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君を、

君から“おやすみ”って

メールが来てしまうのが怖くて

ワザと寝落ちしたフリしたり。


君と好きなアーティストが同じと

分かってから毎日その曲を聴いたり。


廊下に出るたびに

君のクラスのほうを向いて

君がいないか確認したり。


気がつけばいつだって

君のこと考えてる毎日。



これが、私の初恋でした。








「あと1週間で文化祭かー」

「楽しみだね」


洋風な壁画に、天井に備え付けられた小さなシャンデリア。店内に設置された緑色のソファーと、キャメルの小さな椅子はほぼ満席だった。

文化祭の準備を終えた私と莉奈は、久しぶりに街にあるファーストフード店に来ていた。

カラン、とコップに入っている氷をストローで動かすと。



「お待たせ」



聞きなれた声に顔をあげると、部活を終えた三人がやってきた。

葉月君、平松君、そして日向君だ。

日向君と瞳が合うと、心臓が少し波打つスピードをあげた。

私は視線をそらして、たいして喉も乾いていないのにストローを口にする。



「遅いよ、3人とも」



そう言いながら莉奈は私の前から、私の横に席を移動した。



「しょうがねーだろ、部活なんだから」



平松君が莉奈の前に、私の真正面に座ったのは日向君、その間に葉月君が座った。

戸惑いを隠すかのように、ストローでまたカラン、と氷を動かす。

莉奈の彼氏が平松君ということと、幼馴染である葉月君が日向君と仲がいいこともあり、放課後一緒にご飯でも食べようという話になったのだ。

厳密に言えば、私の知らない所で勝手にそういう話になっていた。

有無を言わさず、私は今、この場に連れてこられたのだ。

こんなクラスのカースト上位勢となぜ私が…と身が縮まる思いだ。

料理を注文し終わって、それぞれがドリンクバーで飲み物を取りに行き、一息つくとここでも話題は文化祭の事。



「あ、ねえ!文化祭5人で回ろうよ!」

「おー!それいいね!!」



莉奈の提案にノリノリの葉月君。

幼馴染同士波長が合うのだろう。

店内は私たちと同じように、学校帰りの制服姿の学生もいれば、家族連れ、カップルで来ている人、様々な人達で賑わっていた。

少し大きな声で話す私たちを気にする人は、誰一人いなかった。



「中野と平松は一緒に回らなくていいのか?」



日向君の一言に葉月くんがハッとしたかのような表情をした。

私も気になっていた事を日向君が聞いてくれて少し安心する。

付き合ってる二人からしたら、私達が一緒にいたらどう考えても邪魔者だろう。

だけれども莉奈は相変わらず笑顔で。



「あたし達は去年一緒に回ったし、やっぱり文化祭は人数多いほうが楽しいじゃん!翔也もいいよね?」



平松君は表情ひとつ変えずに、ああ、と言いながらコップに入っていたウーロン茶を飲みほした。



「じゃあ決まりだな!」

「まずはシフトの時間合わせて回れるようにしないと!」



盛り上がる莉奈と葉月君。

チラリ、平松君を見ると、楽しそうに笑う莉奈に優しい眼差しを向けていた。



「俺、飲みもん取ってくるわ」

「はーい。いってら!」

「相川と大地の飲み物も何か持ってこようか?」



そう言って私と日向君の空のコップを指差した。

先ほど入れたばかりのアイスティーは気が付けばもう飲み干していた。

溶けた氷の雫が、コップの下の方に溜まっている。



「あ、大丈夫。自分で行くよ」

「俺も」



立ち上がった私たちを気にすることなく、二人は文化祭の事で頭がいっぱいのようだ。

盛り上がる二人を横目に、ドリンクバーに向かう。

ドリンクバーについてすぐに、日向君は飲み物が決まっていたようでボタンを押していた。

私も先ほどと同じものを選ぶ。

ピッ、とボタンを押せば流れ出てくる飲み物をただボーッと見ていると。



「平松は、マジでいいのかよ」



既に飲み物をコップに入れ終わった日向君は、壁にもたれ掛かりながら、揺れる水面を見つめていた。



「何が」



どれにしようか機械の前で迷ってる平松君。

二人は瞳を合わそうとはしない。



「俺らと文化祭一緒で」

「莉奈がそうしたいって言ってるんだからしょうがないだろ」

「ふーん」



日向君がコップを回すたびに、水面下で氷達が音を立てる。

私はこの会話を聞いていていいのか分からず、かといって先に戻るわけにもいかず、ただただグラスに入った飲み物をゆっくりと口にした。



「本当は二人で回りたいけど、アイツが楽しめるならそれでいいよ」



その言葉に平松君のほうを向くと、既にコップには飲み物が注がれていた。



「今の、莉奈には内緒な」



人差し指を口元に持ってくると、少しだけ口角をあげた。



