5.暗雲
木々の匂いと温かな日が心地よい。やはりここが落ち着くな。セシルはどうだっただろうか、盲目ではあまり動けはしなかっただろうから、また世話をせねば。そう思いつつロッジのドアを開ける。
「戻ったぞ、セシ・・ジーク!」
中ではテーブルに向かい合ってセシルとジークが座り、楽しそうに茶を飲んでいた。
「お、レイお邪魔してるぜ。」
「お帰りなさい!」
何だジークか。いやしかしこの状況、俺が知らない間に!
「おい、ジーク!セシルに手を出してないだろうな!」
気付いたら彼の胸ぐらを掴んでいた。
「何だよ、何もしてねえよ。」
「そうですよレイ、ジークはレイが居ない間、私を助けてくれたんですよ。」
「そうか。」と心は納得していないが彼から手を放す。話を聞くと、俺が城に帰った晩からこいつは毎日彼女の面倒を見に来てたらしい。助かるのは助かるのだが、何故世話が要るときに俺の渡した指輪を使わなかったのか。それに俺に対してはまだ敬語なのだが、彼との会話に敬語が一切無いのも何だか癇に障る。何だこの気持ちは。
「セシル、俺と話すときも敬語は使うな、それから指輪もいつでも使っていいからな!」
「えっ、はい、わか・・うん、分かったよレイ。」
横でニヤニヤする彼の頭を一発叩く。この狼男が!それから彼は俺が帰って来たならと森に戻って行った。まあ、あいつも俺が仕事をしている間、彼女を守ってくれたんだ、少しは労いの言葉をかけても良かったかもしれない。しかし何か許せん。この件は保留だ。
「レイ、ありがとう。」
「何だ突然?」
「私レイに凄く助けて貰ってるのにお礼を伝えれてなかったから。それに、ずっと胸の中に隠し持ってたって意味無いもの。伝えられる時に伝えるの。」
笑顔を見せる彼女のお陰でなんだかさっきまでのことが馬鹿みたいに思えてくる。俺もまだ未熟者ということか。
それにしても疲れが溜まっているのか少し眠い。
「セシル、ソファーで少し寝るから何かあれば起こしてくれ。」
彼女の「分かった。」との声を聞き取り、横になる。目を閉じると眠りに吸い込まれた。
寝ちゃったか、もう少しレイと話したかったんだけどな。でも忙しいみたいだし、休みたいときは休ませてあげないとね。毛布とか掛けたかな?何かを運ぶ様子はなかったからそのままだよね。部屋から取ってこよう。自室のベッドから毛布をリビングへ運ぶ。レイはどんな感じで寝てるのかな?毛布が顔に掛かっちゃまずいよね。毛布を床に下ろし、彼が寝ている辺りを触ってみる。ここはお腹?こっちは足。これは髪かな?じゃあこっちが頭だ!ん?何か硬い尖った物がある。何だろ?頭に生えてるみたいだし・・・もしかして角!?何で角が?ということはレイは魔族なの!?
一旦落ち着こう。彼がホントに魔族だとしたら私殺されちゃうんじゃ・・・いや、それはないよね、だって逆に助けて貰ったんだから。じゃあ私に何か利用価値があるのかな?人体実験の材料とか?それなら有り得るかもしれない。じゃあやっぱり殺されちゃう!?でも・・・。とにかく彼の真意が分からない。いっそのことここから逃げる?いや、どこへ逃げたらいいか分かんないし、きっと直ぐに捕まっちゃう。取り敢えず気付いてないように接しないと。結局悩みを抱えたまま自分の部屋に戻ってしまった。
肌寒さを感じ目が覚める。夜は流石に冷えるな。ん、なぜ毛布が床に?彼女が持って来てくれたのか。しかし、床に落ちてる所を見ると寝相が悪かったらしい。毛布を拾い、彼女の部屋に持っていく。ドアをノックすると返事がしたので中へと入った。
「セシル毛布を返しに来た。寝てる俺に掛けてくれたんだな、ありがとう。」
「ううん、このくらい何でもないよ。」
掛け布団の上に毛布を掛ける。
「今から夕食を作るが、何がいい?」
「レイが作るものなら何でもいいよ。」
何でもか、それが一番迷うのだがな。まあいい適当に作るとしよう。「待っていろ。」と伝え部屋を出る。何を作るかとキッチンの食材を確認すると肉類が無くなっていた。ジークめ、俺が居ない間に食い尽くしたな。今から買い出しに行く気はしない、野菜だけで何とかしよう。
