃないだろうか。

 終始上の空の僕は、仕事中にミスを連発してしまった。食事を刻んで提供しなくてはいけない利用者さんに普通のものを出してしまったり、匙をつけなきゃいけないのに忘れたり。

 つまらないミスなので大事には至っていないが、介護スタッフからはこれ見よがしに叱られてしまった。


「先生ぇー!」


 さっさと着替えて帰る途中、阿久津さんが慌てて追い掛けてきた。


「何かあったの? なんか上の空じゃない?」

「ごめん。迷惑かけて」

「迷惑なんかじゃないけど」


 阿久津さんは少しムッとした表情に変わった。


「なんか悩んでるなら相談してよね。あたしたち、仲間でしょ?」

「そうだけど。でも小説の話だし」


 仲間と言ってもらえたのは嬉しかった。しかし小説の相談はし辛いし、ましてやこのはさんの相談なんて出来るはずもない。


「そりゃあたしはバカだし、小説のことは、あんまよく分かんないけど」と阿久津さんは悲しげにやや目を伏せ、それから顔を上げた。


「でも悩みを聞くことは出来るし。話せば少しは楽になるかもしれないでしょ」

「うん。ありがとう」



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