咎人は友人の贈り物をおそれる
前回更新分『刹那の幻想は会議室に降り立つ』のレオ視点です。
ハッピー『ゴールデン』ウィーク!
夜明けの少し前。一台の馬車と護衛の騎馬たちが、ゆっくりと、街を目指して進んでいく。極力音をたてないように、馬を落ち着かせてゆっくりと歩かせるようにしている。
その馬車は、立派なものだった。外見は地味に見えるように偽装はしているが、大きさだけでも金がかかっていることは一目瞭然なので上手に偽装できているとは思えないが。内装は上質な素材ばかりが使われていて、たとえば座席は座るのを躊躇する、立ったままで行けるかどうかを真剣に考える革張りだった。考えた末声に出して護衛の騎士に止められた。革をはがして持ち帰れるわけでもないのに汚さないようにと考えてしまうのは守銭奴としての本能だろうか。
レオノーラは、「還俗」のために、馬車に乗せられてヴァイツゼッカー帝国学院へと移動しているのである。
正直に言えば、ちょっと歩けば着く程度の距離なのに馬車を使うこと自体もったいない、無駄だと思う。しかも馬車が行商人でもめったに使わないような大きさで、貴族でもあまり使わないんじゃないかなと思う豪華な内装で、そのうえ騎士の護衛付きなのだ。護衛が乗っている馬も立派なもので、こんなところでのんびり歩かせているくらいだったらどこかの商人の荷物運びでも手伝ったほうがすこしは金になるだろうに、と思うとため息がこぼれる。下町で見かける太目な馬も力強くていいが、騎士が乗っている馬たちは見た目にもスマートで力強さも感じる雰囲気がカッコいいし、こういうのが一頭いれば店を開いているときに客の目を引くのにも使えて一石二鳥だと思う。実際使うなら維持費が高くつくから儲けになるかどうかは怪しいところだが、今の状態のように維持費だけただ払うよりはいくらかましだろう。
だが、それを言ったところで否定されて終わりなんだろうな、と思ってがまんしておくことにした。出発前にレーナに『レオノーラ様が乗るなら箔がつくっていうことで値引きしてもらってるんだから、勝手に降りるとか護衛を減らすとかするんだったら自分で差額払わなくちゃいけないわよ?』と念を押されたこともあることだし。こっそり動くという目的に馬車を使っているなら、邪魔しないようにおとなしくしておいたほうが無駄がないのだろう。
おとなしくしていたおかげか、なにごともなく街まで着いた。
あえて言うならば、街に入る少し前の街道でプレゼントを抱えて待っていた少女がいたこと、そしてその少女を同じ馬車に乗せて世間話をしながら街に入ったことくらいだろうか。
(薄暗闇でもはっきりとわかる、鮮やかな袋!わざわざ袋にラッピングして渡す、しかも、あの袋は『チラシを利用した手作りの袋』とかじゃなくて雑貨屋とかで値段付けて売られているような上等なやつ!リボンも!つまり、中に入っているプレゼントはそれ以上に高価なものに違いない!もし騎士のにーちゃんがもらったプレゼントの中身がお菓子とかだったら毒見っていうことにして一つか二つを先にいただいちゃってもいいかもしれないし、中身がそういうものじゃなくても、袋には興味がなくてきれいなまま捨てちゃう人もいたりするらしいしな!もしそうなれば一番近くにいる俺が空袋を一番拾いやすいことになる。プレゼントを受け取るように誘導してもなにか損するわけでもないしな。そう考えればあの時素通りするのは損だよな!迎えの馬車が大きいことがこんなところで役立つとは思わなかったぜ!さすがに子供からプレゼントだけ巻き上げて路上に放置するわけにはいかないしな。一人しか乗れないような馬車だったら俺が降りればいいだけだから問題はないけど。
プレゼントの検査のためにほかの職員に預けられたみたいだけど、騎士はネコババとかには厳しいらしいし、戻ってきたときには中身が減ってるとかそういうことはないだろう。つまり、プレゼントを受け取ったのは誰か、騎士の中で人気があるのは誰かを聞き出しておいて、開けるときにはさりげなく近くにいるようにする。そして食べ物なら毒見役を買って出る。完璧な計画だな。)
