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コドクな男

絶対に最後の一行まで読んで下さい。

 実家から送られてきた荷物の壺の中から美少女が出てきた。

「私の力でご主人様をお金持ちにして差し上げます」

「帰れ」


 しかも霊感商法のようなことを言う。

俺が冷たく言ったものの、美少女は動じない。


 実家に電話しようかとも思うが躊躇う。

電話しようものなら、長男だから跡を継げだの、嫁さんを貰えだのとネチネチ言われるに違いない。


 俺は絹織物に興味なんかない。糸から工房で作ってるとか、100年以上の伝統がとかもどうでもいい。

長男が小説家を目指して上京しているフリーターというのは、田舎にとっては外聞が悪いだろう。


 けれど、弟が跡を継いでくれると言うので、俺は好きにさせて貰う。薄情かもしれないが、好きなことをさせて欲しいのだ。

 食料の援助は少し受けているものの、生活費はバイトで何とか補っているのだから。孤独だが、好きなことをしている充実感はある。それが今の俺の生活だ。


「あ、セーターの裾、解けてます。繕いますね」

「いいよ、別に」

もうバイトの時間だ。早く家を出たい。


「駄目です、脱いで下さい」

「え、あ、もう……」

 半ば強制的に脱がされ、美少女は隣の部屋に行きものの数秒で繕ってみせた。


「これで大丈夫です」

 満面の笑みに毒気が抜かれて、俺は文句を言う気が失せ、そのままセーターを着て出かけた。

繕ったところは少しすべすべとして、温かい気がした。俺の家に裁縫セットなんてあったのか。ないと思っていたが、美少女は俺が忘れさっていたらしいそれを見つけ出したのだろう。


 げっそりとして帰宅したらもう23時だった。21時あがりの予定が大幅に遅れた。現金残高が一致しなかったからだ。

 幸いと言っていいのか、原因はレジのつまりで、結局現金に誤差はなかった。しかし、原因解明に時間がかかりこの帰宅時間である。


「お帰りなさい、お風呂わいてますよ」

「いらない」

美少女が満面の笑みで俺を出迎え、蓄積した疲れが滲み出る。


「では、お夕飯だけでも」

「いらねえって言ってんだろ」

 疲れの所為か口調が強くなってしまった。


「すみません、私、差し出がましいことを」

 今にも泣きそうな顔にバツが悪くなる。

「じゃ、少し夕飯貰うよ」


 美少女が作った料理はとても美味かった。懐かしい味なのだ。

「美味い、おふくろの味って感じでさ」

「良かったです」


 家庭を持つってこんな感じなのかな。帰ってきたら部屋が明るくて、温かくて美味しいご飯が待っている。

 悪くないな。そんな風に思った自分に驚く。

 この不思議な女の子は、実家が俺に結婚に興味を持たせるために送ってきたのかもしれないと考えてしまう。


「考えて頂けました?」

 美少女は俺の向かい側でにこにこと笑って、食事をする俺を見ている。

「何がだ?」

「私がご主人様をお金持ちにするっていうことですよ」

「必要ない」


「お金、必要ないんですか?」

「俺が本当に欲しいのは、金で買えない」

 ずっと夢見てる作家になること、今夢を見始めた温かい家庭を持つこと、どちらも金では買えない。


「――そう、ですか」

「あのさ、俺、君に言いたいことが」


「ご主人様はコドクをご存じですか」

 すっと美少女の顔から笑みが消えた。月に雲がかかったみたいだ。


「孤独を知ってるか? 随分哲学的な」

「ムシにドクと書く方の蟲毒ですよ」

何かで読んだことがある。


「ああ、あれだろ。毒が強い生き物を集めて、食わせ合って残った一匹に強力な毒があるって言う」

「そう、そして毒の精製だけでなく、術者の望みを叶えるものでもある。金蚕蟲はその中でも特別。術者に富を与えるのです」

 術者に富。それではまるでこの美少女の申し出と同じではないか。


「私は金蚕蟲。術者に富を与えます。富を持つ者を私の毒で殺すことで。だから、貴方の弟様を殺して下さい」

「できるわけ、ないだろ」


 実家は絹織物を使った老舗の着物屋でもあり、結構な資産がある。その相続権は跡継ぎである次男の弟にあるのだ。


「どうしても?」

「俺は何があっても絶対弟を殺さない!」

怒鳴りつけると、美少女、金蚕蟲の唇が動いた。


「仕方がありませんね」

 ざわり、と背筋を寒気が這い上がった。

 いや、寒気ではない、白い糸がしゅるしゅると背中から首に這い上がっているのだ。


「餌をくれないなら、貴方を餌にするしかありません。裁縫セットがないから、私が吐いた糸で繕いました」

 首に糸が巻きつき、意識が遠ざかる。少女の口元からは白い糸が――



 男は新聞の記事を見て口元を緩める――男性(フリーター・27)首吊り自殺か?

 新聞では真面目な男性が勤務先に無断欠勤し連絡もつかないことから、店長が男性が倒れているのではと疑い、大家が鍵を開け、白いロープで首を吊った遺体が見つかった、と書かれている。


 男はぽつりと呟いた。

「兄さんは虫も殺せない人だからな、誰かを殺せなんて無理だと思った」

 

 男の唇が二日月の形に歪む。

「母さんは兄さんを跡継ぎにするの諦めてなかったけど、これでもう大丈夫だね」


ご覧下さりありがとうございます!

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