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王の資質  作者: 誠也
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30.潜入

 城下町にある地下空間への入口。周りに誰もいないことを確認し、その暗い道へと足を進める。一段一段と階段を降りる度、入口から差し込む光が消え、完全な闇と化した空間へと吸い込まれていく。外からの喧騒も次第に絶え、静寂だけが広がる。音も色も遮断された空間は方向感覚を失いそうになり、ここに入るなという危険を発しているかの様だ。

 暫くして明かりが顔を覗かせる。眩しい。目が慣れるまで光を手で遮りながら下に進む。次第にそれがはっきりとしてくると地下空間の様子が窺えた。豪奢を極めたと言っていい程の装飾を施された建物が並び、きらびやかな照明は地上のメインストリートの物の数倍は明るい。こんなものが地下にあったとはな。階段を降りきると、独特な臭いが鼻を突いた。嫌ではないが、あまり嗅ぎすぎると脳がやられる類いの臭い、恐らく危険薬物だろう。となると滞在は手短に済ますべきだな。ここで中毒になったのでは話にならない。

 通りに入る前に物陰から様子を窺う。娼婦を両脇に抱えた腹の出た裕福そうな男、数名の奴隷を連れたがたいのいい男。見える人々は少々異質な印象を受ける。今の俺と服装が近い者は少ない、これでは逆に目立ってしまうかもしれん。いや、ここで悩んで時間を潰す訳にもいかない。潜入は短時間であるし、気にせずことを済ませよう。

 通りに出る。まだ数歩歩いただけだが、ここが公にされない理由がわかる。娼館に賭博場、この辺りは国の法でもグレゾーンな所だ。しかし、人身や危険薬物の売買を行う店、これは完全な黒だ。だが、まだこんなものでは無いのだろうな。

 奥へと進む。道端に転がる目が虚ろな男と女が目に入る。まだ俺と同じ位の歳と思うが、薬物に染まってしまったのだろう。ここの空気のせいか、そもそも服用していたのか。身なりがしっかりしていることから、奴隷などではなく自らここに立ち入り、灰人になってしまったのだろう。自業自得だとは思うが、そう片付けてはいけない。この様な者を増やさぬよう考えるのもまた王に必要な所だ。

 そろそろこの地下空間の中心に差し掛かった所、臭いが変わった。鉄や何かの腐食臭、嗅いですぐ嫌な臭いだと脳にまで伝わる。その臭いの答えは直ぐに分かった。目の前の広場、剣や斧を持った人々。それをある対象に向かって振りかざす。けたたましい悲鳴をよそに笑顔を見せながらその手を止めない。暫くしてそれは動かなくなった。その動かなくなったものこそ人間だ。

 何故人間がここにいるのか、いや、何故人間をなぶり殺したのか。その答えは分かっている。

 俺達魔族の奥底には戦闘衝動が潜む。そのため大昔は人間を相手に強襲、凌辱、殺害を繰り返していた。しかし、人間としてもやられたままではない。団結し、我ら魔族を各個撃破し、多く数を減らす。その後、理性ある魔族が人間と対話を試みた。人間はそれに応じ、停戦協定を結んだ。勿論、魔族側は反発した、何を言っているのだと。だが、理性ある魔族は反発した魔族を捻り潰し、従わせた。その魔族こそ初代魔王である。以降魔王による全魔族の統治が始まったのた。統治はされても生まれついての物を完全に押さえ込める訳もなく、今もなおこうして隠れたところで処理をしているのだろう。

 初代魔王によって停戦協定は結ばれたものの、もう何千何百年と昔の話。二代目、三代目と代替わりするに連れてそれは記録にも記憶にも薄くなり、今では反故にされた状態だ。その為、目の前の行為も法では罰せられない。なんせ父上も今回の試験に出すぐらいだからな。それに俺もセシルに出会う前までは何とも思わなかっただろう。だが、人間と繋がりを持ったからだろうか、今ではあまり気持ちのいいものではない。また地上に戻り、熟考するとしよう。

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