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私の、

小さいころから君はヒーローで

私の隣にはいつも君がいて



今まではもちろん

これからも



君が大切だって事は変わらないよ。





*中野莉奈side*



小学生の頃から、気が付けば隣にいた。

いわゆる、幼馴染という存在で。

転校して来たばかりのあたしに、何かとちょっかいを出してきた男。

それが健人だった。

第一印象はうるさい奴。決してよくは無い。

例えば、女の子のスカートを捲ったり。

例えば、誰かのランドセルのロックを外して、お辞儀をすると同時に中身が出るように仕掛けたり。

いわゆるクラスに一人はいるガキ大将って感じだった。

けれど転校初日、学校からの帰り道が分からなくなってしまったあたしの手を引いて、家まで送ってってくれたのを今でも覚えている。



『お母さんがねー曲がり角の所に引っ越してきた人がいるって言ってたから、多分そこが莉奈ちゃんのお家だよー』



って、屈託の無い笑顔で笑いかけてくれてた。

家が近所だったあたし達は、小学生の頃はよく一緒に登下校してた。

中学に入ると、健人はサッカー部に入り帰りが遅くなるため、一緒に帰る機会は減った。

それでも、部活が無い日は一緒に帰る事も少なくなかった。

そんな幼馴染は、なんだかんだモテていた。

バレンタインなんていつも得意げに自慢してきて。

それが悔しいからあたしからは絶対にあげなかった。



『莉奈はくれねーの?』

『そんなにあれば十分でしょ!』

『・・・俺は10個チョコを貰うより、莉奈の1個のほうが欲しいの』

『・・・』



無邪気な笑顔にいつだってあたしは、負けてきた。



「健人・・・!」



そんな幼馴染が、泣いている。

目を真っ赤に腫らしながら。

いつぶりだろうか、泣いている弱い姿を瞳にしたのは。

そもそも泣いてる姿を見たことがあったかな。

それぐらい泣いてる姿を見たことがなくて、戸惑いを隠せなかった。

走り出す姿を見て、勝手に身体が動いた。

だけど。



「行くな」



掴まれた右手は、予想以上に痛かった。



「でも、健人が・・・!」

「駄目だ、行かせない」



そんなあたし達の様子を見た美空が、あたしの代わりに健人を追いかけてくれた。

その直後。閉まっていた扉が開いて、そこから現れたのは日向大地だった。



「大地・・・」




翔也の声を無視して、今にも走りだし日そうな向大地。

しかしそれは、マネージャーによって阻止され、そのままロッカールームに戻っていった。

再び、廊下には二人だけの嫌な空間になる。

重い沈黙の中、掴まれた右腕は未だに離される事はない。

翔也はグイ、とそのまま美空達が言った方向とは逆方向に歩き出す。


「・・・て」

「え?」

「どうして、行かせてくれないの!?」



強く言葉を放つが、それでもあたしの腕をつかむ強さは変わらない。



「お前は、何もわかってない」

「わかってない!?分かってないのは翔也のほうだよ!今、健人がどんな気持ちか、翔也は分かってな」



強い力で、小さな部屋に入り、そのまま大きな音を立ててドアが閉められた。

そのままバンっと壁と翔也に挟まれる。

私の頭の後ろと壁の間に翔也の手がクッションとして入ったため、痛みなどは無かったが突然の事に驚きを隠せない。



「っ」



こんな事、今までになかった。こ

んなの、漫画だけの世界だと思ってた。

だけど、近くにある翔也の顔と、拘束された両腕が現実だと教えてくれた。



「試合に負けたのは、アイツじゃない。〝俺たち"だ。全員同じ気持ちなんだ。確かにPK外したアイツには違う想いがあるかもしれない。だけどな、みんな気持ちは同じなんだ・・・っ。悔しいんだよ・・・!」

