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君に、

もしあの時、声を掛けていたら。

もしあの時、勇気を出していたら。

もしあの時、瞳を逸らさなかったら。

もしあの時、

もしあの時、

もし、もし、もし――――――あの時・・・。


たくさんの後悔を

チャイムがもう遅いんだよと

告げた気がした。

「えーどうする?手作り?」

「やっぱ作るならトリュフかな」

「大量生産できるしねー」



クラスの女子が浮き立つ2月。

男子もそんな雰囲気にちょっとソワソワしていた。

あからさまにアピールする者、女子からのポイントを稼ごうとする者。既に開き直ってる者。

他のクラスもこうなんだろうか、と思ってしまうくらい。



「美空は、どうする?」

「どうするって?」



今日は午後に英単語のテストがないから、比較的リラックスして昼休みを送れている。

お弁当に入ったタコさんウィンナーに箸を伸ばせば、前から伸びてきた別の箸に奪われてしまう。



「あ・・・!」

「もーらいっ」

「もー」



2つ入ってたため、仕方なくもう1つを口に運ぶ。



「どうするって、日向大地にあげなさいよ!?」

食べ終えた莉奈は、お箸を私に向けビシッと一言。




「そんな事言われても・・・」



5人で過ごす事は減り、それだけでなく日向君とのLIMEも途切れたまま。

廊下では私のほうが日向君に会わないようにしているし、あまり出ないようにもしている。

でも確かに、動き出さないと何も始まらないのかもしれない。



「絶対、作りなさいよ~っ!?」

「・・・ははは」



目の前で力説をする莉奈に笑いながら、そんな事を頭の片隅で考えていた。




――――――――・・・

―――――・・・





そしてバレンタインはあっという間にやってきた。

・・・と言ってもいつもの平日となんら変わりは無い。

同じように決められた一日を過ごしていく中、昼休みになると去年見た光景が目の前に広がった。

女の子同士で、チョコを渡し合う姿が。

これが現実なんだな~なんて他人事のように思ってしまう。

スピーカーから流れる音楽も、今日はバレンタインのものや、恋愛ソングが流れているが、教室で盛り上がっているのは女子だけ。

ちょいちょい男子に上げている子もいるが、それは部活のマネージャーだったりする。

まあ、本命チョコを教室で渡す人なんていないか。



「はい、美空」

「わ~ありがとう・・・!これ莉奈に

「やった!美空の作るお菓子美味しいから大好き」



早速ラッピングを解いていく莉奈。

お昼食べたばっかなのに・・・。

なんて思っていると、教室の後ろのドアから購買から戻ってきた葉月君の姿が。



「あ、葉月君!」



ガタッと音を立てて立ち上がる。

あまりにも勢いがよ過ぎて、机に太ももをぶつけたが、なんとか痛みに耐える。



「はい、これ。ハッピーバレンタイン」

「え、うわマジ!?さんきゅっ、相川」



ピンクの包装用紙に包まれた小さな箱の中は、トリュフが仕切られたスペースに4個並んでいる。



「うまそ~」

「美味しいわよ、美空のトリュフ」

「うわ、莉奈と同じ包装に同じ量とか義理感満載じゃねーか!」

「だって義理だもん」

「相川、サラッと傷つくことを・・・!」




賑わうクラスに溶けていく私達の笑い声。

なんだか前のように戻れたみたいで嬉しかった。

今ではめっきり関わりが薄くなってしまった5人の関係が、ここからまたあの頃のように戻れればいいのに。

だけどそれは、英語がこの世界からなくなるように、世界から犯罪が無くなるように、ありえない事になってしまったのかもしれない。


「そういえば美空、日向大地のは?」

「一応作ったけど・・・」



そう言って持ってきたものを取り出そうと、鞄を開く。

が。



「・・・え」



ガバッと鞄を開き、中を確かめる。

しかしそこにあるのは、電子辞書と自習用ノート、お菓子が少しがはいっているだけで他に何もない。

二人にあげたチョコの箱を見るが、それは確かに義理用のもので。



「どうしよう・・・家に、忘れた」



はあ!?と声をあげる二人。

確か昨日の夜・・・日向君にあげるものは、別のラッピング用紙で包み、二人と作ったものも違うから別にしといたんだけど。

そのせいだ・・・!



