10年前から教えてよ! もっとBL履修したってば!
朝、起きたら男になっていた。
「え……?」
声が低くて気づいた。
寝起きが軽くて気づいた。
ベッドの軋みが大きくて、気付いた。
「だ、れ……?」
鏡の中のボサボサ頭。
理想的なイケメン顔。
目じりが下がった甘いマスク。
抱かれたいくらいの厚い胸板。
ピンクのパジャマの前が、はじけ飛んでいたから気づいた。
「……私?」
――なんで?
*** ***
おかしい。
「よう。」
おかしいでしょ。
「おはよう。」
「うっし、今日も頑張るかー。」
「……だな。」
なんで、みんな私が男だって指摘しないの!?
や、私も気が動転してたから、「やばっ、遅刻だ!」なんて、何故かクローゼットに入ってたスーツを着てきたけど、さ。部屋の中、変わってなかったし、机回りも前のまま。
つまり、どう見てもOLの設えなのよ。
スーツの着方もわからなくて、視線がやたら高くなったことにも違和感あって。
でも、なんでか業務の方を優先させちゃって。
「はぁ。。。」
「あ? どうした?」
「いや、、、」
私のことを、何も不思議に思っていらっしゃらない、男性同僚には悪いと思うよ?
空気悪くしてごめんね?
でも、相談出来ないじゃん。
朝起きたら男になってたんだけど、どうしたらいい? って。
頭おかしくなったんじゃないの? って話じゃん。
いや、私にとっては事実なんだ。
「おいおい、頼むぜ。今日は、大事な商談があるだろ?」
「わかってる。大丈夫だって。」
口調って、これでいいんだよね?
なんで、私も馴染んでるんだろうね。
今朝、男になったばかりなのに。
あれかな、これが日常だって思い込めば、落ち着くからかな。
周りが全然、慌ててないからかな。
「おはようございます。」
「お、田代さん、おはよう。」
「おはよう、、、あ、田代さん、そのチーク、良いね。」
「え――っ/// あ、ありがとうございますっ。」
あれ?
あ、あー、そっか。私、男になってたんだ。
でも逃げてく田代さん、小動物みたいで可愛いなあ。
私には、もう、あれが出来ないんだ。
「おいおい、朝から何ですかー?」
「そんなんじゃないって。」
「いやいや、あれはそうでしょ? このこの。」
「オヤジ臭いんだよ、そういうの。」
「え!? ウソ!」
「嫌われるぞ?」
「ちょま、タンマって。」
「だから、そういうのが古いんだって。――ウザ。」
「言うじゃねえか。」
「はいはい。」
男って、こんなふうに話してたよね?
それよりさ、佐藤、近くない?
私、勘違いするよ?
「じゃあ、行くか。」
「今日は3件だっけ?」
「そうそう。」
*** ***
「だからさ、課長が言うには、さあ。」
「ふんふん。」
「何たらトークっていうの?」
「あー、出会い系?」
「そうそう。たぶん。」
「え、課長、既婚でしょ?」
煙臭くて安くて、煩い居酒屋。
ビールと枝豆と、焼き鳥。
「そうなんだけど。」
「ぅわー。」
「いや、話の腰はそこじゃなくってな?」
「うんうん。」
「その何とかトークで今、子供の成長日記的な? そういう感じで交流してる人がいるんだって。」
「は?」
「だよなー。」
ガッチャンガッチャン、ジョッキが鳴るし、否応なく相席になって、背広に挟まれる。
メニュー表が簡単な衝立になって、隣の赤ら顔のオジサンが近い。
男。
男。
男。
それとビール。
臭いよね。
「なんかもう、当初の目的はどうしたって感じでさ。アッチもコッチも子供の写真をやり取りしてるそうなんだ。」
「えー、マジ?」
「マジマジ。」
「……笑っていい感じ?」
「笑え笑え! 俺なんて、課長にそれ聞かされてさ……課長の行きつけの居酒屋、あるじゃん?」
ふぅ、、、なんて溜めた息を吐きだして、ネクタイを取ったら覗くのは胸板。
私を誘ってるの?
「あ、ああ。」
「あれ? 連れてかれたことないっけ?」
そもそも、今日が男初日だってば。
「まあ、いいや。お前、いつも小奇麗だし、ここに誘って本当に来たよって、思ったし。」
「あ、そう?」
「そうそう。」
「気分だったんだ。」
「そっか。じゃあ、まあ、また今度も誘われてくれ。行こうぜ?」
「ああ。」
いくらでも、付き合うさ。
「で、何だっけ。課長が出会い系で子供トークしてるだけ、、、だと思うじゃん?」
「思う。」
「ところがなんと、課長の真の目的は、その何とかトークで知り合った人妻が、子供と一緒の写真撮るときに写り込む、、、おっぱい目当てだったんだ。」
「ぅわあ。」
聞かなきゃよかった。
「まあ、大きいこと大きいこと。俺も見せてもらったんだけど、うん。」
「はいはい。」
これだから男は。
口を開けばおっぱいとお尻と、女の誘い方の話かよ。
「あれ、こっち系の話題、不得意だっけ?」
「そんなことないけど。。。結局そこかーって感じ。」
「え? そんなもんじゃね?」
「私は、さ。」
おっぱいよりは、おちんちんの話の方がしたいわけ。
小便器の使い方がわからなかった話、する?
個室が少なくて無駄にヤバかった話、する?
「……。」
「お前のそういうところが、モテの秘訣、かねえ。」
「どうなんだろ。」
少なくとも、私はあなたの胸板を見ちゃったから、それに抱かれる妄想の方が得意だよ。
それが、モテの秘訣なのかな。
「あれだよ。変な下心の視線が無いっていうか。」
「そっか。」
気づけバーカ。
「なあ、これ飲んだら、もう一軒行く?」
「バーだったら、パス。」
「つれないなあ。」
女漁りをするなんて、真っ平。
大体、明日の朝起きたら、何もかも戻ってるかも、知れないし。
ふ。
じゃあさ、何をやっても元に戻ったら、何事もなかった、みたいになるのかな。
「宅飲みなら、まあ。」
「お? そっち?」
「飲むだけなら、どこだって同じだろう?」
「むふふ、なるほどなるほど。」
「だから、家、行っていい?」
お願い。
「――お、おう。」
「どうした?」
「やけにエロい目、すんなよ。ビックリするじゃないか。」
「そんな目、してたか?」
「……天然かよ。そりゃ、モテるわ。」
「どうも。」
*** ***
*** ***
「――はっ!?」
ある!
ない!
「戻ってる……。」
戻ってる。
くっそぉおおおお…………っ!!
なんで、なんで私は、、、私ってヤツは、、、
もっとBLを履修してなかったんだ!!
「何もなく帰ってきたじゃないかバカーっ!!」
~fin~




