62.帰還
「お兄ちゃん、ただいま。」
執務室のドアが空き、ベルとゼノが入ってくる。俺は椅子から飛び出し二人に抱き付いた。
「良かった。ゼノ、ベルを無事連れ帰ってくれてありがとう。」
二人がブルクレイルから帰る途中、ゼノから事前に連絡を受けていたものの、本人達を目にするまで心配でならなかった。何せ大事な妹が誘拐され、傷つけられたのだから。場合によってはトラウマにもなりかねない事件だが、今のところベルからは普段通りの表情が見える。しかし、普通に見えるだけで心の内は分からない。取り敢えずは休ませよう、心も体もかなり疲れが溜まっている筈だから。
今日のところは話を止めにして、二人を自室へと帰した。
はあ。再び椅子に付き一つ溜め息をつく。クーザ陛下は今回の件どう受け止めただろうか?町中で襲われたことから、ただ単に金品目当ての強盗ではない可能性は高い。一般的に馬車を襲う強盗は人気の無い森などを通るときに犯行に及ぶことが多いのだから。魔族と人間との友好を良しとしない者の犯行だろうか。心当たりはあり過ぎてきりがないが、クーザ陛下が犯人達を問い詰める筈だ、今はその結果を待とう。
幸いなことに今回の件まだ俺とベル、ゼノしか知らない。ここで話を食い止めておく必要がある。もし国内にこの情報が漏れてしまえば確実に戦争の引き金になるだろう。二人は状況を汲んで黙っててくれるだろうが、また直接頼む方が良いな。
さて、今後の対応をどうしたものか。移動中に襲われるのを防止するには転位魔法で直接城まで行けば解決する話だ。これには向こうも了承してもらえるものと思う。あとは、事前に行く旨を伝える為に誰か連絡役を選んでもらうことだな。何にせよ、一週間後また訪問する際に詰めるとしよう。
それから机上の書類を整理し、時刻は夕方になろうとしている。よし、これで机上の仕事は一先ず終わりだな。オルフに一声かけ、外出する。行き先はワルドナーの所だ。
店先は馬車が数台止まっており、その荷台には例の雪対策の装置が積んである。順調の様だな。店内に入ると、いつもの様に元気なペニーの姿が見えた。
「いらっしゃいませレイ様!」
「こんにちはペニー。店の前のは全部あの装置だろ?やっぱりワルドナーの腕は凄いな。これ程早くあの数を作れるとは思わなかった。」
「へへん、自慢の父さんですから。それにお店の方も大分潤ってますのでこちらとしてもホントにありがたいですよ。」
「そうか、それは良かった。すまないが、またワルドナーを呼んでもらえないか?」
「はい、ちょっと待って下さいね。」
ペニーは店の奥からワルドナーを連れてくる。彼の顔には疲れが見えるがどこか満足げな様にも見える。
「旦那店の前のは見たかい?」
「ああ、良い腕をしてるよ。」
「おうよ。で、旦那今日はどうしたんだ?」
「実は別件で聞きたいことがあるんだが、少し時間は取れるか?」
「ん、何のことか分からんが大丈夫だ。ペニー、茶を用意してくれ。」
「はいよ。」
それから店の奥へ入り、工房の隣にあたる彼らの生活スペースへと招いて貰った。キッチンと思われるそこはテーブルに椅子が二つ置いてあり、キレイに清掃されている。椅子に座るとペニーが冷えた麦茶を用意してくれた。
「レイ様、こんな所ですみません。」
「こらペニー、こんな所はないだろ。」
「ハハ、いや快適な場所だよ。さて、聞きたいのはある魔道具のことなんだが。魔力探知を阻害する魔道具についてどういうものか教えて欲しくてな。」
「魔力探知を阻害する魔道具か。そうだな、幾つか種類があるが、どれも一定空間の魔力を消したりする物だ。まあ大体はデカイ金庫とかに使われるな。魔法で壊されないし、転位で侵入もできないって感じにな。」
「なるほど。では、その魔道具に対策は無いか?」
「対策って、何をする気だい旦那?まあ、聞かねぇ方が良いんだろうけどよ。対策と言われても、魔道具を壊すとか、動力源の魔力が尽きるのを待つくらいだな。」
「魔力を消す魔道具なのに動力源が魔力なのか?」
「そりゃそうさ魔力を使わねえ物を魔道具とは言わねえよ。装置の周りの少しの範囲だけ魔力が使える様になってるのさ。少しって言ってもほんの拳程度だったりするが、それで魔力を供給できるって訳よ。」
なるほどな。装置については分かったが、魔力探知などでは今日みたいなことがあってもまた分からない事態になる。他に良い方法はないものか。