完璧に穴だらけな計画である。
「レオノーラ様、ばしゃにのっけてくれてありがとう!」
「どういたしまして。まだ暗いから気を付けて歩いてくださいね。」
「レオノーラ様としゃべったこと、みんなに教えてもいいですか?」
「しゃべったことは教えても大丈夫ですけど、街の外で出会ったっていうことはないしょにしておきましょう。街からこっそり出たことがばれちゃいます。だから、これは二人の秘密です。」
「…! うん、ふたりのやくそく!」
「騎士さんにこっそり脱出させてもらってくださいね。さようなら。」
「さよならー!」
事前に作業着風の私服に着替えていた騎士の一人が、大きな木の陰を馬車が通るとき、こっそり少女を馬車から連れ出し、目立たないところまで誘導していった……
(……あんなに大きい声出したらこっそり脱出にはならないと思うぜ…。騎士の兄ちゃんもぼろい服のほうが目立たないと思うんだけど、なんかずいぶんいい布使った服なんだよな。ぶ厚いし。真っ白だったりすることもあるし。顔と体型だけでもあいつらは目立つんだから、もうちょっとなんとかならねえかな。薄着でも体つきの良さがわかっちまうからどっちにしろ目立つとは思うけどよ。)
下町の基準では、少しでも安く済ませるため、服の色は多少汚れても目立たないように濃いものを選ぶことが多い。派手に汚れてしまったものを無理やり染め直したりすることもあるので、色ムラがあるのも普通だ。間違っても、作業着に白一色なんていう汚れやすく買値が高いものは使わないと思う。ちょっと天気が悪くなってそこに馬車の一台でも通ればまだら模様になってしまうのだから。
少女を送っていった騎士も合流し、学院付属の繋ぎ場まで到着した。馬車に乗せてくれたことにお礼を言って馬車を降り、待ち合わせ場所を目指す。
待ち合わせ場所は帝国学院の小会議室。静かな部屋の中にいると、いろいろなことを考えてしまう。
これからの面会、そこでの会話の流れがどうなるか。
レーナは十中八九心配ないから安心して行って来いと言っていたが、その言葉一つで安心できるものではない。
最悪の想像が頭によぎり、無意識に後悔を口に出してしまう。
「こんなことになると知ってればあんなことは絶対しなかったのに……!」
レオノーラの身体に慣れるまでは「クソッタレこんちくしょー!」とか付け加えようとして「暴言の封印」にのどを焼かれていただろう。口には出さないが、そんな心境だった。涙がこぼれそうになるが、服が汚れないようにおおざっぱに拭う。
かすかに、聞きなれた声が聞こえてきた。
「……この部屋でいいのよね?レオノーラと面会する部屋って。」
「ええ。小会議室、この部屋で間違いないわね。ヤスミン、忘れ物はないわよね?」
「あ、えっと、ちょっと待ってね。大丈夫だとは思うけど、ちょっと見てみる…。うん、大丈夫。それじゃノックしましょうか。」
帝国学院で繰り返した数々の転売の記念すべき最初のお客様であるクラスメイト達の声である。
いつもだったら彼女たちからさりげなく発せられているかぐわしい金目の物の香りに薫香薫香するところだったが、今はそんなことをしている心境ではないのが残念なところだ。
ノックの音が聞こえた。
心を落ち着かせ、返事をする。
「……はい、今開けますね。」
扉を開けると、クラスメイトのお嬢様たちが立っていた。Fのフランシスは来ていないようだ。表情はなぜか暗い。
「みなさん、おひさしぶりです…。」
「おひさしぶりね、レオノーラ。」
「また会えてうれしいわ。」
(なんかみんなしてぜんぜんうれしそうな顔じゃない、すげえ真顔なんだけど!?
どうしちゃったんだよ、還俗日ってことになってるんだからもうちょっと雰囲気明るくてもいいんじゃねえの?
もしかして、俺が今からする話を予想されてて警戒してるのか??)