「こんっのー!リア充め!!」

「ちょ、大・・・っ、危ねぇ!!」



後ろから勢いよく肩を組まれた平松君は危うく飲み物をこぼしそうになっていた。

そんな彼の肩に手を回した日向君の手に握られているコップには既に、先程まであったものがなくなっていた。




「調子のんなよー!」

「うるせぇ。耳元で大声出すな」

「見直したぜ平松!」

「はいはい。っていうかお前、もう飲んだのかよ。先戻ってるぜ」



そう言って席に戻っていく平松君の背中がどこか小さく見えたのは気のせいだろうか。

賑やかなはずのファミレス。

けれど私と日向君のいるここだけは、別の空間のように感じた。



「平松君って、莉奈のこと本当に好きなんだね」

「・・・・・・あぁ」



やっとのことで絞り出した会話は、日向君のたった1.5文字の言葉によって終了。

先ほどまでのおちゃらけた彼のキャラはどこへやら。

少しおちゃらけてくれると私としてはとても助かるんだけど・・・。

私も先に戻ってしまおうか。

そう思い彼の横を通り過ぎようとすると。



「平松さ、」



その声に、足をピタリと止める。



「中野のことを想って、自分が嫌でも我慢するなんてすげーよな」

「・・・そうだね」

「俺だったら、無理だ」



文化祭を彼女と二人で回れないことが、かな?

しかし彼にとっては、その言葉は少し違う意味を帯びていた事に気づくことができず、私はただ頷いた。



「相川さん、先戻ってて!」



ハッと彼のほうを向けば、いつもの笑顔だった。

その笑顔を見て、先程まで異世界にいるような落ち着かない感覚だったが、やっと現実の世界に引き戻されたような気がした。




そんな日の夜でも私のスマホは音を立てる。

今日もきた・・・!

半ば予測してたメール。

最近はメールからLINEに変わったため、メールを送ってくる人は限られてくる。

しかも最近メールをしてるのはたった一人。



「やっぱり・・・」



やっと見慣れた、明朝体で指示される日向君の名前。

1日数通のやり取りをして、だいたいどちらかが寝落ちをして次の日に返信、というのが定番になっていた。

でも彼からしてみたら毎日のメールって迷惑なのかな。

部活があるから返信はいつも夜の21時以降だし。

なんて思いながらメールを開封する。

彼と私のメールは基本短文だ。

多くても改行して3行ぐらい。




――――――――――――

Date 05/23 21:03

From 日向大地

Sub Re:Re:Re:

――――――――――――


今なにしてる?



――――――――――――



基本的に学校であったことを話すより、メールの内容の続きをそのまま送ってくることが多い。

昨日返信しにくい内容で返したから、ひょっとしたら返ってこないかもと思っていたけれど、まさか返してくれるなんて。

それに質問系だと凄く返しやすいんだなぁ。

購入して早1年が経つスマホの画面を慣れてしまった手つきで指を滑らせる。



――――――――――――

Date 05/23 21:07

From 相川美空

Sub Re:Re:Re:Re:

――――――――――――


音楽聴きながら

日向君とメール\(^o^)/


――――――――――――



送信、っと。

最近はやっと彼のメールに、すぐに返信が出来るようになった。

前まで何て返そうか、この文章は素っ気なく思われないだろうか、なんていろいろ考えたり、絵文字つけた方が印象いいかな?とか、顔文字はなるべく可愛いものがいいよね、とか一人で訳の分からない事を考えて返信が遅くなってしまっていた。

音楽が次の曲に切り替わると同時に、着信音がそれと混じる。


――――――――――――

Date 05/23 21:09

From 日向大地

Sub Re:Re:Re:Re:Re:

――――――――――――


何聴いてる?


――――――――――――



部屋に流れてる音楽は、以前のお昼の放送でも流されていたCloud9(クラウドナイン)の曲。



――――――――――――

Date 05/23 21:14

From 相川美空

Sub Re:Re:Re:Re:Re: Re:

――――――――――――


Cloud 9だよ(*^^*)



――――――――――――




送信してすぐにまた部屋に鳴り響く着信音。

届いたメールを開くときに緊張するのは未だに直らない。




――――――――――――

Date 05/23 21:15

From 日向大地

Sub Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:

――――――――――――


好き?


