12.王の危篤
城に戻り、父上の部屋へ急いだ。すれ違うメイドや兵士達も慌てている。この様子嘘ではなさそうだ。ノックをせず、父上の部屋のドアを開けた。ベッドには父上が寝ており、医者が診察をしながら宮廷魔法使いが二人治癒魔法をかけていた。その傍らベルとリオ、それにオルフが付き見守っている。
「兄さん!」
「容態はどうなんだ。」
「うん、少し落ち着いてはきてる。でもまだ目を覚まさないんだ・・・。」
「リオ様、ここからは私が説明します。」
リオが俯いていると、オルフが切り出した。
彼の説明によると、父上は五年ほど前にとある病気にかかっていたらしい。最初は軽い腹痛が数日置きにやってくる程度のものであった為、特に気にしなかったらしい。しかしそれは、日を重ねるにつれ、ゆっくりとだが確実にその病気は父上を蝕んでいった。だんだん症状も重くなり、痛みも腹から体全体に回り、その痛さも増していく。これはまずいと治療を考えた父上であったが、その病気は名前も治療法も分かっていない未知のものであり、取り敢えず鎮痛剤で誤魔化しながらやって来ていた。あらゆる筋から病気に関する情報を探したが、決定的な治療法がつかめないまま今日のこの状況を迎えたとのことだ。
この話は二人も初めて聞いた様子。なぜ俺達に教えてくれなかったのかとオルフに訴えたが、
「魔王様から皆様へは何があっても伝えぬ様、固く言いつけられておりましたので。」
と言い、彼は深く頭を下げた。父上のあの性格だ、弱い自分の姿を俺達に見せたくなかったのだろう。それでいきなりの次期王の選定か。謎の一つがようやく分かった。
少しして、勢い良くドアが開いた。現れたのは筋骨隆々な短い金髪の男、俺の双子の兄である第一王子のゼノだ。入るなり、父上の様子を一目見ると「まだくたばらないのか。」と言い放った。それを聞いたベルが彼に向かって行きそうになるが、俺が押さえる。
「その言い方は無いんじゃないかゼノ?」
「ふん、俺はお前らと違ってこいつが嫌いなんだ。早くくたばればいいものを。じゃあな、俺は忙しいんだ。」
そう言い残し、彼はどこかへ転位していった。
「何で、お父様にあんなことが言えるの、信じらんない!」
ベルが感情をむき出しにして怒る。それを俺とリオがゆっくりと宥めた。彼女が落ち着いた頃にユリスが帰って来た。彼は普段見せないおろおろとした様子で、寝ている父上の体に頭を埋める。そして、「お父さん、死なないで!」と涙を見せた。思えば、母上が死んだときも彼はこんな様子だった。兄弟の中でも一番両親に甘えていたからだろうな。彼の良心が見えて少しホッとする。時間がかかるだろうが、彼に必要なことを上手く伝えていけばなんとかなるかもしれない。彼の頭を撫でながらそう思った。
父上の容態が落ち着いた後、俺達兄弟はオルフを交えて話し合う。
「なあ皆、次期王の話を一旦忘れて、父上の病気の治療法を探さないか?」
「僕は賛成だよ。というか僕は次期王の試験に参加してないんだけど。」
リオが頭をかきながらそう言うと、続いてベルも、「私もお兄ちゃんの意見に賛成!」と頷いた。
「ユリスお前はどうだ?」
「僕もお父さんが死ぬのは嫌だ!でもゼノ兄はまだ飛び回ってるんでしょ、僕達が治療法探してる間とか、とんでもない差がついちゃって取り返しがつかなくならない?」
それもそうなんだが、父上が苦しんでいるのに何もできないというのは歯痒い。少ししてオルフが、
「効力があるか分かりませんが、私の方からも魔王様に進言させて頂きます。あくまでも魔王様次第となりますので、期待通りとはいかないかもしれませんが。」
と彼が告げると、皆決心した様に顔を向かい合わせ頷いた。迷っている時間はない、こうしている間にも父上は苦しんでいるのだから。それから誰がどこへ向かい情報収集するかを話し合った。俺が北、ベルは南、リオは西、ユリスは東へと行くことになった。聞いたところによると、魔族が所有する領地の範囲全てと、先月までに奪った人間の領地は調査済みとのことで、残る調査範囲はまだ訪れていない人間の住む領地となる。思えばこの試験は病気の治療法を探すというのも含まれていたのかもしれないな。それはそれとして、北となればまずあの村だろう。〝転位〟
村には朝日が差し、人々はゆっくりと今日の仕事を始め出していた。周囲を見渡すと見覚えのある顔があった。イマリの父親だ。
「おお、あんたまた来たのか。今日はどうしたんだ?イマリか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。」
彼に事情を説明する。
「う~ん、聞いたことねえな。だが、他の奴なら知ってるかもしれねえ、よし、皆集めてこよう。」
「それは悪いだろう、それならこちらから一人ひとり当たるぞ。」
「いや、あんたは村の皆の恩人だ、このくれえ訳ねえさ。待ってな。」
そう言うと、彼は村中を走り回る。しばらくして、村の全員が俺の前に集まった。イマリの父親と同様に事情を説明すると、あちこちで意見が飛び交った。それを一つ一つメモに取る。この村でただの腹痛として扱われていても、それと同じかもしれないからな。
「本当に助かる。」
「何言ってんだ、俺達はあんたに借りを返しただけさ。」
と皆笑って返す。正直、心苦しい所があるな。
「すまないが、もう少し頼んでもいいか?他の村や町にも情報収集に行きたいんだが、俺一人だと現地の反応が悪い。そこで、誰かに付いてきて貰いたいんだ。」
セシルもいるが、シャーリーの相手に必要だ。
「そういうことならあたしが行くよレイ!」
イマリが進んで出てきてくれた。「いいのか?」と彼女と父親に確認すると、二人とも頷いた。
「ありがとう、イマリ。よろしく頼む。」
「任せな。行ってくるよ、父ちゃん。」
と彼女は父親に手を振った。「夕食までには戻る。」と伝え、転位した。