「どどどうしよう~・・・!」

「ほんっと馬鹿もう!どうして本命のほうを忘れるのよ!」

「明日、でも大丈夫かな?」

「駄目よ!本命はバレンタイン当日でこそ、その効力を発揮するんだから!健人!今日部活は!?」



なんだか私より熱く親身になってくれる莉奈。



「今日はあるけど、明日練習試合だからそんな遅くまでやらないはずだ!」

「なら話は早い!美空、放課後一旦家に取りに行って、また戻ってくるのよ!!」



・・・ということで。



「う~・・・寒い」



白い息とともに、小さく吐き出した言葉。

ゆっくりと自転車を漕ぎ、西日を背に青信号を渡る。

段差で自転車ごとガタンッと揺れてしまわないように気をつけるが、難しい。

ケーキ・・・崩れてないといいんだけど。

そんな一抹の不安を抱えながら、学校への長い道のりを急ぐ。

16時30分頃だというのに、冬の夜はあっという間にやってくるため、あたりは段々と暗くなり始めていた。

葉月君が言うには、試合前の部活はそんなに長くなく17時30分ぐらいには終わると言っていた。



『大地には理由つけて帰ろうとしたら残しておくから』



と、どこまでも協力的な葉月君には本当に頭があがらない。

土手には遮るものが無いため、切り裂くような冷たさの風が、顔に当たる。マフラーと手袋をつけていても、少し入ってくる風に思わず身震いした。

外灯がなく、沈んでしまった太陽の変わりに出てきた月と、自転車の小さなライトだけが行く先を照らしてくれる。

この土手をまっすぐ行き、小さな坂を下る。そして左に曲がればすぐに正門が見える。

一応駐輪場まで行き、すぐ近くに自転車を止めた。電気がチカチカと付いたり消えたりを繰り返している。

残された自転車の台数は以外にも結構あった。どうやら遅くまで結構部活をやっているところが多いみたいだ。

手袋を取り、悴(カジカ)む手でスマホを開くと、葉月君から連絡が来ていた。



<大地は多分部室にいるはずだから!>



来たのはたったの5分前。ということはまだ、いるはずだ。

返信を打って送信ボタンを押す。それをブレザーのポケットにしまった。

マフラーを取って、髪の毛を手櫛で直す。風にボサボサニされた髪の毛は、中々元通りに戻ってくれない。



「・・・よし」



小さく呟いて気合を注入。

パチンッと冷たい頬を両手で軽く叩いた。

逸る鼓動と一緒に、歩くスピードも早くなってしまう。

サッカー部の部室の前に立つ。中から声は聞こえないが、ドアの隙間からは光が外に漏れている。

トン、トン、と小さく胸を拳で叩く。

そしてその手で、部室のドアをノックしようとした時―――。



「大地先輩」



寸止めで、その手を止めた。

聞いたことのある声に、すぐに琴美ちゃんだと分かった。

そして、中に日向君が居ることも。

早くどけばいいのに、足が言うことを聞かない。



「相川先輩の事は、どう思ってるんですか」



自分の名前が出されたことに心臓がぎゅっと締め付けられる。

最初から二人の会話を聞いていたわけではないので、なぜここで自分の名前が出てきたのか、疑問符が頭の中を埋め尽くす。



「好きなんですか」

「好きじゃねーよ」


日向君の声が、鼓膜を震わせる。

先程とは違う意味で、心臓の音が早くなっていく。


「・・・っ、」


世の中は全てタイミングだ、と聞いたことがある。

出逢うタイミングが違うだけで結婚する人が変わる。

出逢うタイミングが違うだけで交友関係も変わる。