――――――――――――




いつもより質問が多いことに少しだけ嬉しさを感じる。



――――――――――――

Date 05/23 21:19

From 相川美空

Sub Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:

Re:

――――――――――――


うん!すっごい好き(/∀\*)♥

日向君なに好き?


――――――――――――





送信して気がつく。



「あちゃー・・・」



いつもの癖で普通にハートマーク使ちゃった。

すぐに送信BOXに行き、自分が送ったメールを読み返す。



「うわぁ~・・・」



なんか、今更だけど恥ずかしい事しちゃったかなぁ・・・。

なんて悶えていると。





――――――――――――

Date 05/23 21:22

From 日向大地

Sub Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:

Re: Re:

――――――――――――


Cloud9!


――――――――――――



「本当、に・・・?」



私の周りはジャニーズとか、ロックバンドとかが好きな人が多く、Cloud9を好きな人はいなかった。

そんな中、日向君と同じアーティストが好きという事が、とても嬉しくて。

な、何て返信しよう・・・!

ジーッとスマホとの睨めっこが続く。

そうだ、好きな曲とか聞いてみようかな。

あ、でも日向君は部活で疲れてるからメールをやっぱり今日で終わらせたほうがいいのかな。

なんて。

自問自答を繰り返していくうちに、時計の針はあっという間に進み、私の眠気もピークに達した。





―――――――――・・・

―――――・・・




「やばい・・・!遅刻する・・・!!」




これでもか、っていうぐらい全速力で自転車のペダルと漕ぐ。

昨日遅くまで起きてたせいで寝坊してしまった私は今、1分も無駄にできない状況。

しかもアスファルトを強く打つ雨のせいで視界は最悪。

カッパを着ていても雨が顔に当たり悲惨な状況。

お願い・・・!間に合って・・・!!!

何とか駐輪場に入り、急いでカッパを脱ぐ。

そこにはもう数人しかおらず、設置されている時計の針はあと3分で予鈴を鳴らそうとしていた。

まずい!ここまできて遅刻するわけにはいかない!

ボサボサの髪の毛を整える暇もなく、駐輪場を後にしようとすると。



「っ」



そこには、私同様遅刻しそうな日向君の姿があった。

こちらに気がついているのかは分からない。思わず足が止まってしまう。



「おい!大地急げ!」



友達が彼を急かす。

私も急がなければいけないのに、日向君のいる所を通らなければ下駄箱には行けない。

挨拶、したいけど…。雨のせいで前髪は台無しだし、顔も疲れ切ってるだろうし、それになんか気まずいんだよね。

昨日のファミレスでも私達が二人で話したのはあれっきり。

あとはメールしかしてないし。

それに一人で話しかけるとか今の私にそんな勇気はない。

ただでさえ、この前話しかけに行ってあんな緊張してたのに。

でも“おはよう”ってたった四文字ぐらい、言いたいな・・・。

そこでハッと気がつく。

そんなに迷ってる暇はない。

なぜなら駐輪場に設置されている丸い時計の長針は、あと2回動いたらチャイムが鳴る時間を指していた。


可笑しくないよね・・・?

別に変に勘違いとかされないよね・・・?

