裏腹の二人は元の姿を取り戻す
無欲の聖女の 《閑話》ただいま(後) が更新される前に妄想していた内容です。
時系列的には、『ただいま(前)』の終り際のあたり、1行で済まされた部分です。
『それじゃ、準備もできたからもとの体に戻りましょうか。へたに時間をかけてこれ以上変なことが起きても困るしね。』
『そうだな。さっさと戻ろうぜ。どうやれば戻れるんだ?』
『はい、それじゃ、この魔法陣に立って。
今回は失敗しないように「二人が魔法陣に乗った状態でほぼ同時にエランド語でキーワードを唱える」という条件を満たさないと効果がないようにしてあるわ。』
そうでもしておかないと、魔法の展開直後に疾風ツバメが突っ込んでくるくらいのことは起きかねない。
「レオノーラ」の周辺では、「偶然」という言葉を「起こる可能性があるならレオノーラならやる、可能性がなくてもレオノーラならやる」という程度に考え、対策に対策を重ねるべきなのである。しかし、どんな対策を考えてもそれの斜め下を超えてくるのがレオノーラなのだが。
『よし、立ったぜ。それでキーワードってなんだ?』
『心と身体 取替えし
我と汝の 術を解き
二人は体 取り返し
元の姿に 近づきぬ』
キーワードをエランド語の文章にすることで、部外者が偶然言ってしまう可能性を無くす。
そして、エランド語の「取替えし」と「取り返し」、「身体」と「体」の微妙な発音の違いを利用することにより、年少組がまねをする、できる可能性もなくすという作戦である。まだまだそういう微妙な発音の違いを再現するところまでは達していないことは確認済みである。
『よし、覚えた。いつでもいいぜ。』
『記憶力は本当にすごいわね…
まあそうでなければ学生として行動しているときにいろいろとぼろが出ていたでしょうけど。』
『授業中はいろいろ間違っていたけど、なんかよくわからねえ理由で感心されたりすることが多かったな。』
確率論の授業の時に、サイコロに細工が加えられているかどうかをどのように想定して計算するべきか、という質問をして、「そういう考えかたも大切ですね、すばらしい。」と褒められたりしたことがあったりしたらしい。
『それじゃ、行くわよ。』
『おう。』
・・・・・・
「よっしゃー、久しぶりのもとの体だ!
大声で下ネタを叫びたいような爽快な気分だぜ!」
「レオが敬語で話しているのにも少し慣れたと思ってはいたが、やはりレオはこの口調があっているな・・。
だが下ネタはやめておけ・・。」
「おう、言ってみただけだ。
レーナ、カー様返してもらうぜ。
入れ替えの時にはカー様は体のほうに残っちまうからな。
まあ持ち物が精神のほうについてくるなんてのだったら女装姿になっちまいそうだからそれに比べれば問題ないけどよ。」
レーナは龍徴の金貨を手に持ち、顔を引きつらせて、レオのほうを見つめている。
「おーい、レーナ、カー様の美しさに見とれる気持ちはわかるけど、それはやらねえからな。」
「いらないわよ。はい、受け取りなさい。」
「サンキュー!」
「……ねえ、レオ?
あなた、この金貨が龍徴だってことを知ったの、いつ?」
「龍徴?ああ、たしかゲープハルトさんの時だったか?
いや、あれだな、アルベルト王子にレオノーラ状態でカー様を貰ったときに、龍徴がなんとか言ってたような気もする。」
「それなら、この金貨が普通の金貨とは違う、っていうことを確信したのはいつ?」
「え?普通の金貨、って、カー様はカー様だろ?
鎖がついてるからついてないのとは違うけど、そーいう話じゃねえよな?
ああ、そういえば婚約指輪がわりに使うんだったか?そんな話をしてたよな。
え、ってことは、カー様って給料3か月分の価値があるのか!?
王子の給料っていくらだ?3か月分なら金貨1枚じゃきかねえよな?
カー様はカー様何枚分かの価値があったってことか!すげえ!」
それは、外見だけ見れば、憧れの人のカッコいいところを見せられて喜ぶ恋する乙女のようであった。
「そ、う、じゃ、な、い、で、しょ!!
龍徴の魔力!洗脳や暗示の魔法にもある程度耐性がある私でさえ、気を抜くと惑わされて奪って逃げたくなるような魔力を発してるのよ、それ。」
「えっ!?」
レオはレーナのほうを見て、金貨を胸に抱くように隠す。
「いや、実際取るっていう話じゃないけどね。
その金貨はね、龍徴金貨って言って、普通の金貨とは違うの。ここまではわかるわね?」
「ああ、なんだか知らねえけど特別なんだろうな、ってくらいには。」
「なんでその程度で済んでるのかがわからないわね。
龍徴は、持ち主の魔力に応じて、見たものを誘惑する力があるのよ。
見た者が魅了されてしまうと、『自分の体の一部が切り取られてそこにある』くらいの気持ち、『当然自分のところにあるべきだ』っていう気持ちになって、奪おうと、じゃないわね、『取り返そうと』してしまうくらいの魔力が発散されるわけ。
魔力を全く持っていない人はそういう魔力に反応する力も持ってないから、レオの体だったらまったく効果は受けないはずだけど、私の体、つまりレオノーラの時だったら魔力の影響を大きく受けているはず……だったんだけど、レオノーラの時でもそういうことはなかった?」
「カー様は俺のところにいるべきだ、とはいつも思ってるぜ?
このカー様だけじゃなくて、すべてのカー様について言えることだけどな。」
「いや、それは普通の金銭欲よね。
そういうものを超えたもののはずなんだけど…。
あ、わかったわ。完全にわかった。」
「わかった、って、どういうふうにわかったんだ?」
「あんたの場合、魔力がある無いとかそういう問題の前に、金銭の時点で魅了されちゃうから、龍徴であるかどうかはもはや関係ないのかもしれないわ。」
「金貨に魅了されない人間がいるとは思えねえけどなあ。
金に余裕があったって、もう一枚手に入りそうなら手に入れたいもんだろ?
まあ俺だったら片銅貨1枚でももらえるもんなら欲しいけどな。」
「あんたに詳しいこと説明してもこじれる気しかしないから省略するけど、
まず、その金貨はほかの人に見せたら奪われるかもしれないから気をつけなさい。
お金持ちとか太っ腹とか関係ないからね、誰でも欲しがるって思いなさい。」
「おう、わかった。今まで通りだけどな。」
いままでも、金貨は必要以上には見せていない。
「それと、その龍徴は『それが象徴するものに関する幸運を与える』って言われてるのよ。
金の精霊がついてるあんたには関係ないかもしれないけど、それは形が金銭だから金運アップのお守りってわけ。
大切にしておきなさい。」
「え、そうなのか!?
そしたら、もしかしてアル様と出会えたのもカー様のおかげってこともあるのかもな!」
「ああ、そうね。そうかもしれないわね。
金の精霊と会うなんていうのは、金運で言ったら最高を通り越してるでしょうからね…。」
「すっげー!カー様すっげー!」
「うん、もうこれ以上ツッコまないわよ。あきらめたから…。」