あとから読者に突っ込まれてもいいように不自然でも伏線を張っておくこと
『日付のない日記
From:霧谷 澪人
僕も風邪を引いてしまいましたが、病院に行き、一日寝ていたらずいぶん快復しました。やっぱり無理はよくないね。でもゆっくりと寝ていたお陰で今日からまた小説が書けそうです。
病床でこのはさんからもらった写真を見て、僕はようやく気付きました。僕が書くべきこのはさんの物語を!
事件も起きず、ただ健やかなる時を生きる君の日常を、僕は書きたい。
タイトルは『日付のない日記』です。
これからも写真を下さい。その筋書きのない物語を、僕は綴ってみたいと思う』
『ありがとうございます
From:蒼山 このは
素敵なお言葉を頂き、ただただ感動してます。
何も起こらない物語というコンセプト、『日付のない日記』というタイトル、胸を打たれました。とても素敵です。
ありがとうございます。さすがは作家の先生ですね。
もちろんこれからも写真を送らさせて頂きます。でも本当に無理はなされないで下さいね。気が向いたら、時間があったら、で結構ですので』
『編集会議
From:霧谷 澪人
先日お話しした伝説の魔法使いと落ちこぼれの新作ですが、鳳凰出版の編集会議にかけてもらいました。結果はもう少し練り直してプロットの再提出となりました。
ようは会議を通らなかったということですが、編集長から大まかな訂正内容を言い渡されての再提出ですから箸にも棒にも引っ掛からないレベルではなかったということです。
情けない話ですが、今までの僕の企画の中ではもっとも健闘しました!
まだここでは、僕は終われません。作家として活躍出来るよう、これからも頑張ります。』
『すごい!
From:蒼山 このは
編集会議というのはどのようなものか、私には分かりませんが、編集長自ら再提出を言ってきたのであればかなり有望ですね!
まだまだ先は長いのかもしれませんが応援してます。』
『日付のない日記
From:霧谷澪人
少しだけ書き溜めた『日付のない日記』を今日からこのはさんの物語をちょっとづつアップしていきます。拙い文章と内容だけど、読んで貰えたら嬉しいです。
新作のプロット創りや連載中の作品更新とで忙しいから頻繁に更新は出来ないと思いますけど、頑張って更新していくつもりです。なにより僕は今、この作品が書きたくて堪らないから。』
『感激です!
From:蒼山 このは
日付のない日記、読ませて頂きました!!もう感動しすぎて呼吸困難になりました。笑
なんでもない日常を描いた作品なのにこんなに感動しちゃったら駄目なんでしょうけど。
まさか自分が小説の登場人物になれるなんて!それも大好きな霧谷先生の作品で!
冥土の土産が出来ました!本当にありがとうございます!
やっぱり先生はファンタジーだけじゃなく、文芸作品も上手です!
作中の『このはちゃん』が高校三年の今を夢いっぱいに生きる姿に励まされました。むしろこれを読んで現実の『このは』も頑張ろうなんて思ったり。
でもこれからも突然気取った写真など撮らず、これまで通り等身大の自分の写真をお送りします。
本当にありがとうございました!』
『大袈裟ですって
From:霧谷澪人
そんなに喜んでくれるなんて嬉しいです。でも冥土の土産って大袈裟すぎでしょ笑
なんか表現の仕方がこのはさんらしいなって思いました。
書き慣れない文芸作品なんでそんなに褒めて貰うと、ちょっと擽ったいですけど。
これからの展開は作者の僕にも、主人公のこのはさんにも分からない、不思議な小説です。願わくば蒼山このはに幸せな結末を!