さりげな~く、が大事だ。

さりげなく。さりげなく・・・。



「っ、ひ、日向君・・・!」



ああ・・・やっちゃった・・・。

さり気無く挨拶するつもりが、噛んでしまった。



「え、」



雨で塗れた髪の毛をわしゃわしゃと整える日向君は、驚いた表情でこちらを振り返った。



「あ、っと・・・」

「相川さんじゃん!おはよっ!」



おはよっ。おはよっ。おはよっ・・・。

頭の中でリピートされ続ける日向君の言葉。

挨拶、してくれた・・・。

そのことで頭がいっぱいになり返すのをすっかり忘れていた。



「今日雨やばいな!」

「あ、うん、びしょびしょだよね」

「相川さんめちゃ濡れてんじゃん!」

「タオル忘れちゃって・・・へへ」



すると彼はちょっと待って、と言って鞄をあさりだした。

そして。



「わっ、」

「これ使って」



頭の上に乗せられたそれ。

触ってみるとふんわりと柔らかい感触が。

とってみるとそれはどうやらタオルのようだ。



「え、でも日向君が・・・」

「俺は髪短いし、部活のあるから!今風邪引いたら文化祭あるし大変だろ?」

「あり、がとう・・・」



ニヒッといつもの笑顔の彼。

そんな彼を見ていられず濡れた髪で顔を隠すように視線を逸らした。




「あ、やべ!アイツがいねぇ!!」

「あ・・・!そういえば!」



そこで誰もいない駐輪場に聞きなれたチャイムが鳴り響いた。

二人で思わず顔を見合わせる。



「遅刻、だね」

「遅刻・・・だな」




日向君に話しかける事で頭がいっぱいで遅刻しかけていたことをすっかり忘れていた。

あーあ、と声を漏らす日向君。

まずい・・・!私が声をかけたせいで日向君まで遅刻になっちゃった・・・!

もしかして怒ってるかな・・・。



「ご、ごめんね!私が声かけたせいで・・・!」

「え、相川さんのせいじゃないから!マジで!気にしないで!!」

「でも「それに」



彼は私の言葉を遮ると、人差し指でほっぺたを掻きながら。



「声かけてくれて俺、嬉しかったし!」



はにかみ笑顔の彼に思わず言葉が詰まる。

そんな私を見て日向君は何を思ったのか。



「あ、別に変な意味はないからね!?」



慌てて弁解する彼が面白くて思わず笑ってしまった。



「私も、日向君が挨拶してくれて嬉しかったよ」

「っ」

「ふふっ。ありがとう」



彼は濡れた髪を触りながら、目を逸らして「おう」って少しぶっきらぼうに言うからまた不安になる。

やっぱり少し怒ってる・・・?



