3.従姉妹
「お、おおシャーリー、良く来た。」
「何よ、なんだか嬉しくなさそうね。」
「そんなことはないさ。」
「そう?ならいいわ。」
最早言わされている感が否めない。白を基調とした服にプラチナの髪は映え、大人しくしていれば可愛らしいと思える。だが、高圧的なのに加えて活発というか落ち着きがないというか、とにかく過去の印象が悪すぎて何もしないでくれと思ってしまう。
「ねえ、朝食はもう食べたの?」
「これからだが。」
「そう、なら城下町の美味しいところ案内しなさい。」
「いや、もうメイドに料理をここへ運ぶように言ったところなんだ。昼食のときにしないか?」
「何か言った、レイ?」
どこか含みのある笑みを見せるシャーリー。
「な、何でもない・・・。」
歳は俺の方が一つ上の筈なんだが。しかし、ここで暴れられると困る。シャーリーが帰るまで耐えるしかないか。
少しして先程のメイドが料理を運んでくる。だが、城下に行かなければならなくなったと伝え、下げてもらう。悪いことをした、あとで一言言っておくとしよう。ため息を一つ出し、シャーリーと城下へ向かった。彼女が遊びに来る度城下の店を案内するのは恒例なのだが、決まって新しい店を紹介しろと言う。それにより城下のほとんどの店を回った為、開拓するのも一苦労になっている。そうそう新しい店などできやしないし、考えを変えてもらいたいものだ。
「レイ、今日行くのはどんなお店?」
「そうだな、町の北東の路地にあるパン屋と併設したカフェだ。少し隠れたような所にあるが、雰囲気のいい店でな、モーニングとか丁度いいだろ。」
「ふーん、楽しみね!」
町を歩く俺達を周りは気にもかけず横を通り抜ける。王族に対してそれで良いのかと思うかもしれないが、これは一般的な反応だ。基本的に魔王やその地の領主を除き、王族や貴族の姿を庶民は知らない。それにその位の者達は移動に馬車を使い、周りには付き人や護衛が付いているのが普通。たった二人で歩いている男女など誰も王族だと思う筈がないのだ。このことにはシャーリーもお忍び感覚を堪能しており、気にはしていない。数分後、目的の店の前に辿り着く。日がうっすらと差し込む路地に目印の立て看板があり、路地に面した窓からは陳列されたパンが目に入る。ドアを開けると鐘が鳴り、焼きたてのパンとコーヒーの香りが心地よく鼻を擽った。空いている奥のテーブルに座り、モーニングを二つ注文する。
「なかなか良いじゃない。後は料理次第ね。」
まるで一端の評論家気取りだな、まあいつものことだが。
「なあシャーリー、今回はどのくらいこっちに居るんだ?」
「そうね、一月ぐらいかしら。」
「一月も居るのか?」
「何?」
「いや、何でもない。」
一月とはまた長い。その間また神経をすり減らさなければいけないのかと考えるとため息が出る。
ベッドに横になると、布団からレイの匂いがする。なんだか落ち着く。レイはどうして私を助けてくれたんだろう、レイは一体何者なんだろう?いろいろな疑問が浮かんでくるけど、悪い人じゃ無さそう。だってレイが悪い人なら今私は無事ではなかった筈だもの。信じよう、今はそれしかできない。
ちょっと喉が渇いたな、お水はどこかな?キッチンかな?ベッドを降り、壁づたいにゆっくりと移動する。どこに何があるかまだ把握できていないこの状況は怖く感じる。手探りであれこれ触っていくと突起物が手に当たった。感触的にドアノブかな?ゆっくりそれを回し、手前に引く。キィという音と共に少し冷気が流れる。廊下へ出ると、また壁づたいにゆっくりと歩く。しばらく進むと不意に壁が無くなり、よろけて倒れ込む。バタンという音が響き、手に鈍い痛みが走る。あ痛たた、ちょっと失敗しちゃったな。あれ、なんだか空気が変わった?外に出たのかな?じゃあ今のは入口のドアを開けちゃったってこと?ん、ドアノブは触ってないよね?あれ、何かの気配がする。
「誰だお前?」
レイとは違う男性の声がする。ここにはレイ以外の人も居たのかな?挨拶しなきゃ。ゆっくりと立ち上がる。
「あっすみません、私はセシルと言います。レイに助けて貰ってここに住まわせて貰ったんです。」
「ふーん、あいつがねぇ、まあいいか。ん、お前人間か?」
「はい、そうですけど?」
「俺を見ても驚かねえのか?」
「私、目が見えないんですよ。どんな姿をされてるんですか?」
驚くってどんなのかな?とっても恐い顔とか、体が凄く大きいとかかな?
「・・・そういうことか。まあ、俺のことは気にするな。あ、俺はジークってんだ、よろしくな。」
「はい、よろしくお願いします。」
握手をしようと手を出すと、ちょっとモコモコした感触が返ってきた。毛皮の手袋をしてるのかな?
「ジークさんはレイとどういう関係何ですか?」
「さんは要らねえよ。そうだな、俺はずっとこの森で暮らしてたんだけどよ、あいつが突然やって来てここにロッジを建てやがったんだ。最初は余所者だから出てけっていう感じにやってたんだけどよ、相手したり、話してみると案外いい奴でさ、今じゃマブダチさ。」
「マブダチかぁ、なんかいいですね。」
「ま、ケンカもけっこうしたけどな。でもよ、あいつひょろっとした見た目の割りにやたら強くてさ、全然勝てねんだこれが。」
ふふ、男の子って感じだな。それからジークに手伝って貰ってお水を飲んで、またベッドに運んで貰った。
「ありがとう、ジーク。」
「このくれえ何でもねえよ。それにしてもあいつもあいつだよな、こんな状態のセシルを置いてっちまうんだから。」
「ううん、レイも忙しいみたいだから、仕方無いよ。」
「そうかぁ?まあ、俺もちょくちょくここに来るからさ、何かあったら言えよ!」
再び「ありがとう」とジークに伝える。なんだか今日はいい人ばかりに巡り会えて嬉しいな。目は見えないけど、いつか何かでお返しできるようになろう。