値切ろうとする時などは、そういう話を出す前から警戒されることがある。
交渉慣れはしていないだろうクラスメイトのおじょーさまたちにまで値切りに入ろうとしていることを読まれるくらいの能力しかないのかと、ちょっと自信を失いそうになる。
世間話から入って、さりげなく自分に有利な話に誘導するのは交渉の基本テクニックのひとつ、のはずだが、レオノーラの姿の時はなぜか成功率が低いことを思い出した。
自分の表情が一瞬しかめっ面になったような気がして、まじめな表情になるようにする。今日の自分は不利な状況から交渉を始める必要があるのに、相手の気分を害するような顔をするのは良くない。
どう切り出せばいいのか、考えているうちにしばらく時間がたってしまったようだ。
気づかないうちに、表情が曇っていたのだろうか、また心配そうに見つめられている。
「アライダ、最初に受け取った小銀貨は、今でも大切に磨いています。
バルバラ、青いイヤリングのお土産はステキでした。
クリスタ、ブレスレットを作ってくれましたね。ありがたいです。
ドロテア、リボンをたくさん贈ってくれましたね。
エルネスタ、スカーフを巻いてくれましたね。あの時は逃げて申し訳ないです。
ゲルタ、小物入れを最初に贈ってくれましたね。
ヘルミーナからもらったペンダントの赤い石、いつも輝いていました。
イルメラ、ハンカチを贈ってくれましたね。
ヤスミンからもらった花束は色の組み合わせが素晴らしかったです。
そのほかにもいろいろプレゼント、本当にありがとうございました。」
「どうしたの、そんなにあらたまってお礼だなんて。」
「ええ、たしかに、みんな小さなものばかりだけどプレゼントすることもあったわね。
でも、あなたが今泣きそうな顔になっていることに関係することなのかしら?」
涙をおさえられていることに自分で驚きながら、うなずく。
「あなたたちには、これまでのことを、謝らなくてはいけません…。」
「レオノーラ、謝るようなことをされた覚えはなくてよ。」
「そう、何をされたとしても、私たちは怒らないからね。」
「いえ、今までのたくさんのプレゼント、お返し、できなくなってしまったことを、謝らなくてはいけないと思って」
先に謝ってしまえ、という作戦である。
・・・・・・
(なんか集まって相談はじめた!?きっちり現金で取り立てましょう、とかじゃない結論になるよな!?なってくれるよな??)
「ねえ、レオノーラ。あなたはいつも、自分の悩みは話さないわね。私たちが困っている時には真っ先に助けに来てくれるのに。私たちの力では解決できないこともたくさんあるとは思うけど、私たちだって話を聞くことくらいならいつでもできるし、決して他には話を漏らさない。『レオノーラの名に懸けて』約束するわ。だから、少しだけでもいいの、あなたの考えを聞かせてくれないかしら?なにがあなたを困らせてるの?あなたを困らせるものがあるなら、私たちはどんな相手でも立ち向かうつもりでいるのよ。みなさんもそうよね?」
8人は大きくうなずいた。
「もちろんわたくしたちも同じ気持ちですわ。ものの数にもならないような力ですけど、レオノーラのためならどんなことでもする覚悟です。」
「……説明、しなくてはいけませんね。」
眼を閉じ、深呼吸をし、目を開ける。
今、自分にできることは、謝ることしかない。それ以外を今考えても仕方がないと心を決めた。
「贈り物で服やアクセサリーをもらった時は、身に付けて見せてお礼を言うものだと聞きました、でも、私は身に付けて見せる前に手放してしまったので、見せることはできません。同じものを買って返すこともできません。だから、謝ることしか、できません。
どうしても、私が、身に着けるものだとは、思えなかったのです…。」
レーナに言われた言葉を思い出すと、恐怖で全身に震えが走る。
「あんたねえ、友達からもらったプレゼントを一回も見せないまま処分って、なに考えてんの!?なにも考えてないほうがましなのはわかってるから説明はしなくていいわ、疲れるだけだから。女友達がアクセサリーみたいな「身につけるものを誰かにあげる」って言うのは、「タダであげます」っていう意味じゃないの。「それを付けた姿を見せてくれ」っていう条件付きで譲りますよ、っていう意味なのよ。あんたが以前言ってた着ぐるみのバイトのたとえで言うなら、『バイト』が『アクセサリーをつけていることを見せること』で、『バイト代』が『使った後のアクセサリー』っていうこと。男どもからのプレゼントだともっと別の意味がついてたりするからもっと面倒な話になるけど、つまり、あんたがやったことは、着ぐるみのバイトのために準備した備品の着ぐるみを、バイトをすっぽかして持ち逃げしたようなもんなのよ!」