「今のは反則」

「え?」



駐輪場の屋根を打つ強い雨音のせいで彼の声がかき消されてしまった。



「なんでもねぇ!ほら、行こーぜ!」



そう言うと私が手に持っていた彼のタオルを奪い、私の髪の毛にわしゃわしゃっとそれ乗せてきた日向君。



「わっ、」



見上げればいつもの無邪気な彼に戻っていて、タオルで拭く手を止めると彼はニヒッと笑った。



「さて、一緒に怒られますか」



学年主任の神谷先生にこっ酷く怒られ、何度も誤ったものの結局明日の朝の罰掃除は免れる事はできなかった。



「珍しいじゃん美空が遅刻なんて」



教室に戻るともうSHRは既に終わっていた。

注目を浴びるのが嫌だったので、皆が1限目の準備をしている事にホッとする。

教室に入るとすぐに莉奈が私のところへやってきた。



「遅刻なんて初めてしちゃったよ」

「雨だから?」

「寝坊しちゃって。へへ」

「大変だったね。明日頑張って!」

「うん。朝早いのやだな~」



日向君と同じかと一瞬思ったが、日向君は朝練があるため、朝練のない来週の月曜日にと神谷先生に言われていた。

明日日向君と会えるかと思ったのに、少しだけショックを受けてる自分がいる反面、安心している自分もいた。

日向君と二人きりなんて、心臓が悲鳴をあげてしまう。



「あれ、これ誰の?美空のにしては見たことないタオルだけど」



莉奈が指差す先にあるのは、私の手に握られている先ほど日向君から借りたタオルだった。

いつかはバレてしまう事なので彼から借りた事を包み隠さず話した。



「へー・・・。日向大地も優しいとこあるじゃん。メールは?してるの?」

「うん、一応ね」

「恋に無縁だった美空もついに彼氏候補ができるとはねー」

「・・・恋、か」



本音を言えば彼のことが好きかどうかはわからない。

けれど日向君が関わると何かと私の心臓は音を立てる。



「好き、なのかな」

「・・・例えば、もし日向大地とこれからメールできなくなるとしたら?」

「・・・嫌、かな」



毎日続いてるメールが途切れてしまうのが正直怖い。

だから寝落ちしたフリをしたりして、何とか繋いでいるのだ。

だけど、いつも思うんだ。

日向君が寝落ちする時、もしかしたらもう、明日はメールが返ってこないのではないか。

今日が最後のメールだったのではないか、と。

続いていく「Re」の文字が、いつ途切れてしまうのか、不安で不安でたまらないのだ。



「日向大地が他の子と文化祭回ったら?」



莉奈のまっすぐな眼差しから視線をそらして、少しだけ口を尖らせた。

彼の笑顔が、たった一人の女の子だけに向けられる。

それは“学年の人気者”としての笑顔ではなく“男の子”として向ける笑顔。

あの屈託のない笑顔が、たった一人の子のものになってしまう。

そう考えたら握り締めていたタオルに入る力が強くなった。



「そういうことだ。美空にもついに春が来たか~」

「え、ちが・・・」



私の手からタオルを奪って、頭に乗せたかと思うと髪の毛をワシャワシャとしだした莉奈に、先ほどの出来事を思い出す。

莉奈よりも少し力がこもっていて、少し乱雑で、恥ずかしかった、あの瞬間。

タオルから香る彼の香りが、鼻をくすぐる。それは私の心臓をまた高鳴らせた。



―――――――――――――…



文化祭当日。全校生徒がお祭り騒ぎに気持ちが舞い上がっていた。

それは私と莉奈も同じで、青色のクラスTシャツを身に着け、葉月君と一緒にC組に向かう。

C組の前に行くと『暗黒迷宮』と赤と黒で文字が書かれた看板が。すでに文化祭は始まっており、C組の前には長蛇の列ができていた。パンフレットを持った他高校の生徒や、食べ物を持って待っている下級生など、普段とは違う世界に、心が躍る。

入口のドアが少しだけ開き、中から日向君と平松君が出てきた。二人は緑色のTシャツを着ており、中心にはおばけをモチーフにした可愛らしいキャラとC組の文字がプリントされていた。

話し合いの結果、上級生がやっているお化け屋敷に行こうとなった。

敵地調査だ、と日向君は嬉しそうだったが、ホラーが苦手な私にとってはそんな喜ばしい事ではない。

私は何度もお化け屋敷は否定したのに、莉奈に説得される形で4階にあるお化け屋敷へ。



「相川さん、大丈夫?」

「だいじょう、ぶ」


中には3人までしか入れないと言われたのでジャンケンをしてペアを決めた結果、私と日向君がペアになってしまったのだ。



「所詮高校の文化祭のお化け屋敷だからさ。楽しんでいこーぜ」

「そ、そうだね」



お化けがただでさえ苦手なのに、どうして日向君とお化け屋敷なんかに・・・!