「しょ…」

「そんなにアイツが大事か!?俺よりも、アイツが大事なのか!?」

「違う。違うよ、翔也」

「少しは、気づけよ・・・っ」



言い終わるとすぐに、口を塞がれた。

誰か来たらマズイのに、侵入してくる舌は止まる事を知らない。

互の唾液が交わる卑猥な音が静かなそこに響く。

熱い舌は容赦なく口内を犯していき、逃げ惑う私を捉え、激しく互のを絡ませる。

その行為に体温は上がる一方だ。



「っ、ゃ・・・」



酸素を求めて顔を横に背けるが、すぐにそれは阻止された。



「っ、」



ぐにゃり、顔を歪ませた翔也のその表情を、あたしは今まで見たことがなかった。

そんな表情をさせたのは、あたし。



「ご、めん・・・」



本当は分かってるんだ。

翔也が悔しがってることぐらい。

健人のほうにいかないで、自分の傍に居て欲しいと思っていることぐらい。



「あたしは・・・翔也が、一番だから」



翔也が、あたしの気持ちに勘付いてる事ぐらい――――――分かってるんだ。




***






気が付けば、冬休みが来て、新年が来て、冬休みが終わっていた。



「ぐは~っ!待ってこの英文どうやって訳すの・・・!」



目の前で机にガクッと伏せる美空。

美空はのほほーんとして、静かそうに見えるため一見そうは見えないが、実は生粋の理系だ。

そんな彼女は、先程あった英語の時間に出されていた課題をやり忘れ、只今奮闘中。

英語は大の苦手だというが、あたしなんかより全然成績はいいから、あたしは何も言えない。



「そもそも私は日本人だもん」

「はいはい。その台詞もう何回も聞いたよ。でも大学行ったら英文の教科書読まなきゃいけなくなるって先生言ってたじゃない」

「・・・・・・うん」



やけに返事に間があるな、と思った。

けれどそれは英語が憂鬱なんだろうな、としかこの時は考えてなかったんだ。



「英語は俺に任せろ、相川!」



どこからかやってきたお調子者。

そんな助け舟に思わず顔が(ホコロ)ぶ美空。

分かりやすい美空にあたしは思わず笑ってしまった。



「これは無生物主語だから―・・・」

「うんうん」



健人はすっかり元気を取り戻したみたいで、内心ちょっと、いやかなり安心している。

二ヒッと上がる口角。

その笑みは昔から変わることを知らない。



「おーい、席に付けー」




担任が出張のため、学年主任の神谷先生が入ってきた。

次はLHRの時間。

6時間目ということもあり、眠気と疲労はピークだが、月曜課の唯一の好きな時間でもある。



「お前たちももうすぐ3年生だから、そろそろ進路について真剣に考えろよー。提出は来月だからな」



そういう神谷先生にブーイングが飛び交う。

それもそうだ。

1か月前に渡されちゃ、無くしちゃうよこんな紙切れ。

配られたのは、再生利用紙で出来た進路希望調査。

それを蛍光灯に意味もなく照らしてみる。

進路どうする?という声が周りから飛び交う。

あたしは廊下の窓側、後ろから2番目の席に座る美空に視線を送った。

だけど視線は交わらない。

美空はジッと、進路希望調査を机に置いてみていた。

あたしは体の向きを元に戻し『中野莉奈』と名前を記入する。


「・・・」


進路、ね。


「ついでに去年受けた模試も返すぞー。1番から取りにこーい」



うげ。進路希望調査よりもいらないものが帰ってくる。

関係あるようで、あまり関係ない模試の結果。

自分の名前が呼ばれ、結果を受け取る。

その結果に半ばわかりきってたようにため息を吐くが、不安がなかったと言ったら嘘ではない。

第1志望校に書かれているアルファベットは、Aだ。

なぜなら、あたしが書いた進学先は、全部専門学校なのだから。

難しい看護系などではない、美容の専門学校だ。



「美空ーどうだったー?」

「わ、莉奈!ちょ、覗かないでよ!」

「どうせ美空の事だもん。いい結果でてるんでしょ?」

「・・・まさか!」



美空はそれをぐしゃぐしゃに机の中にしまいこんだ。

ちょっと今のは、無責任すぎたかな。と反省。

美空が目指すのは看護学部。

あたしなんかが挑戦できるレベルじゃないほど、倍率がどこも高く難しい。

まして国公立となれば、受かる確率はぐんっと低くなる。



「莉奈は専門なんだよね?どうだった?」

「A判定だった!」

「そっか。よかった」



いつもと様子が違うような違わないような。

疑問に思い、ジッと美空を見つめると、ニコッと微笑むだけ。

まあ、何かあったら相談してくるだろうと深く聞くことはしなかった。



「席戻るね」



自称進学校では、あたしのように専門学校に進む人は少なく、大半の人が大学に進学する。

そのため模試の返却により、先程まで盛り上がっていたクラスも一気に沈滞な雰囲気を漂わせていた。

そんなクラスを見渡すが、何もすることがなくただ、既に記入済みの再生利用紙を見つめていた。