少しでもタイミングがずれれば起きなかった出来事もあれば、起きる出来事もある。

私が、今、この瞬間に、この場所にさえいなければ、傷つくことはなかったのだ。

ゆっくりと、後ずさりをする。

そして、少し離れてから部室に背を向けて、駐輪場に向かって全力で走った。



「っ、はあ・・・っ」



肩を大きく上下させる。

走ったせいじゃない、今聞いたもののせいで心臓は大きく波打っている。

ああ、馬鹿みたいだ。

少しでもうぬぼれてた自分が馬鹿みたいだ。

カチッ、カチカチッ、と蛍光灯が切れ掛かる音と、私の呼吸しか響かない駐輪場。

寒いはずなのに、寒さを感じないぐらい、そ一杯一杯だった。



***



「―――はぁ!?」



次の日。

朝、登校してきた莉奈にすぐその事を伝えると、大きな声がクラスに響いた。



「渡さなかったの?」

「…うん。なんか勇気でなくて」

「はー…」


分かりやすく大きなため息をつく莉奈。



「今日持ってる?それ」

「あ、うん。莉奈とお昼にでも食べようと思って」



そう言ってカバンから綺麗にラッピングされたままのチョコケーキを取り出す。



「いい?それを今日渡すのよ!」

「え!?無理だよ無理無理」

「美空、いつまで逃げてるの。一日遅れちゃったけど、って渡すの」



無理だよ、莉奈。

だって日向君は私の事なんて好きじゃないんだから。

私からのチョコを貰ったって、嬉しくなんてないよ。

そう言いたかったが、自分が惨めになりそうでやめた。

その日は一日中莉奈にチョコを渡す様に責められたが、私はそれを流す様に聞いていた。

SHRが終わって、やっと解放されると思ったら、それは英語の教科担任によって阻止される。


「お前この前課題忘れたから、この後英語教官室にさっきのプリント集めて持ってくること。いいな、文句は無し!」



う、覚えていらっしゃったご様子で・・・。

とほほ、と肩を落としながら教卓の上に出された乱雑なプリントを整えて、4階にある教官室へ。

中は誰もおらず、沢山の参考書達が静寂と共にそこにいた。

えっと・・・先生の机は・・・っと。一番奥の窓から光が差し込んでいる特等席がそうだな。

綺麗に整頓された机にそれを置いて、足早にそこを後にした。




急いで莉奈が待っているであろう教室へと階段を下る。

あ、どうしよう・・・教室の扉閉まってる。もしかして莉奈帰っちゃった・・・?

早歩きで廊下を歩き、ドアの前に立てば。



「美空には、黙っておいてよ・・・」



自分の名前に、伸ばしかけた手を止めた。

え・・・?どういうこと・・・?

この声は莉奈のものに間違いない。

だけど、その言葉の真意は私には分からない。



「でも、莉奈今更バレンタイン渡すとか・・・」



この声は平松君のものだ。

彼の言葉に、ぐるぐると頭の中を回るハテナマーク。

まるで赤と緑の反対色の絵の具が、ぐにゃりと混ざり合ったような気持ち悪い感覚を覚える。



「そもそも何で言わなかったんだよ」

「だってまだ、日向大地が美空の事好きじゃないって言っても「おーい、相川プリント出してくれたかー?」



―――――――え?

中から聞こえてる声は、そこで止まった。



「相川?出してく「出しました!」



慌てて答えると、少し驚いたような表情をしたが、そのままお礼を言って先生は職員室のほうへ行ってしまった。

もしかして、二人は――――――知ってたの?

日向君が私の事好きじゃないって分かっててチョコを渡す様にしてきたの?

もしかして、私の事、嘲笑ってた―――?

