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コドクな男と露出狂

どうぞよろしくお願いいたします!

 前回の「繰り返し」と同様、俺は金蚕蟲への返事を一週間先延ばしにした。

 そして、今日がその一週間目だ。


 俺の計画のためには、ある時点まで前回と同様に事を運ばなければならない。

命を大切にする会というNPO法人が主催する晩餐会に出ると――居た。


 蛙の脚のようなモノが生えた肉塊が人々に押さえつけられた状態で。

早くあいつと一緒に此処を出なければと心は逸るばかりだが、不審に思われないように慎重に動きたい。


「何故あの席の肉だけあんなことに」

 婦人が俺に会話を求めるので適当に返した。

「そういう呪いでもかかってるんじゃないですか」

「怖いわね、ああいう席に近づいちゃ駄目よ」

婦人は真に受けたのか、ノリがいいのか、子どもにまで諭してしまった。


「手伝ってくれ! おおいそこの君も!」

 さっきまで皿に慎ましく盛りつけられていた何かの肉のソテーは脚をバタバタとさせてもがいていた。


――よし、今、助けてやる。だから、俺に協力してくれ。

 肉塊が俺を見て頷いた、気がした。


ナイフの切っ先が肉塊に触れかけたとき、俺はネクタイを解き、肉塊の脚を括り付けた。

「切り落とさなくても、縛れば逃げられませんよ。では、お先に失礼します」

 呆然とする一同を横目に、肉塊を抱えて一礼してホールを出た。


 人気の少ない夜の公園の茂みに行き、肉塊の脚のネクタイを解いた。

 ここまでは前回と同じでいい。これからが本番だ。


「お前を自由にしてやる。その代りと言っちゃあ何だが、一つ頼みがある」

 肉塊はぶるぶると身体を震わせた。

「どうした? お前、喋れるだろ」

「オボエテ、イタンダナ」

「ああ、今回はな。で、頼みって言うのはな……」


 肉塊に限りなく近づき耳打ちするように告げると、肉塊はぶるんっと一度大きく震えた。引き受けた、と言ってくれたのだと俺は思った。


「君、さっきからさぁ、どうしたんだよぉ」

 ぬめりとした声に振り返ると、予想通り露出狂のおっさんが立っていた。

「ボク、男だよ」

「男の子、いいねぇぇぇ、ぐふ、男の子でも、おじさんはいいんだよぉぉ」

 何度聞いても気色の悪い声だ。バラ肉のミンチでも食べたみたいに胃の辺りに不快感が広がる。


「いいって何がいいの、おじさん?」

 声に少し甘さを交えてやると、露出狂は分かりやすく目じりを下げた。

「おじさんはねぇ、君みたいに可愛いならぁ、男の子でもいいんだよぉぉ」

「ボク、可愛いの?」

「可愛いよぉぉ、食べちゃいたいくらいにぃぃ」


 小首を傾げて露出狂の前に数歩踏み出す俺を、もう一人の俺が冷やかな目で見ているような感覚だった。別人の俺が胸糞悪いくらいに上手く演技をしている。

「おじさん、汗かいてる……。大丈夫?」

 嫌悪感を握りつぶして、手で露出狂の額の汗を拭う動作をする。


 刹那、手首は汗でぬめりとした手に捕らわれた。

「大丈夫じゃないよぉ、君の所為だよぉぉぉ」


 一歩後ずさると、露出狂は一歩踏み出そうとした。

ため息をつく。それを合図に肉塊は露出狂の足の裏と地面の隙間に入り込んだ。


 無様に尻餅をついた露出狂は転んだ原因の何かを見て、顔全体を歪めた。

「痛いじゃないか……。なっ、こっ、何なんだよこの気色悪いものはぐぁっ!」

 股間の一物を思いきり踏みつけてやった。


「気色悪いって言わないでね、ボクの仲間なんだから」

「こ、これ、お、お前の」


「ご主人様」

 露出狂の呻くような声に重なって、冬の名残と春の予感をはらむ三月の風のような声がした。金蚕蟲だ。

「お帰りが遅いので、心配しておりました」

「今日は、バイトの後ボランティアで晩飯食うって言っただろ」


 金蚕蟲は呻いている露出狂が公園のベンチであるかのように俺だけを見ている。

「私の、料理は美味しくないですか……?」

 誘蛾灯に照らされた金蚕蟲の瞳は潤んでいた。


「んなわけねーだろ、すげえ美味いよ」

「なら、何故外でご飯を召し上がるのですか」

「食費だよ、食費。今月結構厳しくて――」

 月に雲がかかったように金蚕蟲の顔が曇った。


「お金が必要なのではないですか」

「必要だ」

「今日が何の日か覚えていて、そう仰っているのですか?」

 誘蛾灯の灯がジジッとノイズを立てて明滅した。


「約束の一週間、だろ。俺を金持ちにするって、どういう方法だ」

 まだ金蚕蟲には俺が「繰り返し」を覚えていることを伏せておいた方がいいと判断した。


「ご主人様はコドクをご存じですか」

「ムシにドクと書く方の蟲毒だろ? 毒が強い生き物を集めて、食わせ合って残った一匹に強力な毒があるって言う」

「そう、そして毒の精製だけでなく、術者の望みを叶えるものでもある。金蚕蟲はその中でも特別。術者に富を与えるのです。私は金蚕蟲。術者に富を与えます。富を持つ者を私の毒で殺すことで。だから、貴方の弟様を殺して下さい」

「できるわけ、ないだろ」

 