ああ、怖さと緊張とが混じり合ってなんか変な汗かいてきた。

係の人から懐中電灯を受け取るが、黒いテープで巻かれ光がまったくでていない。

だがしかし、日向君はもう教室内に一歩踏み入れている。




「ほら、大丈夫だって」

「う、うん」


優しく手招きする彼に従って、私も暗闇へと足を踏み入れた。




「まだ、何も出てこないね・・・」

「だなー」



なんて呑気な彼に比べて私はビビリながら一歩一歩進む。

出口のほうから先に入った莉奈の悲鳴が聞こえ思わず足が止まった。




「大丈夫?」

「う、うん・・・」




お化けに遭遇してないのにビビる私。

きっと日向君も呆れてるに違いない。

ああ、私なんかとペアになってしまって申し訳ない…。

どうせなら葉月君とかと一緒の方が絶対楽しかっただろうに。



「行ける?」

「うん・・・。大丈夫」




そう言って歩き出すと、右手が温かい大きな手に包まれた。

その手の感触は、私の知らないものだった。



「ぇ・・・」

「嫌だったら言って」




やっと暗闇に慣れた瞳に映る彼はこちらを見ようとしない。

そして空いてる手で少しだけぶっきらぼうに自分の髪の毛をクシャり、触った。

私は答える代わりに、その大きな手をギュッと握り返した。

自分の手えでは包み切れない大きな男の人の手。

普段おちゃらけて、男女隔てなく仲のいい日向君も〝男の子〟なんだと改めて実感する。

暗くてよかった、なんて初めて思ったかもしれない。

だって暗くなかったらきっと、私の顔は今、林檎みたいに真っ赤でバレてしまうから。



なんとかお化け屋敷を乗り越えたものの、正直怖さより緊張のほうが勝ってしまった。

出口直前で自然と二人の手は自然と離れてしまったものの、今も尚右手に帯びる熱が冷めない。

チラリ、隣に立つ日向君を見上げるも、何事も無かったかのように平松君と話をしている。

私だけが変に意識しすぎてるのが、更に体温を上げた。



「あ、風船だ」



莉奈の言葉に、視線を移すと小さな子供が真っ赤な風船を持っていた。

紐に拘束されたそれは、小さい子の手によって握られており、ふわふわを宙を飛んでいる。



「しかもヘリウム入り!欲しいな~」

「美空って変なところで子供っぽいよね」

「失礼~!!」



絶え間なく起こる笑いにこれでもかっていうくらい楽しさを感じていると。



「じゃあ俺たちはシフトあるから行くか」

「そうだな」



そう言って日向君と平松君はまた後で、と言ってそのまま自分達のクラスに戻ってしまった。

私と莉奈は午前中にシフトを回したので、この後は文化祭を楽しみたい放題だ。



「あ、ごめーん。あたし中学の子が来たみたいだから少し案内してくるね!」

「あ、うん」

「すぐ戻る!健人と回ってて!」



スマホの画面をのぞきながら、友達とやり取りをしているのだろう、人込みを割って莉奈はどこかへ行ってしまったので、残された私と葉月君は顔を見合わせて苦笑い。




「どうする?」

「とりあえず腹減ったからなんか食おうぜ」

「そうだね」



模擬店で事前に購入した金券を使って食べ物を買い、文化祭のため出入り禁止となっている5階へ続く階段に二人で座った。



「結構歩いたから疲れたねー」

「そうだな」

「葉月君と莉奈っていつから幼馴染なの?」




あー・・・、と過去を遡るかのように何処か遠くを見つめながらパンを一口頬張る葉月君。



「小学生、からかな。アイツが転校してきてそこからクラスが今までずっと一緒なんだよ。それに加え家も近所でさ、腐れ縁って奴だ」

「へー・・・じゃあ結構長いんだね」

「まあな」



一つしたの階から聞こえる賑やかな声だけが、しばらく二人の空間に流れた。

その空間を変えたのは葉月君だった。



「相川、ってさ」

「う、ん?」



いつもと違う雰囲気に少しだけ違和感を感じる。

隣に座る葉月君を見るが、彼は先程と同じように窓の外に景色を見ていた。



「大地のこと、好きなの?」

「え・・・!?」


二人の空間に、突然ハンマーでヒビをいれられたような衝撃が走る。

ふいに向けられた視線。真剣な眼差しに交わったそれを慌てて崩した。

考えもしてなかった質問に、戸惑いを隠せない。



「どうして?」

「いや、廊下とかで俺とかが大地と話してる時、相川よく大地の事見てるからさ」



え、そんなところで!?私ってそんなに分かりやすかったのかな・・・。

確かに廊下に出た時にC組の方を向いてしまったり、日向君が廊下を通っていると、瞳をそちらに向けて今うが、すぐに逸らしていたつもりだった。



「気のせい、じゃないかな?」

「・・・気のせいねぇ~」



意味深につぶやき、彼は焼きそばパンを頬張った。

口周りが少しだけ茶色くなっている。




「日向君は、学年の人気者だよ」

「・・・」

「私みたいな凡人が今、一緒に話したり遊んだりしてる事自体が奇跡みたいなものなの。私にとっては雲の上のような存在だもの」

「…アイツは、ただの人間だよ」



それはまるで数学の公式を発表するかのように、断定的なはっきりとした言い方だった。

その力強さに思わず「うん」と頷いてしまう。



「周りがどんなに“学年の人気者”とか“未来のエース”なんて代名詞でアイツの事呼んでても、アイツは俺達と同じ高校生だぜ?」

「それは・・・そうかもしれないけど・・・」



だけど、私にとっては遠い遠い存在だったんだ。

あの日…日向君と初めて喋ったあの日までは。



「は、葉月君は、どうなの!?」

「何が?」

「好きな人、いないの?」

「・・・相川が本当の事言わないなら俺も言わねぇー!」

「えー!何それ!うぐっ」



大きく口を開いた所にグイっと甘いものが入ってきた。

突然の出来事にむせそうになる。