さっきの対応は不自然じゃ無かったかな。何だか凄く神経使う。こんなことならいっそ気付かないままの方が良かったな、はぁ。自然と溜息が出る。彼は本当にいい人だと思える、けど魔族。小さな頃からずっと魔族は人間に対して敵意を剥き出しで遭遇すると襲われるって聞かされ続け、悪いイメージしかない。彼を信じようにも心のどこかでそれをさせまいとする自分が居る。ホントどうしたらいいんだろう。もやもやが止まらない。
しばらくしてドアをノックする音と共に、夕食ができたことを知らされる。私はベッドを降り、リビングに向かう。彼の補助を受け、椅子に座るといい匂いが鼻を擽った。これはシチューかな?口にすると柔らかな野菜がほろほろと崩れ、甘みが舌に伝わる。温かさも相俟って心が落ち着くな。
「どうだ?口に合うか?」
「うん、美味しい。」
「良かった。」と彼の嬉しそうな声を聞くとまた彼へと引き寄せられる。だが一歩止まってまた考える。これも罠かもしれないと思ってしまうのだ。どうしてここまで疑ってしまうのかな。魔族という種族に対する偏見なのかもしれないけど、まだ何も分からない。本当のことを知りたいけど、踏み込む勇気は無い。心の中で溜息をつく。
食後に紅茶を入れる。いい香りだ。一息つくと、再び眠気がやってくる。ソファーでは疲れが取れないのかもしれない。早めに新しいベッドを用意するとしよう。セシルに出かけると伝え転位した。
ジルヴァニア城下町の中心街に一際古い家具屋がある。百メートル四方はある広い敷地の手前三分の一が工房となっており、その奥の三分の二が倉庫兼販売所となっている。五百年続く老舗であり、知らない者は居ない程の名店だ。城内の家具もほぼここから購入しており、芸術性、機能性、耐久性など申し分ないことは使用して知っている。だからこそベッドの購入にここを選んだのだ。工房内は職人達が目を光らせ、手に持つ工具に神経を通わせる。そして作り出す家具に命を吹き込む。その一つ一つの動作に目を奪われながら、奥へと進んだ。目当ての販売所の光景もまた圧巻である。数千、いや、それ以上だろうか、多くの家具達が陳列されているのだ。その中から、ベッドの並ぶ区画を記憶を確かに探し、たどり着いた先にもまた多くのベッドが並んでいる。あれもこれもと目移りするな。やはりここは面白い。ふむ・・・
『兄さん、兄さん!』
突如頭の中に声が響く。ん、念話か。この声はリオだな。
『どうしたリオ?何かあったか?』
『どうしたじゃ無いよ!シャーリーさんが来てるのに、一人でどこ行ってるのさ。お陰で僕がとばっちり受けてるんだよ。もう早く帰って来て!』
『そうか、だが悪いな、俺もまだ帰れん。もう暫くシャーリーの相手はお前に任せる。』
『嫌だよ、無理だよ!お願いだよ、シャーリーさんの相手ができるのは兄さんしかいないんだ!』
『そう言われてもな・・すまん、またいずれ埋め合わせはする。ではな。』
『ちょっ、兄さん、待って、にい・・・』
念話を強制的に切ってしまった。悪いなリオ、俺はシャーリーの相手に疲れたんだ、少しくらい休んだっていいだろ?まあ、後でしっかり愚痴を聞いてやるとしよう。しかし、念話を使ったということは魔力探知で俺の居る大体の位置は知られてしまった筈だ。早めに決めて帰らなければ。候補の中からより寝心地の良かった物を選び、会計を済ませる。早々に転位でロッジの寝室に運び事なきを得た。全く碌に買い物もできないのか。まだ食材の買い出しが残っているが他へ行った方がいいだろう。そうだ!リビングに降りる。
「セシル、今戻った。」
「お帰りなさい。」
「また買い物に行こうと思うが、今度はお前も付いて来ないか?」
ソファーで寛ぐセシルは「えっ!」と驚いた表情を返した。
「いやな、お前も服がそれ一つだろう?買い揃えた方がいいかと思ってな。」
「本当!でも私お金は持ってないから・・・。」
「金のことは気にしなくていい、どうだ?」
「いいの?」と少し口元を緩ませるセシルに「ああ。」と伝える。それではとセシルの手を取り転位した。