***



「ありがとおーございましたあー」



やたらと語尾を延ばす、やる気のなさそうなコンビニ店員の声を背中に店を出る。

ううっ・・・いくら徒歩3分といえど、さすがに部屋着のまま真冬の夜にコンビニに来るのは寒い。

外灯も少ないため、自然と早足になる。

空を見上げると上弦の月と、オリオン座が目に入った。


「あれ、莉奈?」



ビクッと自分の名前を夜道で呼ばれたことに肩をあげた。



「やっぱり莉奈だ」

「・・・健人」



「お前何でそんな薄着なんだよ」




半ば呆れながら、自分の来ていたジャージをあたしに貸してくれる。

少し大きいそれに腕を通す。



「へへ~・・・ありがと」



健人の香りにどこか落ち着く自分がいた。

それもそうか。

小さい頃から隣にいて、当たり前のようにその香りを吸っていたからいつしか鼻がなれていたんだ。



「健人走ってきたの?」

「おー」

「本当努力家だね。昔から」

「・・・」

「そういうとこ、好きだった」

「うげー、気持ちわりい」



いつも通りのリアクションに背中をバシっと叩く。

いてえっと大げさなリアクションに、静かな住宅街にあたしの笑い声が響き渡る。



「最近、5人でいること減っちゃったね」

「・・・そーだな」

「全部、あたしのせいなんだ」



そう言うと、疑問を隠せていない表情が月光に照らされて見えた。

あたしは何も言わず、健人がつけていた手袋を奪う。

慌てたように奪い返そうとするが、既にそれはあたしの手に装着済み。



「・・・あたしが、フラフラしてるから」



ますます分からない、という表情をした健人。



「また翔也と喧嘩したのかー?」




まあ、あながち間違ってはいないかな。

選手権決勝のあの日のことは、次の日から二人の口からその話題が出ることはなかった。

お互いが、出してはいけないような気がしたから。

でも、それは全部あたしが悪い。



「今から言うことは、全部過去形です」



手をすりあわせて、寒そうに息を吐く健人。

過去に、終止符を打たなきゃ、いつまでたっても翔也を不安にさせたままだ。

きっと、翔也は気づいてたんだね。あたしの過去に。

それでも気づかないフリをしてくれてた優しさに、あたしはすがりついてた。

どんなにあたしが過去だと言おうと、不安になるのは当たり前だよね。

立ち止まって、はあ、と息を吐けば白いそれが静かに消えていった。



「あたしね―――――――健人のことが、好きだったんだ」



ずっと、ずっと封印してた言葉。

きっとずっと伝える事なんて無いと思ってた言葉。

伝えたらどんな表情カオするかな、なんて中学生の頃は思ってたな。


「お前そういう冗談よくねーぞ」


想像通り、そこには笑い飛ばす健人の姿が。

信じてくれているのか、くれていないのか定かではないが、まあこの様子だと前者だろう。



「本当だよ」


立ち止まってジッと健人の瞳を見つめる。

口角が上がっていた健人も徐々に下がって「まじかよ…」と溢した。



「もちろん、過去の話」



今度は私がニッコリ笑ってみせるものの、その表情を何一つ変えようとしない。



「・・・じゃあお前、何で翔也と付き合ったんだよ」

「そんなのアンタより翔也のほうがよかったからにきまってるでしょ」



7割本当で、3割嘘。

その3割の理由は、健人があたしなんか眼中に無い事がわかってたから。

もう諦めようと思ってた中、入学した高校で翔也に出逢ったんだ。

だんだん話していくうちに、翔也の事が気になり出して、告白された時は正直まだ気持ちに迷いがあった。

だから最初は健人を忘れるために付き合ったといってもいいぐらいだ。

翔也を利用した、と言えば聞こえは悪いがその通りで反論は出来ない。

だけど、翔也と過ごしていくうちに、いつの間にか翔也の事を好きになって、好きだと自信を持って言えるようになった。

だけど2年生にあがり、健人と同じクラスになって、一緒に学生生活を送るようになって、あたしの気持ちが揺らいだことに間違いはない。



「何で今更・・・」

「過去に決別をしようと思って」

「・・・・・・そ」



幼馴染って、勘違いしやすい距離なんだ。

あたしは勝手に健人と両思いだと思ってた。

いつか健人から告白されて、付き合うようになるんだろうなーなんて。

結局はそんなの漫画の世界に過ぎなかった。



『お前ももうちょっと可愛ければなー』

『莉奈みろみろ!クラスで一番可愛いのんちゃんからチョコ貰っちゃったぜー』



そんな風に言われたら、()いたいことも告えないに決まってる。

気が付けばあたしの家の前に付いていた。

ゆっくりと歩みを止め、身につけていたジャージと手袋を返す。

はい、と触れた手は、とても冷たかった。

まあその原因は、あたしが奪ったからなんだけど。



「ばいばい。また明日」



玄関の扉を開く。

中の光が、やけに眩しく感じる。