そう祈って書いてます!』
『日付のない日記』を読み、ちょっとドキドキして顔が熱くなってしまっていた。
自分がヒロインの小説を読むというのは照れ臭いし不思議な感覚だ。
それに先生はなかなか鋭い。
送った写真に小鹿野君が複数回写っていたことも、そしてその人が私の気になっている人だということも見抜いているようだ。作中に出て来るこのはの片想いの相手『乾君』というのはきっと小鹿野君がモデルなのだろう。
この作品を小鹿野君が読むことはないだろうけど、もし読まれたら自分のことだと気付くのだろうか。
「それは嫌。困る。超恥ずかしいし」
かぁーっと顔が熱くなる。
私の恋は、叶わなくていい。想っていることさえ、知られなくていい。
ひっそりと自分の胸の内だけに留めておけばいいだけの恋だ。
私はヒロインになるような人物じゃないのだから。
そんなことを考えていると、ふと後ろ暗い気持に襲われ、自分がひどい人間に思えてきた。
自分の周りの人にも、楽しそうに作品を書いてくれている先生にも、申し訳ない気がしてくる。
私がこの物語を書いてもらっている本当の理由を、先生はまだ知らない。
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今日は遅番なので出勤は午後一時。仕事の担当は夕食と明日の朝食の準備となる。
「おはようございます」
厨房服に身を包み、確認のために利用者一覧の名簿を見る。
夕食の注文数と洋食和食の比率を確認するというのが遅番の最初の仕事だ。
今日は和食がちらし寿司なので、恐らく圧倒的に和食が多くなるだろう。新鮮な魚をここでシェフの中西さんが捌くから、鮮度もよく人気メニューだ。
名簿を上から指で追っていき、西村武男さんのところで止まった。
西村武男さんの欄に、昨日までなかった朱線が引かれていた。
「西村さん……」
それは利用者さんが亡くなったことを意味する印だ。そのすぐ下にある西村時子さんの名前を見て、追い討ちをかけるように胸が熱くなった。
この二人はご夫婦でこの施設に入居していた。旦那さんの武男さんは先週緊急で入院したが、結局この施設に帰ってくることはなかった。
「奥さん、寂しいだろうね」
いつの間にか隣に来ていた阿久津さんが僕の持つ名簿を見て呟いた。
冷静を保とうと無理しているのがわかる、表情と声がまるで一致していない湿った声だった。
「当たり前だけど、夫婦といえどもいつかは『別れ』が来るんだね」
「うん。きっと奥さんは、もう旦那さんが長くないと分かっていたんだろうね。最期の時間を、ここでずっと一緒にいられて、きっと幸せだったんだよ」
そうだといいなと思いながら静かに頷いた。
僕たちの作った料理を食べ、施設内のイベントに参加して、海の見えるテラスで昔の思い出や孫の話をしながら穏やかに暮らしている老夫婦を想う。
この施設は一人で入居している方が圧倒的に多い。独身を通した人もいるのだろうけど、結婚していた人も数多くいるのだろう。
連れ合いを亡くし、孤独に打ちひしがれてこの施設にやって来た。そんな人もきっと多いはずだ。
そういう人に比べれば西村夫妻のここでの暮らしは、幸せなものだったのかもしれない。
月に一度開かれる社交ダンスのパーティーでパートナーに困ることもないし、夜寝るときにおやすみなさいを言える相手もいる。その相手を亡くした悲しみはどんなものなのだろう。
長年連れ添った相手がいると、自分が死ぬことより相手を残す方が辛い。
そんなことを言ってる悲しい目をした老人を以前テレビで観たことを思い出した。
結婚はおろか彼女すらいない周回遅れな今の僕には、言葉としては分かってもその意味までは到底理解できない言葉だ。
心を癒す鎮痛剤はまだこの世の中には存在しない。
時が心の傷を癒すというが、果たして奥さんにはその癒してくれるだけの時間が残されているのだろうか。
静かに手を合わせ、目を閉じて西村武男さんの冥福と奥さんの心の救いを祈った。
洗い終えた皿を片付けている最中、阿久津さんが声を掛けてきた。
「ねえ先生。来週の火曜って休みだよね?」
「休みっていうか……小説を書かないといけないんだけど」
またリクリエーションに駆り出されるのかと用心深く答えた。
「たまには息抜きも必要じゃない?」
「今は息を抜いてる場合じゃないんだけど」
「えー? 一日くらいいいでしょ。お願い」
「何するつもり?」
「実はハーブ園のペア無料チケットもらったんだけどさ。行く人がいなくて」
基本休みが不規則な僕たちは休みが合う友達が少ない。だから出掛ける相手を捜すのもなかなか大変だ。
「でもなぁ」
「小説の役にも立つかもよ? 行こうよ。ね? ね?」
もし犬が喋れたら、きっとこんな風に散歩に誘ってくるだろうというテンションの高さに思わず笑ってしまう。
「まあいいよ。分かった。遅くならなければ」
「やった! 今ならコスモスとかセンニチコウとか咲いてるよ。楽しみだなぁ」
阿久津さんは目を細めて笑う。花を愛でる趣味はないが、喜ぶ阿久津さんを見ていると自然と顔が綻んでしまった。