4.海の町
「レイ、どこか連れてきなさい!」
シャーリーが何の前触れもなく俺の部屋に来てそう言い放ったのである。
「唐突過ぎるぞ、俺にも仕事があるんだが?」
「仕事なんてどうでもいいじゃない、せっかく私が遊びに来てるんだから。」
ふう、何を言っても無駄らしい。まあ、俺の仕事も外回りが基本だ、ついでに連れていけばいいか。
「わかった、場所は俺が指定するからな、文句は聞かんぞ。」
「ふふん、そうこなくっちゃ!」
彼女は嬉しそうに指を鳴らす。
「転位魔法を使うから俺の手を握れ。」
そう言うと彼女は急におろおろし始めた。それとどことなく顔が赤い。「どうした?」と声をかけると、「うるさい!」と手を強く握られた。痛いな、何だと言うんだ。ふう、〝転位〟。
足下に白い砂浜、眼前に青い海。隣接する町はリゾート地であり賑わいを見せている。しかしここは人間の町だ。いつもと同様に俺達を見た人間は悲鳴を上げ、兵士を呼び寄せる。数分後には俺達の周りを武装した兵士達が囲んでいた。うむ、二十人といった所か。
「レイどういうこと?ここって人間の町じゃない!」
「文句は聞かんと言っただろう。少し待っていろ。」
彼女をその場に置いて一歩前に出る。
「人間共、俺と戦うつもりなら止めておけ、五秒ももたん内に全滅するぞ。俺達もどうこうするつもりはない、剣を収めろ。」
俺の言葉に戸惑う兵士達。しかし、中には勇ましい者もいる様だ。
「黙れ魔族が!お前らも相手はたった二人だ、おろおろするんじゃない!」
仕方無い、〝水竜〟。海が盛り上がり、海水は全長五十メートル程の竜となって兵士達を見下ろす。威勢の良かった兵士もまた水竜を目の前に引きつった表情となる。
「どうだ、止める気になったか?」
「う、うるさい!」
引っ込みがつかなくなった兵士は俺に斬りかかってくる。しかし、それよりも速く水竜を操り兵士を飲み込む。一人二人と次々に飲み込み、一瞬にして全員を捕らえた。兵士達は水の中でもがき苦しんでいるが放しはしない。時間が経ち、大人しくなった所で解放した。やれやれ。
「シャーリー、もう大丈夫な筈だ。この辺りはいい海水浴場らしいからゆっくりするといい。」
「大丈夫ってねえ、場所ってものがあるでしょ!」
俺が「海は嫌いか?」ととぼけると、「嫌いじゃ無いけど・・・。」と一瞬いけそうな様子だったが、やはりダメだった。このままでは暴れそうだったが、今度甘い物をご馳走すると言ってなんとか宥め、事なきを得た。危ない危ない。
「でも急だったから水着が無いわ、レイどうにかして!」
水着か、辺りを見渡し、それらしき店を探す。あれか。丁度砂浜の切れ目に水着を扱う服屋があった。人間の店だが、背格好は人間と同じ様な物だ、構わんだろう。シャーリーと店へ出向くが、店員の娘はいつも通り怯えた様子。まあいい、勝手に選んで、代金を置いておくとしよう。
「ねえレイはどれが好きかしら?」
「女物は分からん。どれでも好きなのを選べばいいだろう?」
「ふん、つまんない。」
二十分程悩んだ末に白のビキニを手に取った。
「どうかしら?」
「(どうでも)いいと思うぞ。」
「そう、なら、これにする!」
値札が無い、困ったな、水着の相場も知らんしな。仕方無くこれくらいだろうと机に銀貨三枚を置いておいた。「不足があれば言ってくれ。」とだけ伝え、店を出た。
はしゃぐシャーリーの後ろ姿を見送ると俺は仕事に取り掛かった。まずは浜でダウンしている兵士を一人起こし、この地の管理者について聞き出す。そいつと話がしたいと案内を頼み、町中へと入って行った。
兵士と歩く俺の姿に町の人間共は不思議そうな目を当てる。それもその筈、自分達の脅威となりうる俺を町の兵士が招いているのだから。それか、襲いもしない俺と話ながら歩く兵士から、ただの仮装をした男にも見えるのかもしれない。まあ、当の兵士は少しびくついているがな。