 実家は絹織物を使った老舗の着物屋でもあり、結構な資産がある。その相続権は跡継ぎである次男の弟にある。殺してその富を俺のモノにしろということだろう。


「どうしても?」

「弟じゃなきゃ、駄目なのか?」

「いえ、弟様に限りませんよ。例えば」

 美少女、金蚕蟲の瞳が肉塊を捉えた。

「ご主人様の傍に居るそれを殺すのでも構いません」


「こいつが富を持つものだっていうのか?」

 金蚕蟲は微笑を浮かべたままだ。

「こいつ以外じゃ、駄目なのか」

「では、具体的に誰を殺すおつもりですか」

「殺しても良心が咎めねえ奴だよ。例えば、下半身露出して悦んでるおっさん、とかな」


 靴底越しに、露出狂の身体が震えたのが分かった。

「本当にそれでよろしいのですか」

「どういう意味だ」

「本当にその方を殺しても良いのですかと訊いているのです」

 姉のような目だ。慈愛と憂いと諌めが混じり合ったようなその瞳は。


「何だよ、その目はっ、誰かを殺せって言ったのはお前だろうが!」

「ひっ、申し訳、ありません……」

 金蚕蟲は一筋涙を流した。何度もこいつに殺されているのに、可哀想なことをしたと思う俺は馬鹿だろうか。


「もういい。いいから、早くお前の毒とやらを寄越せ」

「毒はまだ未完成です。ご主人様、ご協力を」

 丸薬のようなモノを唇に近づけられた。


「おいおい、俺に死ねってか」

「違います。この丸薬をご主人様が口に含み、口移しで私に返して下さい。そうすれば、毒は私とご主人様以外にだけ効くようになります」

「はっ、そうかよ」


 俺が丸薬を口に含むと、金蚕蟲は微笑んだ。

「愛の共同作業のようで、ドキドキしますね」

 ふざけるな、と心の中で言って、唇を重ねた。ファーストキスの相手が俺を殺した化け物で、しかも露出狂の股間を踏みつけたままのシチュエーションだなんて悪い冗談みたいだ。


 唇は羽二重餅のように柔らかで、ゼリーのように冷たくしっとりとしていた。段々冷たさが俺の唇をおかし、ぬるりと侵入する舌が滑らかな動きで口内の丸薬を攫っていく。

唇が離れ、金蚕蟲は口内から丸薬を出した。


「これで完成です。さあ、ご主人様」

 唾液に塗れたそれを受け取り、俺は露出狂の口元を見た。

「あ、あ、ああ、お、お前、は……」

「悪ぃな、おっさん。俺のために死んでくれ」


 屈みこんで口の中に丸薬をぶち込んだその刹那のことだ。

「ぐぁぁあああぁぁぁぁああああああああッ」

 声にもならない声を吐き出してぜん動した露出狂の身体から白いモノが溢れた。

糸だ。白い糸が全身から湧き出るように飛び出たのだ。


「ご主人様」

 背中に柔らかな感触がして、我に返った。

「後ろへお下がりにならなければ、危ないですわ」

 金蚕蟲が俺を後ろから抱きしめて引き寄せたようだ。


「何なんだ、これ」

「料理です」

「料理って……」

「ご主人様は肉を買ってきたらそのまま召し上がるのですか。違うでしょう? そういうことなのです」


 白目をむいて舌が飛び出た状態で音を喉から迸らせていた露出狂の姿が、白い糸に覆い隠されていく。

「ああ。美味しそうな匂いがします」

 糸が皮膚を食い破り、紅が広がっていく。


 こいつ、死ぬのか。違う、金蚕蟲の毒を俺が吞ませたから、こいつは死ぬんだ。俺が殺したようなものだ。いや、こいつは死んでいいはずの人間だ。


「もう少しで、出来上がりです」

 金蚕蟲はいつもの穏やかな微笑を浮かべている。目の前で人間がもがき苦しみ死にかけているのに。

 そうだ、こいつは化け物だから平気なんだ。

 もし平気だと思ってしまったら、俺もこいつと同じ化け物ってことになってしまう。


 俺の中の人間が悲鳴をあげ、金蚕蟲を突き飛ばして紅い繭にしがみついた。

「おいこらおっさん顔は何処だ!」

「ご主人様、酷いです。突飛ばすなんて。何をなさるのですか?」

「見りゃ分かるだろ! おっさんを殺すのは中止だ!」

「もうその方は助かりませんよ」

「俺が助ける! 俺はッ、人を殺すのは嫌だ!」


 何故か金蚕蟲が穏やかに微笑んだ気がした。

「貴方様は変わりませんね」

「どういう意味――」


 ざわり、と背筋を寒気が這い上がった。

 いや、寒気ではない、白い糸がしゅるしゅると背中から首に這い上がっているのだ。

 またか、と苛立ちから叫びたくなった。今度こそ上手くいくと思ったのに。


 いや、今回は俺のミスだ。シャツを繕われていることに気付けなかった。

次の繰り返しでは、店で買ったものを着てそのままボランティアに行くとしよう。

 

「餌をくれないなら、貴方を餌にするしかありません。裁縫セットがないから、私が吐いた糸で繕いました」

 首に糸が巻きつき、意識が遠ざかる。金蚕蟲の口元からは白い糸が伸びる。

朦朧とした意識の中、俺は金蚕蟲を睨みつけて言ってやった。

「次こそ、生き残ってやる……」


「次こそ、正しい選択をなさることを期待しております、ご主人様」

 その言葉の意味を考えようとする前に、俺の意識は闇に呑まれた。



ご覧下さりありがとうございます!

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