「ふぁあにふぉれ」

「何言ってるかわかんねーよ」

「・・・マドレーヌ?」



ゴックンと飲み込むが、口の中にはまだ甘いいい匂いと味が残っている。

口の中の水分を一気に失った私は、お気に入りの抹茶オレで潤いを与える。



「そ。あげる」

「急に口に入れるのやめてよねー!」

「なんだか莉奈に口調似てきてね。大阪のおばちゃん」

「もー!!」


空気が漏れるように軽く笑うが、葉月君は表情一つ変えない。

本当、日向君みたいにお調子者っていうか何ていうか。



「みーっけた」



後ろから聞こえた声に二人同時に振り返る。

そこにはシフトを終えたのであろう日向君の姿があった。



「お疲れ大地、シフトはもういいのか?」

「おう」



彼の額には汗が滲んでいる。

あのマスクを被って、お客さんを怖がらせたんだろうな。

「あっちー」と言いながら、Tシャツをパタパタさせる日向君。



「てか、お前なんで上から来るんだよ」

「下の階から移動すると人が廊下に沢山いるだろ。だから5階から来た」

「そういうことね。じゃあ俺、ちょうど今莉奈からメールで呼ばれたから行ってくるわ」

「おー。ここらへんに俺達いるわ」

「了解」



え、葉月君いっちゃうの!?という私の気持ちを無視して彼はそのまま1段飛ばしで階段を降りていってしまった。


「ねえ、俺さ昼飯食ってないから食ってもいい?」



右手に持っていた某ドーナツ店の袋を持ち上げながら、片方の手でお腹を摩る彼は子供のように無邪気に笑った。



「うん」



そんな彼の笑顔を見ると、いつだって私もつられて笑顔になってしまうのが不思議だ。



「ねえ、本当に大丈夫?」

「平気平気!先生達は皆、警備で忙しいからバレないさ」



ここは人が滅多に来ることのない、5階の社会共通室。

他の教室よりも少し広いけれど、滅多に使われる機会がない。

冷暖房の設備が無く、机も少し古い、生徒たちには不人気の場所。

まして文化祭の今日は、立ち入り禁止となってる5階だから、人がいるはずもないのだ。

そんなところに私達がいる理由は一つ。日向君が、職員室から鍵をこっそり持ってきたから。

窓の外を見ると雲一つない快晴だった。

まるで絵の具の入ったバケツをそのままひっくり返したような、のっぺりとした青。

そんな青に落書きをする飛行機が視界の片隅に入る。

涼しい風が入り、淡い緑のカーテンをふわっと踊らせた。

グラウンドでは野球部の招待試合が行われていて、歓声がここにまで届くほど。

するとふいに隣に感じる人の気配。

その犯人は彼しかいない。

風とともに彼の優しい香りが運ばれてくる。



「おー野球部やってるなー」

「ね。勝ってるのかな?」



砂埃が宙に舞う。歓声が空を飛んでくる。

相手の高校に点を入れられてしまったようだ。


「サッカー部が試合やったらぜってぇ勝つけどな!」


そんな彼に少しだけ微笑む。

ドクンッ、ドクンッ、と胸の音が日向くんに聞こえてしまうんじゃないかっていうくらい大きな音を立てる。



「日向君がいれば、余裕だね」

「おう!任せとけ!」



そう言ってガッツポーズをすると、そのまま近くの机に置いてあったドーナツの袋を手にした。



「あ、相川さんに一個あげる。これ」

「クリームエンジェルだ!」

「嫌い?」

「ううん。大好き!」



申し訳ないな、と思いつつも大好きなそれを受け取る。

一口頬張ればふんわりした生クリームが口の中に広がった。



「美味しい!ありがとう、日向君!」

「ほんと?ならよかった」


日向君もドーナツを一つ頬張る。

毎日メールをしているというのに、話すとなるとどうしてこんなに緊張してしまうのだろう。



「文化祭、もうすぐ終わっちゃうね」

「そうだね」



莉奈達はまだ来ないのだろうか。

それとも移動したから探してるのだろうか。

カキーン、と金属音が聞こえてきた。

ボールが空高く飛ばされているのが分かる。

この二人きりの世界が、いつ終わってしまうのか。

終わってほしくない、もう少し続いてほしいと思っている自分がいた。


「皆ここわかるかな?」

「さっき葉月に連絡しといたから大丈夫」

「そっか。ありがとう」

「あ、」



その声にハッとすると、日向君は窓から少しだけ体を前に出していた。


「危ないよ、日向君・・・!」

「大丈夫大丈夫!ほら!」



体を元に戻した彼の手にはヘリウム入りのピンクの風船。

誰かが手を離して、ここまで飛んできたのだろうか。



「あげる!」

「え・・・」

「さっき欲しいって言ってただろ?」



覚えてくれてたんだ。

さっき私が言ったこと。



『あ、風船だ』

『しかもヘリウム入り!欲しいな~』



些細なことがこんなにも嬉しいだなんて。



「ありがとう、日向君・・・!」

「・・・おう!」



彼はクシャり、整った髪の毛を弄った。

そういえば彼はよく髪の毛を弄る。

日向君の癖なのだろうか。

なんて考えていると。


「相川さん、こっち!」

「え・・・っ!?」



グイッと引っ張られる腕。その反動で体が机にあたってズレる。乾いた音がそこに響いた。

何が何だか分からないまま、引っ張られるがままについていく先にあるのは、掃除ロッカー。



「隠れるよ!」

「・・・な、え!?」



臭い匂いはしないものの、掃除ロッカーに入るというのはいい気分はしない。



「ねえ、どうし「しーっ」



自分の人差し指を私の口元に持ってきた彼。

しばらくすると。



「いやー、今年の文化祭も大成功ですね」

「そうですねー。今年も無事に終わりそうで何よりです」




この声は・・・神谷先生!もう一人の先生は誰かわからないけれど、この声は間違いなく神谷先生だ。

思わず目の前にいる日向君に視線を向ける。

向ける・・・?