家の中からお母さんの「おかえりー」という声が聞こえてきた。



「莉奈・・・!」



ドアを閉めようとしたら、それを阻止する手。



「うわ・・・!」



ドアの隙間から見えた、健人の表情。

それは何かを迷っているように見えた。



「・・・・・・あの、さ」



泳いでいた視線が、交わる。



「うん」


ドクンドクン、と心臓の音が早くなっていく。

健人の口から紡がれる言葉は、なんだろうか。



「ありがとう…っ!」

「え・・・う、ん・・・」



キッチンから聞こえたお母さんの声に気がついた健人は、そのまま何も言わずに行ってしまった。



「莉奈ー帰ってきたなら早く買ってきたお醤油持ってきてよね。夕飯の支度できないでしょ」



痺れを切らしたお母さんが玄関までやってきた。

玄関のドアに立ち尽くしているあたしを見て「莉奈?」とお母さんがあたしを呼ぶ。

あたしはハッと我に返り、返事をしてそれを渡す。

あたしは少し重い足取りで自分の部屋に入る。

電気もつけずにそのままベッドへダイブする。

修学旅行で止まったホテルに比べて幾分か柔らかいそれに沈む身体。



「ありがとう、か」



健人を想っていた時間が、たったその5文字で報われた気がしたんだ。

ごめんね、翔也。

今日だけだから、今日だけ、健人との過去に涙するのを許して。

もう振り向かないから。

もう迷わないから。

瞳から零れ落ちるそれを枕に染み込ませる。

夜はまだ長い。あたしには充分過ぎるぐらいだ。




***



次の日、あたしは翔也とデートの約束をしていた。

午前中は翔也が部活のため、午後から動物園に行こうと話をしていた。

園内に入ると獣臭が鼻の奥をツン、と刺激する。

入り口には古びたゴリラの看板が立っており、その顔の部分は丸く、くり抜かれている。

土曜日のため人が多く、写真をとるために小さい子連れの家族が並んでいた。

あたしたちはそれを無視して園内へ足を進める。

ここは小学生の時に遠足で来た以来来てない気がする。

あたしは今日、ここで翔也に話そうと思っていた事があった。



「翔也、あのね」

「何?」

「…あたし、翔也が好きだよ」

「…はっ、急にどうしたんだよ」



あたしは宙ぶらりんだった右手で、翔也左手をぎゅっと握りしめた。



「ちゃんと、伝えてなかったな、って」

「…うん。初めていわれた気がする」

「それは嘘だよ」

「でも本当数えるぐらいしか、莉奈から好きなんて言わないじゃん」



好き、と伝えるたびに罪悪感があったからだ。

でももうそんな罪悪感もない。

健人に好きと伝えて。

ありがとうと言われて。

やっと、気持ちの整理が出来た。





「そういえばさ、」



ちょうど小腹がすいてきた頃。

近くのベンチに腰を下していたら、翔也が口を開いた。



「相川って・・・大地の事どう思ってんの?」

「好きだと思うよー」

「・・・ふーん」



相槌を打つ翔也の顔を覗き込む。



「何で?」

「いや、なんとなく。葉月の事が好きなのかとも思う事あったけど、よくわかんなくて」



ハハって笑う翔也に釣られた、あたしも口元が緩む。



「日向大地って、美空の事どう思ってるの?」

「・・・まー好きだと思うよ、恋愛として」



やっぱりやっぱり・・・!

二人は、両想いなんじゃん・・・!

翔也の言葉に、心が舞い踊る。

本当は声に出してやったーっ!って叫びたいけれど、流石に公衆の面前でそれはできない。



「だけど、」

「・・・だけど?」

「アイツ、この前琴美に告られたんだ」



その後に続けた言葉は、あたしの心を焦らせる。



「だけどあいつはすぐにこう言ったらしい。『誰とも付き合う気はない』って」

「それは告白を断るためでしょ?」

「俺もそう思った。だけど、違ったんだ」



解決したと思った問題は、また別の形で17歳のあたし達に襲いかかる。



「サッカーに、本格的に集中するって」

「…」

「大地は、相川が葉月と両想いだと勘違いしてるんだ」



予想外の出来事に目を丸くする。

あたしの知らない所で、動いていた三角関係。

一体どういった状況でそう勘違いしたのだろうか。


「日向大地にそんなはずはない、って伝えないと」

「無駄だよアイツは」

「どうして?」

「…あいつはもう、前しか見てないんだ」


きっと翔也の事だ。日向大地にちゃんとそんなことないって話をしたのだろう。

だけどそれを簡単には信じなかった。

どうしたって信じてもらえないのなら、美空から気持ちを伝えるしかないのだけれど、それをあの子が飲むわけがない。

自分に自信が無くて、日向大地を芸能人のように別次元の人だと思っているのが美空だ。



「…どうしよう」



17歳のあたしたちは、いつだって青春に翻弄されていた。




私の、幼馴染と、好きな人。

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