今まで受け取ったプレゼントの数々は、小銀貨を「小銭」と言い放つ種類の人たちが、「とっておきの」とか「最高にステキなもの」とか言って持ってきてくれたものが多い。
つまり、もし弁償しようとするなら、小銀貨では買えない、ネー様や、ひょっとしたらカー様が必要になるようなものかもしれないのだ。
ドロテアは優しく微笑んで、ゆっくりと話し出した。
「ねえ、レオノーラ。私たちも、あなたが困る顔を見たくてプレゼントしていたわけではないのよ?喜んでほしいからプレゼントしてるの。たしかに、私たちがアクセサリーを選ぶときには、あなたが身に付けている姿を想像して似合いそうな物を選んでいるわ。だけど、あなたがいつも例の黒いサバランしか着ていないことも、アクセサリーは龍徴の金貨以外はほとんど身に付けないことも、その理由も私たちはみんな知っていたし、その考えを変えてまで身につけることはないだろうということもわかっていたのよ。それでも贈り続けたのは、ただの私たちのワガママ。受け取ってほしいから渡す、っていうだけなの。だから、あなたが謝ることはないの。あなたが贈り物に喜んでくれるなら、贈った意味はあるんだから。ああ、でも、使い道がないものを渡して、迷惑だったかもしれないわね。あなたを悩ませるようなものだったんだとしたら、もっとほかの形を考えるべきだったのよね。」
「いえ!迷惑だなんてことはありません!正直に言うなら、当時は、アクセサリーを買うくらいだったら現金でくれればいいのになーとか考えたりもしましたけど、それはこっちの問題ですし!」
自分にお金をかけてくれるなら、現ナマで渡してくれたほうが金額も変わらないし、そのまま保存しておけるし、とても効率的だと思う。どんな衣装やアクセサリーよりも現金が美しいことは世界の真理なのだから。
ヘルミーナが、しばらく硬直した後、ハンカチを出して涙を押さえた。
刺しゅう入りのハンカチを普段使いにする勇気はないな、と思った。
「…?どうしましたか、ヘルミーナ?目にゴミでも入りましたか?」
「……ふふっ、あいかわらずね、『無欲の聖女』レオノーラ。あなたはこの呼び名が好きではなかったようだけど、会うたびに呼び名が正しかったんだと確信するわ。」
「ヘルミーナもあいかわらず、ですね。私は無欲なんかじゃないって、何度も言ったはずですけど。」
「そういうところが『無欲』なんだと思うわよ。でも、今はそんな話をしているときじゃないわね。せっかくの『還俗』の時間がもったいないわ。ねえ、レオノーラ。さっき言ってたことからすると、あなたは私たちが今まで渡したプレゼントに対する『お礼』ができないことに悩んでた、のよね?」
「はい、同じものを買うほどお金もありませんし、そういうものを売ってるお店もあまり知りませんから、買うのは難しいです。お金がかからない範囲で、もらった贈り物の代わりになるようなことがあればいいな、と考えていました。」
「もし私たちが『そんなことは気にしなくていいから、今日行きたいところ、会いたい人のところに急いで行きなさい』って言ったとしたら?」
「気にしない、のは、難しいですね。」
いつ『やっぱり気が変わったから弁償しなさい』と言われるかわからない状態では、小銭稼ぎにも集中できないと思う。
「それだったら、『プレゼントに相当する分』私たちのお願いを聞いてくれる?」
「はい。私にできる範囲のことだったら喜んで。」
具体的に言えば、金がかからない範囲でならいくらでも願いは聞く覚悟はある。
「今日はおいしいお菓子をたくさん持ってきたのよ。だから、今日はステキな思い出になるように、めいっぱいおしゃれして、お茶会をしましょう。あなたの姿は、今までのアクセサリーのぶんも、目に焼き付けておくから。お茶会が終わったら、『お礼』はおしまい。でも、これだけは覚えておいて。私たちは、その後も、いつまでも、何があっても『レオノーラの友達』よ。わかった?」
(え、お茶会ってあれだよな?王子とか湧いてきたりはしないんだよな?普通に菓子を喰ってお茶飲んで話をしてればオッケーなやつだよな?)
今までのプレゼントを身につけた姿を見せられなくなった代わりに、別の着せ替え1回で勘弁してくれるということらしい。ステキな友人たちである。
「……はい!」