きっと中の二人は気が付いている。

私がここにいることに。

だけど、足がすくんで動かない。

でもここに居るわけにはいかない。

震える指先で、小さくドアに触れる。

そして、意を決してゆっくりと扉を開けば。

そこには、想像してた通り二人の姿が。

それ以外の人は既に帰ったか、部活に行ったようだ。

平松君は机に腰掛け、莉奈はそれに向かい合うように立っていた。

そんな二人の驚きと戸惑いに満ち溢れた瞳。



「美空・・・」



小さくても静かなここにはよく響く莉奈の声。



「あのね、これは違く「莉奈」



え、と無理矢理繕ったであろう莉奈の笑顔が崩れる。



「いいよ、もう」

「・・・み、」

「楽しかった?」



言うな言うな言うな。

止まれ止まれ止まれ。



「無理なの知ってて、私にチョコ渡させようとしたんでしょ?」

「違・・・!」

「じゃあどうしてチョコ渡しなよとか言ったの・・・!?どうして教えてくれなかったの・・・!?もしかしてずっと前から知ってたんじゃないの!?」



頭では分かってるのに、まるで操り人形のように、他人の仕業によって口が勝手に動かされているようだ。



「それは、」



グッと言葉を詰まらせる莉奈。

聞きたいことを一気に吐き出した自分に戸惑う。

こんなに感情的になったのはいつぶりだろうか。もしかしたら初めてかもしれない。

いや、確実に初めてだ。友達にこんなに感情的になるなんて。



「美空に傷ついてほしくなかった、だからチョコを「100%無理って知ってて、私のこと応援してたんでしょ?裏で嘲笑われてたほうが、よっぽど傷つくよ・・・!」



口から出る鋭利な言葉たちは、まるで見えない矢のように、莉奈に飛んでいく。

ハッと気がついた時には遅くて、そこには私なんかより遥かに傷ついた表情をした莉奈が。



「っ」



私は何もいえなくて、急いでその場を後にする。

後ろから聞こえた私を呼ぶ声に、振り向くこともせず。

下駄箱に向かう途中にあった灰色のプラスチックのゴミ箱に、持ってきていた日向君にあげる予定だったケーキを箱ごと捨てる。

深く深く、誰にも見つからないように、ゴミの奥に押し込んだ。



「っ、ぅ・・・」



言うつもりなんてなかったのに。

後悔の波が一気に私の心に押し寄せてくる。

引いた波が大きければ大きいほど、帰ってくる波もまた、大きかった。


運が良かったのか、土日があり、そのあとは期末テストと学校が午後まであることは無かった。

そのおかげで莉奈とお弁当を食べる時間も無く、話さなくて済んだ。

先輩達の卒業式が終わると特別日課と言って、授業日課が著しく変わる日々。

部活がある人以外は、学校が午後まであることは無い。

普段莉奈といた私は、他に一緒にいる人もおらず、一人ポツンと慣れない日課を過ごした。

莉奈も時々クラスの子と話している声が聞こえるが、基本一人でいたようだ。

そんなつまらない日々を繰り返す中。



「ぁ・・・」



薄暗い1階の廊下に小さく漏れた声。

歩みを止めて、間違いがないか目を凝らすが、どうやら見間違いではなさそう。

こちらに歩いてくる日向君と、琴美ちゃんの姿が。



「・・・」



楽しそうに笑う二人は、まだ私には気づいていないようだ。

くるっと方向転換をして、今来た道を戻る。

どうしてこういう日に限って、私のクラスのSHRは長引いてしまうんだろう。

行き場のない怒りを担任のせいにした。そんなことしたって、意味がないのに。

二人が話している所を通らなければ、下駄箱に行くことはできない。

遠回りになっちゃうけど、2階から反対側の階段で降りて行こう。

3年生のいない長い廊下。

空っぽの机が綺麗に並べられている教室。物音一つしないここは、3年生がいなくなって、まるで泣いているようだった。

―――――――キーンコーンカーンコーン・・・。

校内でなる最後の16時のチャイムが、静かなここに響き渡る。

廊下の半分ぐらいにきて、その音に立ち止まった。

泣いているのは、私の心の方だった。






君に、伝えたかった言葉。

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