目の前にいるのは、確かに日向君。

――――――え?



「えぇぇぇえ!?」



いきなり出した大声に、掃除ロッカーの隙間から外の様子を伺っていた日向君も驚いた様子でこちらに視線を向けた。



「あれ、今何か声が聞こえませんでした?」

「そんなはずないですよ。ここは生徒立ち入り禁止になってますから」



慌てて両手で口を塞ぐ。

待って待って待って。

そういえば私、今この狭い空間に日向君と二人きり・・・!

しかも凄く密着してるし、えぇぇぇぇ!?

ごめん、と両手を合わせてジェスチャーで伝える。

彼は軽く目を細めて笑うとまた、外の様子を伺いだした。

っていうか私気が付くの遅すぎだよ。

どうしようどうしようどうしよう・・・!

心臓の音が自分に聞こえるくらい大きくなってるんだけど、日向君に聞こえちゃってないかな・・・。

ふんわり、彼の香りが鼻をくすぐる。

ドキドキしてるのは私だけなんだろうな。

日向君なんて、さっきから表情一つ変えてない。

私ばっかり意識して、バカみたい。



「あれ、ここの教室ドアが開いてますね」

「おかしいなぁ。昨日の見回りでは確かに鍵を・・・ん?何かあるな。教頭先生は先に下に行っててください」



何か、ある・・・?



「「ぁ」」



小さな二つの声と視線が重なった。

机の上にあるのはドーナツと、逃げ場をなくしたピンクの風船が天井にぶつかっているのだろう。

あるはずのないものがあったことに、神谷先生は気づいてしまったのだ。



「おい!誰かいるのかー」



マズイ。バレたら怒られる・・・!

テスト開始前のような緊張感が流れる。



「誰のだこれ。食べかけ・・・ってことはまだこの辺にいるなぁ?」



う、鋭い・・・。

さっき食べてた私のエンジェルクリームだ…。



「ここで隠れられる場所は教卓っと・・・」



しばらくしてガタンッ、という音がした。

恐らく教卓の下を確かめたのだろう。



「掃除ロッカーぐらいだな」



二人でまた瞳を合わす。

日向君の顔にもヤバイ、と大きく書かれている。

近づいてくる足音。

どうする。どうすればいい。


「感念しろ~」



ひぃっ。怒ってらっしゃる・・・。

足音がロッカーの前で止まった。

なんだかホラー映画のような展開だ。



「どこのどいつだぁ!?」



眩しい光が瞳に入ってきた瞬間ギュッ、っと強く目を瞑る。

扉の開く鈍い金属音が嫌に耳に残った。



「こ、こんにちはっす」

「ひ~な~た~ぁ!!!!何がこんにちはだ!それに相川まで!何してんだお前らぁ!さっさとそこから出ろ!」

「す、すみません~!」

「先生そんな怒ると血圧上がっちゃいますよ?」



開き直る日向君に、私の顔は青ざめる一方。


「お前ら、覚えとけよ!」

「明日にはきっと先生が忘れてます」

「あ゛ぁ!?さっさとここから出ろ!ったく」

「出ます!ほら、日向君行くよ!」

「ぶはっ。慌てすぎだって相川さん」



なんて呑気なのもう~!

食べかけのドーナツと風船を持って教室を出る。



「もう!神谷先生相手にあの態度はダメだよ!」

「わーるかったって。な」

「う、」


だからそんな笑顔は反則なんだよ、日向君。

しょうがないなぁ、なんて言いながらドーナツを食べ終える。

すると。



「大地みーっけ!」

「美空、遅くなってごめんね!」

「やっと5人揃ったな」



下の階から上がってくる3人。



「莉奈!それに葉月君に平松君!」

「よし!それじゃあ文化祭残り1時間、楽しみますか!」



賑やかな廊下に紛れ込んでいく愉快な声達。

戻らない今という時を、全力で楽しむ私たちの邪魔をするものは、何もなかった。






君を、知った。




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