しばらく歩くと町の中心に二階建ての屋敷が現れた。周りの建物に比べ豪華な装飾の施された壁や屋根からここが町長の家だと判断できる。兵士は少し待つように俺に言い、屋敷の中へと入って行く。すんなり中に入れないのは、あの兵士にそこまでの権限が無かったということだろう。それならば威勢の良かった隊長格の奴にすれば良かったか、いや、あいつなら素直に聞きはしなかっただろうな。
待っている間、ふと気になったものがある。屋敷の外壁の陰から遠巻きに俺を見ていた小僧が居るのだ。目が合うと慌てて体を引っ込める。少し待つとのそーっと再び出て来たので、声を掛けてみる。
「小僧、俺が気になるか?」
小僧はブンブンと首を縦に振った。
「こっちに来たらどうだ?」
小僧は一瞬迷った様子を見せたが、思いの外すんなりとこちらに寄ってきたのである。近くで見るとその目に恐れはなく、好奇心の様なものが窺えた。海の町らしくラフな格好をした小僧は十歳といった所だろう。
「ねえ、お兄ちゃんの頭の角って本物?」
「ああ、触って見るか?」
「うん!」と元気な声で答える小僧のために、少ししゃがんでやる。小僧はニギニギしたり、引っ張ってみたりと案外遠慮が無い。小僧が一頻り堪能した後、ようやく解放されたと立ち上がると、さっきの兵士と町長らしき男が青ざめた様子で立っていた。
「小僧、悪いな、俺が呼んだ相手が来たようだ。まだ何かあったら後で相手してやるから、取り敢えず他で遊んでろ。」
「うん、分かった!ありがとうお兄ちゃん!」
小僧は嬉しそうに走ってその場を去って行く。さて、
「待たせたな、お前がここの町長か?」
「は、はい、私がここ海の町ルーベルの町長シガールです。」
初老を迎えたであろうその男は、穏和で腰の低そうな印象を受ける。この感じであれば話はできそうだな。
「俺はジルヴァニア王国第二王子レイ=フェイウォンという。よろしく頼む。」
兵士は俺が魔族の王子と聞いて更に顔を青くした。無理もない、魔族のしかも王族を攻撃したとなるとどの様な仕返しが来るか想像しただけでも恐ろしくなるというものだ。
「そのレイ殿下が一体どの様なご用件でこの町に?」
「それなんだが、今我が王国で次期王を選定している最中でな、候補の中からより実績の多い者を次期王に据えることになっている。俺もその中の一人と言う訳だ。つまりはそれに協力をして欲しい。」
「協力ですか?何をすれば良いのですか?」
「単刀直入に言うがこの町を俺に譲って欲しい。」
はっ?という様な表情を見せるシガールと兵士。
「いくらなんでもそれは出来ない話です!」
まあ、そうだろうな。この反応は予想するに容易い。
「そうか、ではこの町に宣戦布告するとしよう。」
「そ、それはこの町に戦争を仕掛けるということですか?」
恐る恐る口にするシガールに向け、「そうだ。」と一言。それから補足を加える。この町を侵略するのは俺にとって造作もないことであり、素直に明け渡して移住した方が損害が少なくて済むということだ。ただ、納得は出来ても直ぐに返事が出来ないのは分かる。
「どうだろうか?」
「時間を頂けませんか?」
そう来るのも想定内。ここで時間を与えすぎては近隣の町から援軍が来て少々面倒になる。遅くとも一週間以内が妥当だな。いや、期限を延ばすよう交渉されることも含めまずは三日で聞くとしよう。
「三日はどうだ?」
「わ、分かりました。なんとかします。」
おや、すんなりいったな。まあ、こいつが決めたことだ、いいのだろう。三日後改めて来ると伝え、シャーリーの居る海水浴場に戻った。
「どこ行ってたのよ!一人じゃつまんないじゃない!」
そう言ってる割りに、いろいろ楽しんだ跡が見えるのは気のせいだろうか。突っ込むのは薮蛇だ、止めておこう。それからシャーリーの気が収まるまで付き合い、帰る頃には日が沈みかけていた。やれやれ、彼女の相手が一番疲れる。転位魔法で城に戻ると「明日もよろしくね!」と彼女は言い放った。これが明日も続くのかと思うと逃げ出したくなる。いや、逃げればいいのだ。彼女が部屋から出たのを見計らい、再び転位する。